竜國炎上27
マサノリは困惑していた。
「"希望の魔法使い"とでもよんでくれたまえ」
ドロシーと名乗った少女は瓦礫の山から腰を上げると一瞬でマサノリの側まで移動してきた。マサノリの鼻を人差し指でちょんと触れると、マサノリの身体は呼吸とまばたきを除いて硬直した。
「君には期待していたんだけどなあ。がっかりなんだけど?」
薄ら笑いを浮かべながらドロシーはマサノリの顔を摩る。
「ふふ、ごめんね。なんかトラブっているときに穴に落ちて知らないお姉さんにそんな事言われてもって感じだよね」
ドロシーはマサノリから離れると瓦礫の山から赤く古い錆びついたブラウン管テレビを持ってきた。どから引いて来たかもわからないコンセントケーブルに繋ぎ、スイッチを入れると映像が映し出される。
「まぁ、とりあえずこれでも観ながら私の話を聞いておくれよ」
ブブっとはっきりしない映像にマサノリは目を細めた。
「まず、君の上司?っていうか保護者になっているユフォ=ソフィア大佐は何の為に動いているのか君は分かっているのかい?」
ユフォが映し出され、マサノリの口が勝手に動き出す。
「わからない…"魔法使いの捜索"の任務としか…」
どうする事も出来ない状態でマサノリは心がぐちゃぐちゃになっていく様な感覚に襲われた。
「なら、教えてあげよう。彼女の目的とはこの私の事だ」
「?」
「彼女の探している"魔法使い"とは"希望の魔法使い"と呼ばれていて、アルプス共和国に亡命を求めて使者を経由してコンタクトをとった。その人物こそが、この私本人だという事だよ」
胸に手をあてて誇らしげにドロシーは話を続けた。
「ユフォ大佐は軍人だ。彼女自身に思惑はあれど彼女はあくまでも任務に忠実に従っているにすぎない。遂行する為ならどんな事もするだろう。だから、導いた」
(導いた?)
「私は"希望"を司る為なら文字通りなんでも出来る。"未来を知る事"も"運命を操作する事"も"絶望に落として希望を見出させる事"も容易い事だ」
ふふふっと静かに笑いながらドロシーはテレビを手で叩く。衝撃でなのかはわからないが映像が切り替わり、マサノリが体験した光景、トウジロウの死んだ夜から、ついさっき逃げ出して来た戦場まで走馬灯の様に断片的に映し出されて行く。
「彼女を私の元に辿り着かせるまでに数多くの事案が発生する事もわかっていた。君の父の企みも、私の敵の企みも、アルプスという歪な国の動乱も、全てはこの世界、この時間において繋がって影響しあう因果だ」
ばんともう一度テレビを叩くと流れる映像が止まり一人の人物が映し出された。
「この娘、わかるよね?」
「アリア…」
「そう、この天使こそが全ての因果を繋ぐ"縄"だ。そして…君はその縄を激流の運河に差し留める"釘"なんだよ」
ドロシーはテレビを消すと人差し指でマサノリの額をつんと突っついた。同時にマサノリの身体の自由が効くようになり、力が抜けたように地面にひれ伏した。
「だが、君を"釘"に配役した事は間違いだったよ」
息切れも激しいままマサノリが顔をあげるとドロシーが見下ろしていた。
「過酷な運命も、絶望も、力も、知恵も与えられたはずなのに何故そんなに流される?生きたくないのかい?そんな泣きそうな顔になってまで」
恐ろしい眼で見下す少女を前にマサノリ顔をぐしゃぐしゃにしていた。
「…じゃないか、わかるかけ、ないじゃないか!そんなの!俺は、俺は、こんな人生嫌だった!この眼も、今の状況も、何もかも!なんなんだ、決めれるわけないじゃないか!考えてる暇もなかったんだぞ!」
怯えて吠える子犬の様にマサノリは歯を剥き出しにしてドロシーに叫んだ。
「あんたに何がわかるっていうんだ!俺の何が!ずっと、ずっと、あの母さんを失った時からずっと!考えないようにしていたのに!こういうものだって言い聞かせていたのに!納得したことも飲み込んだことも、あの家でトウジロウさんやアリスさん、アキと家族をやっていけたらそれで全部よかったのに、わけわかんない事で巻き込んでぶち壊された!」
「あぁ、私が壊したんだ。いや、導いたんだ。君が目を病んで竜の眼を移植するように私が全て仕組んだ事だ」
「お前ェ!」
マサノリは勢いのままにドロシーを押し倒した。倒れて組み敷かれても少女は無表情のまま淡々と口を開いた。
「君が、君でなければあの"破滅の星"を、"赤い御子"を私の元に辿り着かせる事は出来ない。だが世界がそう望んでいるように、君の本来の運命は光る事のない日陰の人生であり、全ては全ての人の不幸のまま終わるものだった。だからこそ、その不幸を一身に集める結果になってでも君をあそこから出す事にしたんだ…悪かったと思っているよ」
ぐっとマサノリの拳が振り上がった。
「だが少々、わがままが過ぎるかな」
ピンと拳を振り上げたままマサノリの身体は再び硬直した。
「君はあの子によく似ている」
ドロシーは少し愛おしそうにマサノリの頬をさすると勢いよく腹を蹴飛ばした。華奢な体格からは想像も出来ないほどの力にマサノリは宙を舞い瓦礫の山に落ちた。
「君はもうすでに渦中にいるんだ。何も知らない、何もできない訳でもない。だが目を背けて逃げてばかりではね。見っともなくて腹が立つよ」
硬直から解放されたマサノリはやっとの思いで瓦礫から這い出した。
「くっ…俺の…知った事か!」
「仕方ない。ちょっと甘ったれを矯正させるかな」
ドロシーは再びテレビを叩くと画面に青空が写し出された。瞬間、マサノリの視線は画面に釘付けにされた。
(また、動け…ない!)
「ちょっとその"力"の使い方を覚えるついでに人生勉強してきなさい」
不鮮明な画面を見ている内に段々と鮮明な空が見えてくる。
見えてくる内に本当にマサノリは空を見ていた。
「え?」
「金兄!またボーっと雲を見てたの?飽きないわね!」
呼ばれた方を見ると角の生えた銀の髪が美しい少女が走ってきた。




