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竜の眼の魔術士  作者: 花嵐 龍子
第三章 竜國炎上 ーParis brûle-t-il?、ー
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竜國炎上25

 パリの南、オルリー空港の巨大な廃墟は現在、対共和国用の前線基地として利用され、常時五千人程の騎士が駐留しており、それを支援する多くの人々が一つの街を形成していた。ここはその地理的配置もさることながら、パリとフランス南部を繋ぐ国道7号線が敷地の真下をくぐるという防衛にこれ以上ないほど適した場所であった。制空の支配者である竜にとって"上"を取るという事は優勢を持つと同義だからである。

 無論、敵が正直に7号線を通って来るとは騎士達も考えておらず、その周辺地域の警戒も厳重であった。特に旧滑走路跡地には"リシュリュー団"の"大竜"であるセジェルとルールが防衛に当たっていた。

 セジェルは人型を嫌い、普段から40メートル級の翡翠色の体躯で過ごす翼も四肢もない美しい白い立髪を持った"ワーム種"の女性の冷血竜で、その鞭のような鋭い尾は一振りで城壁を切り裂くと言われる。

 ルールは元の姿が余り大きくない男性の火竜で人型に化け金の鎧に身を包み、人型のまま竜の火力を扱う事に長けいて、非常に機動力の高い戦い方を得意としていた。

両名とも、かなりの実力者であると共に決して油断も慢心もせず、部隊指揮も的確と、実質的なこの防衛基地の前線指揮官でもあった。


「民間人の避難は間に合いそうにも無い」


だだっ広い開けた滑走路跡地を見つめるセジェルについさっきまで部下たちと対応を話し合っていたルールは腕を組みながら告げた。


「4区の方で人が詰まっていて、対応が追いついていないそうだ」


「この規模の侵攻です。仕方がないと言わざるを得ないでしょう。仮にモネ様が今回の侵攻の情報を事前に予測していたとしても、それを察して民間人を避難させていては敵に勘ぐられるだけです」


「多少の犠牲はやむなしか…皆、覚悟は出来ているとは思うが」


「"ここを護る"。それがここの大義ですからね。皆、踏ん張ってくれるでしょう。故に私達は止めきれない大物を迎え撃つのです」


「そうだな」


すでにここが敵の狙いであるということは侵攻の動きから解っていた。もう間も無く陽動程度では済まない敵の本隊がここを襲って来る。二人だけでなく基地全体が騒がしく動いていた。そこには人族も魔族も入り乱れていたが彼らは人間として、国民として、軍人として逃げる為ではなく、守る為、己の命をかけていた。迎え撃つ準備は万全。陽動作戦で戦力を確かに割かれてはいるが、そんな事は想定内だった。故に、これから起きる想定外の事に彼らは細心の注意を払った。


「来たぞ」


最初の爆発は空港のすぐ目の前の高校付近からだった。


敵は正面から来た。


 共和国軍が空港の正面から攻撃を仕掛けたのは遮蔽物の少ない滑走路でわざわざ戦力を分散して複数箇所から攻撃を行うと敵の防御に手間取う可能性が高いためである。

この作戦は迅速さが要である以上、火力を集中し、空港内の中央突破を図って敵の分断を行い、殲滅した方が確実で速い。

とはいえ、空港の周辺地域も制圧も大事であった。マサノリを含むユフォ隊は住宅地の制圧を任された。軍用車から降りた途端に走る。共和国陸軍の濃い緑の防弾装備にアサルトライフル等の銃火器はかなり重く息切れがすぐに来る。

キリ、アリアの後ろをマサノリは必死に追いかけた。

すぐに爆風が道路を駆け抜けて共和国軍の戦車が転がって来た。慌てて足を止めるマサノリを後ろから強引にユフォが押し出した。


「振り返らずに走って!」


すぐに轟音が熱と共に背中に伝わる。それでもマサノリは全速力で走って道路を渡りキリ達が待つ5階建てのアパートの入り口に着いた。そこで振り向くとユフォが倶利伽羅を抜いて巨大な緑の竜の尾を抑えていた。


「マサノリ、準備はいいか?」


キリの声にマサノリはただ頷いた。ハンドシグナルでキリはアパートの階段へ行くようマサノリに指示した。

マサノリはライフルに手を構えてゆっくりと上へ向かう。

階段の折り返しで誰かの声がした途端マサノリより先にキリや他の兵士が折り返しにせり出して発砲した。そのまま上に勢いよく駆け上がっていく。マサノリはその流れに倒されてしまった。すぐにアリアが起こして共に上に向かう。

ビチャッと足元を見ると血が、赤い血が溜まっていた。折り返しを行くと、2階のはじめで何人かの死体があった。

兵士とかではない。普通の、つい数分前まで普通の暮らしをしていた"人間"の死体だった。

共和国軍のライフルは魔族の硬い皮膚も貫けるような破壊力を持つため、死体の損傷は激しく、血と内臓が散乱していてどういう人達だったか判別は出来ない。ただ、長い手入れされた髪が若い女性だったという事だけはわかった。


そこまでして、ようやくマサノリは恐怖で体が震えた。


上の階から悲鳴と怒号と発砲音が絶え間なく鳴り響き、虐殺が今行われている実感に耳を塞ぎたくなる。

血の海をふらついた足で2階を進む。まだ奥の方が制圧できていないようだった。


「あっちに行ったぞ!」


奥から兵士の叫び声がしてマサノリは咄嗟に銃を構えた。

奥の部屋から逃げるように出て来たのはローブを着て長い杖を持った少女だった。少女は銃を構えたマサノリを見ると立ち止まり杖を握りしめて構えた。


銃の先が、震える。汗が眼を遮る。


長い一瞬の迷いの内、アリアが後ろから発砲し、少女の杖ごと胸を貫いた。少女はその場で壁に寄りかかるようにして膝から折れて尻もちをつく様に絶命した。


「一名射殺。先に行きますマサノリ」


奥から少女を追いかけてきた兵士と共にアリアは慣れたように次の部屋の制圧にかかる。

マサノリはまだ銃を構えていた。目の前の少女だったモノの見開いた瞳がこちらを見つめていた。

ただし少女の瞳は、外の青空の雲を最後に見たかったのかもしれない。


「このアパートを含む2つの界隈の制圧を完了。"壁"の拡張を行います」


数分もしない内に殺戮は終わった。


「ユフォ大佐が現在、"大竜"の一体と交戦中。ここからは引き離してくれている。他の"大竜"が来る前に終わらせるぞ、急げ」


 部隊はこの界隈の建物に"反逆体"の箱を設定していく。これを用いて"反逆の壁"の影響化に起き電気等を使用可能にする為である。

設置は他の兵士に任せてキリは逸れたアリアに会いに行く。


「マサノリは?」


「それが、制圧後から見当たらなくて」


「なんだって!?」


 あれから、マサノリは走っていた。いや、逃げ出していた。向こうでバケモノとユフォが戦っている音がするが構わず逃げる。道に人気はなく、異様なほど静まり返っていた。


(嫌だ、嫌だ、嫌だ!)


脳裏に浮かんでいたのは、かつてこの右眼が暴発した時の事。焼け焦げた母と200人以上の死体の山の光景だった。

 子供の様に泣きじゃくみながらマサノリは銃も装備も脱ぎ捨てて北へ向かって行った。やがて空港が見えて、燃えている北側、パリ中に立ちこめる煙と炎に気を囚われている内に穴に落ちた。

 ユフォなどの一部の戦闘を除き、住宅地周辺の制圧はかなり早く完了した。大竜クラスの騎士が放つ一撃の余波に巻き込まれないように警戒しながら部隊は着々と"反逆体"の起動を行なっていく。その中、キリとアリアは部隊指揮を行うシビーと偶然合流する事が出来た。なんとか忙しい彼女を説得してとある一室で三人になれた。


「作戦行動中に逃亡だと?なんたる事だ!」


「すみません、銃撃戦の混乱の中で目が届きませんでした」


「それは言い訳だろう!」


「はい。その通りです、ですが少し妙なのです」


「というと?」


 シビーは歴戦の女傑であり、どのような状況でどのような問題であろうと冷静に部下に報告を促す事が出来た。

キリはアリアを前に出すと困り顔な彼女にシビーは何か予定外なが起きている事を察した。


「彼女が"天使族"である事は?」


「もちろん元帥から聞いている。そのいなくなった彼の右眼についてもな。この部隊では君たちと私しか知らない」


「彼女には"天使族"であるかは不明ですが、命の居場所を障害物範囲に関係なく知る事が出来る様なのです。作戦前から私達"スワロウテイル"に限定してこの能力を使うように指示していました」


キリの報告にシビーは少し驚いたが、当然だとすぐに飲み込んだ。いくら共和国所属になったとはいえ、彼らは"アルプス水機団"。その任務は"海外での特殊活動"だ。普通なら連隊規模を受け持つ"大佐"級の指揮官が率いるくらいの並々ならぬ事情もあるだろう。この作戦でバラバラの配置になる事も考えるなら当然の処置だ。


「それで、さっきから彼女が困り顔なのは絶対に見失わないはずの人間を見失ったからかな?」


「はいそうです。アリア、説明を」


キリに促されてアリアはこくんと頷いた。シビーはアリアが少し人付き合いの苦手な性格かもしれないと思った。


「彼が消えたその時から教えてくれるかい?」


「はい。マサノリ…二等兵は、私が少し離れた時に忽然と、気配ごと消えました…消失したと断言出来るほどに一瞬で…そこから半径150kmに渡って位置を割り出そうとしても全く見つかりません」


「150kmって、まさか君、今パリ市全ての人々の位置も分かっているのかい?」


「いえ、そこまでは…いえ、本来なら可能なはずですが、あそこの地下にいるとても巨大な存在のせいで他が霞んでしまってわからないのです」


「なるほど、その巨大な存在は何かわかるかい?」


「いえ、ただ、小さいですが同一の存在であるものがもう一つ違う場所に確認出来ます」


「ならそれは"太陽竜"で間違いないだろう。彼は3年前の戦いでジャンヌ様に魂を封印されたからな。恐らく君の言う小さい方が肉体で、大きい方は魂かもしれない。大きく感じるのは魂から放たれる"皇気"のせいだろう。君の強力な能力が"皇気"で霞んでしまっているという事は魂はもう封印から目覚めているんだな…その魂の方の居場所はわかるかい?」


「わからないです。大きすぎて…ただ、気配の中心が一際強く感じます。そこにいます」


なるほどとシビーは少し考えた。


「わたしの予想だが、恐らく彼はパリに向かったはずだ。彼は"竜の知恵"の炎が使えたのだったな」


「はい。制御は不完全ですが…」


「なら、気配を絶っているのは彼自身なのだろう。"竜の知恵"は世界そのものを改変し再現出来るほどの力だ。意識的か無意識的にかは問わずとも不可能ではない」


シビーの解析にキリは感心した。噂には聞いていたがこの女傑が今日まで地獄を生き残ってきた理由が少し分かった気がした。


「すでに解除していても見つからないのは、他の戦闘に巻き込まれて死亡したか、竜の王の"皇気"の中に入ってしまったからと見るべきだ。わたしは後者だと考える。炎を発動したまま死亡しているならどこかで炎の"侵食暴走"が起きているはずだからな。今のところそんな報告は来ていない。彼は、王の炎の庇護下に入ってしまったんだろう」


「庇護下?彼は亡命は望んでいませんでしたよ?」


「それは分かっている。彼が何を望もうと、知恵の炎を扱える以上"竜族"と認定された上で"皇気"の領域に足を踏み込んだなら彼には"太陽竜"の庇護を受ける資格が出来てしまうと言っているんだ。つまり…」


「マサノリはパリに入って行った。という事ですね」


「そういう事だ。"皇気"を踏んだ瞬間から彼の炎は王の炎に上書きされて王国側の人々同様に居場所を秘匿されているのだろう…残念だが君たちも含め我々に彼を探す余裕はない。それに、どういう事情であれ逃亡者は射殺される事になっている」


シビーの言葉にキリとアリアは反論できなかった。


「だが、私は君たちがお願いを聞いてくれたなら君たちが彼を見つけた時に逃亡の件を黙認しようと思っている…どうかな?」


はっとしたキリはすぐに切り返した。


「聞きます!なんなりと!」


ふふふよろしいとなっているシビーを見てアリアは不思議そうな顔をした。


「報告!」


雰囲気を壊すように一人の兵士が息を荒げて部屋に入ってきた。


「ハァハァ…っ現在、ユフォ大佐が"大竜"の一体を撤退させる事に成功し、前線を空港敷地滑走路手前まで上げる事に成功しました。ですが…」


「ですがなんだ!」


「っ、こ、"黒翔竜"です…敵の将軍ロシュフォールが"リシュリュー団"の騎士を率いて空港に陣取っています!」


ありったけの緊張と戦慄が共和国軍内に駆け巡っていた。晴れ渡った空の下、開けた滑走路を一人の黒い鎧の男が歩いてくる。それをユフォは見ていた。


「あれが、ロシュフォール」


通称"黒翔竜"、"竜王種"に匹敵する実力といわれた王国最強の騎士が剣を抜いた。







 マサノリは目が覚めた。真っ暗な穴に落ちたからかあたりは暗く、床は水が溜まっていた。


「ここは…」


意識がはっきりして来たと同時に思いっきり嘔吐した。あの少女が殺された光景が頭から離れない。


「ちょっと〜きったないなぁ〜」


暗闇の奥から甲高い女の子の声がした。顔を上げると周りが黒く、灯りなど何も無い中、赤いワンピースを来た短い黒髪の少女が赤い靴の踵を合わせ鳴らしながらはっきりとした姿で瓦礫に座っていた。


「気がついたかな竜眼のヒーロー。はじめまして私はドロシー。"希望の魔法使い"とでもよんでくれたまえ」

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