仁寿ニ年
古くから砂漠の奥、天山山脈には神仏が、崑崙山脈には仙人が住む場所と人々は口に伝えて来た。
天下を統一し、隋の国を建てた楊堅が元号を改めて一年が経とうとしていたこの時代も神や仙人は人々の目には届かない山脈の雲上に宮を構えていた。
崑崙山雲上の宮の一つに住む天仙、太上老の世話童として妖狐の母から兄妹が預けられたのは下界でいえば四月の事であった。
元々は妹の銀のみが預けられるはずだったが、兄の金が心配だからと雲上までついて来てしまった。老も母も金を諌めたが、言うことを曲げずそのまま我を通した。初めは困っていた老であったが、金は勤勉で仙術の才がある事に気がついて、その内世話だけではなく弟子の様にあつかう事になった。
「金兄さん、薬草とって来たよ」
銀も老や金の身近にいる内に仙術に興味をもって兄と共に学ぶようになっていった。
「ありがとう、こっちでサソリの尾と砕いて混ぜるから葉と茎を分けておいて」
「わかった」
二人は宮の裏手の小さな作業小屋で薬を作っていた。
「おぉ金よ、頼んだものはできたか?」
小屋に来たのは滝の様に下がった白髪と髭が簡素ではあるが髪留めで上髪を束ね、この時代貴重な絹服で身を包む老人、太上老であった。
「はい、せんせい。こちらにご用意してございます」
「おぉそうかそうか」
老は駆け寄ってきた二人の頭を優しく撫でた。
金はサラサラとした金色の髪をしていて額の右から角がスラリと一本覗いていた。銀は灰色の少ししっとりとした髪に両耳の上から黒い巻き角が出ていた。二人とも翡翠の様な瞳で肌は雪の様に白かった。
「おまえ達が手先が器用で助かる。ツァンパ団子を供えられたから二人も食べなさい」
老は懐から布で包んだ拳大の褐色団子を二人に分け与えた。ツァンパとは煎り麦粉であり、バター茶を加えて丸めた風味豊かなものであった。
「ふあああ、ありがとうございます!」
大好物を前に銀は本来の少女然とした表情で団子を口に頬張って金に喉を詰まらせるからと嗜められていた。
老はそれをさながら孫を可愛がるように見ながら金が作っておいた薬の出来を確かめていた。
(これは、記憶だ。俺は今、この金の記憶を追体験させられている)
金の意識の中でマサノリはそう感じていた。
『その通り。理解が早くて助かるよ』
突然、時が止まった。団子に目をを輝かせて口を開ける銀も薬を手に取る老も何もかも静止していた。
『やっほー』
一人動く金、マサノリの横でドロシーがからからと笑いながら手を振っていた。
「あんたは、俺に何をしたんだ」
静かに怒りを滲ませた声でマサノリはドロシーを睨みつけた。ドロシーはまるで気にする事もなくマサノリの前に出た。
『うーむうん、ちゃんと接続してるね。私の"希望"通りだ』
マサノリの翡翠の右目を覗きこみながらドロシーは何かに感心しながら腰に手をあてて周りを見渡す。
まるで時が止まった世界で懐かしむ様に。
『あぁそう…この空気だ。そしてこの年の暮れに私は産まれたんだ』




