竜國炎上28
曇天になりつつある空に朱い閃光が走る。
数多の人の屍、戦車の残骸、竜の骸を跳び越えてロシュフォールはユフォの放った炎を躱わした。炎はそのまま一閃を描いたまま直進し、はるか先の塔を破壊した。
(さっきの大技よりは威力は抑えられているが、より洗練されて鋭い。直撃したら、私でも苦しいな)
分析しながらも動きを止めずロシュフォールは握る黒い刀身の大剣に己の黒い魔力を注ぎ込みユフォに振るった。魔力は黒炎となり、巨竜の腕力で放たれ、火球となってユフォに迫った。
("黒い魔力"!創造の性質で炎と熱に質量と実体を持たせて…!)
思考が追いつく前に黒炎がユフォに襲いかかった。
倶利伽羅でいなしながら足に炎を送って上空へ逃げた。
(ほう、中々の魔力操作術だな。あの赤い大剣を魔力で覆い強化しながら、足元にも魔力を炎に変換しつつ大量に放出するとは。並の者なら肉体の内側から爆散するだろう…いや、外側…あの大剣が魔力の炉として機能する事で自身は操作や調整に集中しているのか!)
ユフォは宙に浮きながら身に着けていた装備を焼き払った。手に痺れを感じて見ると右手の小指の骨が折れていた。
(あの黒炎、なんて重さ!それに今の動きで魔力操作術を見破られた。次は逃してくれない!)
魔力を扱う者同士の戦いはいかにして先に相手の魔力操作術を看破出来るか出来ないかによって勝敗が見えてくる。魔力操作は基本的な肉体強化はもちろん、魔術の構築の基礎となるものであり、そこの弱点を突かれると誰であろうとまともに戦えなくなるためである。
(あの騎士、将軍ロシュフォールで間違いないな。手加減なんてしてたら死にかねない…)
「仕方ない…」
「ならば」
お互い、次の手は決まっていた。
ロシュフォールが胸に手を掛けると全身の鎧が黒炎とかし消えた。代わりに炎が鱗のように折り重なり、人の肉体に纏わり付いた。長い尾のような帯が後ろに垂れ下がり、口の牙はさらに鋭くなる。
"竜鎧"、変身術の応用であり、仮初の人の形に竜の力を落とし込む事で竜の姿に戻らずとも全力で戦うことができる。ロシュフォールは今までの何十倍もの俊敏さで動きながら目にも留まらね速さでユフォの頭上まで来て軽く空拳を放った。押し出された空気が質量を付与された熱と共に防ぐ暇もなくユフォを地面に叩きつける。轟音と粉塵が当たりを引き裂きさいた。そのまま追撃を加えようとしたが、空気が変わった事に気がついてすぐに距離をとった。
(なんだ?空気が乾いていく?)
土煙の中、人影がゆっくりと立ち上がったのが見えた。
『我は全ての金剛に礼拝する』
ー倶利伽羅、"抜刀"ー
ユフォは大剣の鞘を抜いた。
05と描かれた巨大な鍔の中から真紅に染まった細身の大太刀が熱気と共にスラリと出てくる。鋒まで顕になると、刀身からふたつの炎のくだが蛇のようになってユフォの身体を囲こむと大太刀が全身が真っ黒に染まった。
「なるほど、それが本来の姿か」
ロシュフォールは拳を二つ合わせて向けた。
『"漆黒の顎!』
拳から発せられた重さを付与された黒炎が巨大な竜のアギトとなってユフォに呑みかかった。しかし、一瞬の内にアギトは文字通り吹き飛ばされた。ロシュフォールには何が起きたか理解が追いつかなかったが、すぐに指先が火傷を負っている事に気づいて戦慄し、黒い魔力に防御機構を付与して全身に薄く纏わせた。
"竜王参陣"、最初期の契約兵装の内、五番目に制作された"倶利伽羅"の刀身は、召喚術によって降臨された"不動明王"の第四肋骨から作り出されている。
この神格は"大混乱"以前は『炎の黒竜を統べ、左手に縄を、右手に剣を持ち、悪を憤怒を持って断つ者』として知られていた。特に剣は炎の黒竜と同一とされて、明王の力そのものであり、握る者の一部ともされていた。故に多くの刀剣の装飾としてこの黒竜を彫刻し、持つものを明王の化身とする"まじない"が広まった。いつしか剣は"倶利伽羅竜王"といわれ、単体で神格を成すまでに至った。
明王の一部から作られたこの剣と契約し、握るものはつまり、"不動明王"と成る。
かつて、欧州では"ドラゴン"は悪の象徴であった。信仰の中で悪魔の使いであり、憤怒の象徴として多くの彫刻やタペストリーになり、文化としてこの地に深く染み込んでいる。それは竜が統べる国になっても消える事は無かった。
魔力を扱う者の戦いはいかにして先に相手の魔力操作術を看破出来るか出来ないかによって勝敗が決まる。もう一つ、神秘を力として扱う者には明確な弱点が存在する。
伝承、伝説、文化、そして信仰…"大混乱"より遥か以前から魔力に形を与えてきたこれらは語り、受け継がれてきたが故に多くの制約が定められた。
悪魔は天使に"倒される"、戒律を破ると"穢れる"、一角獣は処女に"弱く"、竜は英雄に"討ち取られる"…悪は明王に"断たれる"。
ロシュフォールは欧州の出であり、東洋には疎かった。ゆえに"不動明王"などという存在は知らなかった。だが、たとえ彼が知らなくともユフォが作り出したこの状況は、"竜=悪が明王によって断たれる"という魔術的有利性が現れていた。
状況は理解できずとも、直感で戦慄しすぐに防御に転じたのは流石は歴戦の猛者という所だろう。
ロシュフォールは深く息を吐いて気を整えた。
(私の知らない魔術的な要素がある以上、魔力操作のみであの者を上回わらねばならない。創造性においてはこちらが有利…だが、果たしてそれだけでこの者の破壊力に勝ることは出来るのだろうか!)
一瞬の不安と高揚が全身を駆け抜けた瞬間、ユフォは上段から太刀を振るった。
眼を見張る隙もなく、一帯が滅された。




