転生おばあさまと私
青空にいくつもの尖塔がそびえ立ち、その中央には輝く大時計のついた時計塔。この大時計は百年以上ここで時を刻んで、この国の若者たちを見守ってきた。
ここは王立魔法学院。十二歳になったすべての貴族の子女が三年間ともに学び、魔法に限らず礼儀作法や貴族の常識を身につけていく場所だ。公平な学びを重視する学院では、どんなに尊い身分でも寮生活をする決まりになっており、入学後は、男子と女子に別れた寮で暮らすことになる。
新興伯爵家テンペスタ家の長女の私、フランチェスカ・テンペスタも今年この学院に入学した一人だ。
昨日、期待半分不安半分で学院の堅牢な門をくぐった私は、広大な敷地に圧倒されながらも無事に入寮手続きを終えることができた。その後は、家からの荷物の整理や寮生活における規則の確認などをしていたらあっという間に時間が過ぎてしまった。
朝起きて、真新しい制服に袖を通す。制服は膝下丈のグレーのワンピースで、白い三角の襟に黒いラインが入っている。ドレスは使用人がいないと着付けるのが難しいため学院では基本的に制服を着用することになっているのだ。
制服に着替えた私は、青味がかった銀髪を丁寧にコテでロール状に巻いていった。髪質が柔らかいため、なかなかきれいに巻けなくて、油断するとすぐ絡まったり、巻きが取れたりしてしまう。
なんとか巻いた髪を軽く引っ張ったり揺らしたりしながら角度を変えて鏡の前で確認する。これまではたいてい最後に使用人が手直しをしてくれていたから仕上がりに自信はない。
鏡の中には、少し情けない顔をした私がいる。深い蒼の瞳に垂れ目がちな眦。この目のせいで、少し眉が下がるだけで、途端に情けない顔になってしまうのだ。
きっと少し眉に力を入れて、険しい顔をつくれば、少しは見れる顔になったと思う。子供の頃、幼馴染たちに『泣き虫フラン』なんて呼ばれてしまった私はもういない。
制服の上から式典用の濃紺のローブを羽織ると、編み上げのブーツを履いて、両手で軽く頬を叩いた。気合を入れて臨まなきゃ。
だってこれから入学式だ。出来るだけ良い印象で三年間の始まりを迎えたい。
幸いにも私の幼馴染たちも今年の新入生だから心強くはあるけれど、異性ばかりの幼馴染たちとずっと一緒にいることは難しい。それに、彼らはなんというか……、身分的にも外見的にも目立つのだ。
何せ、ベルトルド第二王子を筆頭に、ダリオは騎士団長を務める公爵家の子息だし、クレートは宰相を務める侯爵家の子息だ。おまけに美形揃いときたら、目立たないほうがおかしい。
さらに一学年上のアルヴァロ王太子もまた私の幼馴染で、一つ下の弟のエミリオを加えた六人で子供の頃は遊んでいたのだ。
一応、我が家も最近、魔法師団長になったのだけど、家格としてもイマイチ劣るし、なにより歴史が全然違う。彼らの家は五百年の王国の歴史よりも古いのに対して、我が家の歴史は三十年ちょっと。
しかも百年ぶりにできた新しい家名のため、新興も新興。おばあさまの言葉を借りるとよく言えば『若手実力派筆頭』、悪く言えば『ザ・成り上がり』なのだ。
うっかり目立つと他の貴族から何を言われるかわからない。子爵令嬢だったおばあさまは、自浄式のトイレの開発者ということで、『トイレ令嬢』と揶揄されたと聞くし、お母様は『ぽっと出』と馬鹿にされたと聞く。私は出来るだけ平和な学院生活を送りたい。
入学式が開かれる講堂はざわざわと賑わっていた。この講堂は開校当時からある唯一の建物で大きな式典はここで開かれるらしい。講堂にはすでにまばらに人が座っていて、幼馴染たちは最前列にいた。
座っているだけなのに目立つってすごいわ。私は周りを見渡して令嬢が多かった真ん中くらいの列の端の席に一人で座った。
これまで、子息ばかりの幼馴染とだけしか関わっていないせいで、逆に令嬢相手の方が緊張してしまう。話しかけてもいいかしら。むしろ話しかけられてしまったらどうしよう。
朝から巻いた髪をついひっぱりそうになって手を止める。いけない、巻が取れてしまう。ごきげんよう、くらいなら話しかけても変じゃないわよね。ああ、でもお知り合いの方が来てしまったみたい。
そわそわと座っていたけれど、話しかけることもかけられることもなく入学式が始まってしまった。
開式の言葉に続いて、アルヴァロ王太子の在校生代表挨拶に、ベルトルド第二王子の新入生代表挨拶が続く。
相変わらず華やかな兄弟ね。二人は輝くような金髪に榛色の瞳をしている。その瞳に光が入るとキラキラと複雑な色味で輝いてとても美しいのだ。
髪や瞳の色はそっくりな二人だけれど、雰囲気はむしろ正反対だ。温厚そうな王太子に対して、ベルトルド王子の目つきは凛々しく、表情もきつい。だけど、そんなところも少し格好良いと私は思う。ぼんやりと考え込んでいた私は、次に続く教師の言葉に目を見開いた。
「臨時講師としてフローラ前テンペスタ伯爵夫人をお迎えすることになりました。前伯爵夫人は新進気鋭の発明家であり、研究者でもあります。新時代の女性の旗印として知っている方も多いと思います。皆さん、心して学ぶようにしてください」
「フローラ先生って呼んでね」
壇上では、なぜか昨日別れたはずのおばあさまが手を振っている。目が合うとぱちんとウインクをされた。
なぜですか、おばあさま。昨日、目に涙をためてお別れしたのはなんだったのですか。
「来ちゃった。驚いた?」
わざわざ職員室まで問い詰めに行った私におばあさまはまるでいたずらが見つかった少女のような顔で笑い、ついてくるように言った。
* * *
このおちゃめで風変わりなおばあさまは、これでもものすごい人なのだ。
どこから思い浮かぶのかさえわからないような新しい発明品の数々を、独自のひらめきでどんどん創り上げてしまう。自浄式のトイレに温熱機付きのシャワー、太陽光の動力源としての活用。おばあさまの発明は世の中をがらりと変える素晴らしいものだ。
それらの汎用化の功績――おばあさまは自分の分が開発できれば満足してしまう質なので、これはおじいさまの成果だ――で、我がテンペスタ家は百年ぶりに新しい家名を賜ったのだ。
おばあさまは趣味の人でもある。
絵を描くのが得意なおばあさまは、私や弟、幼馴染たちのことをよくモデルにしていた。そのスケッチやイラストは、隠れたファンも多いほどの素敵な出来なのだ。
幼い頃から、私と弟のエミリオが学んだり遊んだりしていると、突然おばあさまがやってきて、「幼少時代尊い。絵師はどこだ」なんて言いながらスケッチを始めたり、画家を呼んでしまったりする。
幼馴染たちと会うときも、おばあさまが同席してよく絵を描いてくれた。スピンオフとか、二次創作とか言いながらおばあさまが嬉しそうにしているのが常だ。
そのぶれない様子は、王家に対してはもはや不敬ではないかと不安になるが、むしろ国王陛下や王妃殿下もおばあさま自身のファンであるため問題がないらしい。
「二次創作も良いけど、やっぱり公式絵が欲しい。イラストレーター転生はよ」
おばあさまの言っていることはほとんど理解できないけれど、そういうものだと家族も王家も他の知り合いも皆気にしない。おばあさま、恐るべし。
そして、ついでとばかりに公爵家の奥様の誰も気づかなかった病気を言い当てたり、侯爵家の家人の不正を暴いたり、第二王子についた問題ある家庭教師を糾弾したりと大活躍だ。その情報源が秘匿されているせいで、まるで不思議な力で未来を見ているようにも思える。
一方で、当人はもう引退した気でいるらしく、余生は記録媒体の研究に時間を費やすつもりらしい。なんでも、イベントスチルを完全再現して記録したいとのことだけど、イベントスチルってなにかしら?