竜國炎上23
霧深い朝、パリ20区中の警鐘が鳴り響いた。南西のオルレアンから入る為の大きな道は高速道路であった"A6"とパリの南に広がるムドンの森を抜ける国道の"N118"、があり、それらを含む全ての陸路に"宰相"モネは布陣を敷いた。また、西側のヴェルサイユ、東側のクレテイユも封鎖され、パリ全域が厳戒態勢に入った。
対する共和国はオルレアン、モンタルジ、サンスの要塞から進発した三方部隊が北上し侵攻していた。
先発した第二、第三方面部隊は合同でパリの南方を包囲する形で攻勢を仕掛けた。これに対応したのは"三騎士団"の内、唯一"宰相"に権限を与えられた"ドゥノン団"であった。モネの指揮の元、数多の"竜王兵"や"鬼族"で構成された騎士たちが共和国軍と衝突した。
中でも現場指揮をとる"ドゥノン団"将軍にして、"氷麗竜"の異名を持つ女傑ミレディー・ドラクロワのいるヴァセンヌの森は激戦地となった。
人型に化けた彼女は空色の腰まで伸びて揃えられた髪を靡かせ白く温度のない肌を隙間から覗かせていた。鎧を着る事のない華奢な麗人を甲冑を着た騎士たちが囲んでいた。
「貴公、顔が青ざめているぞ」
ドラクロワに指摘された騎士団参謀ロシュローの顔は本当に青ざめていた。
「当たり前です…彼奴らの勢力は三年前とは比較にならないほどの広範囲。それを我ら一軍で引き受けねばならぬとは…!」
「対処はまだ出来ているであろう。そう慌てても仕方がない。それに鬱陶しくなるからやめて」
ふぅっとドラクロワはロシュローに息を吹いた。
「ちょっ!冷気を吹きかけるの反則です!苦手なのご存知でしょう!」
「フフ、頭は冷えただろう?」
ドラクロワたちは森を歩きながら事態を進めて行く。すでに団の拠点であったヴァセンヌ城は陥落した。現在は森の西側に移動しつつ体制を立て直しつつある。今回の進行は共和国の奇襲が初手であったがそんな事は日常茶飯事であり予備の拠点の確保や敵の勢いを削ぐ仕掛けや罠の設置は充分にしてあった。
「とはいえ、我々の備えは南方部に沿うように置かれています。通常ならばここより西の要塞に拠点を移したい所ですが、そこも攻撃を受けているようで近づけません」
ドラクロワはうむ。と少しだけ考えると部下の一人に地図を要求した。大きな紙を地面に広げて確認していく。
「各員傾聴、最優先事項としてモンルージュ、ヴィルジュイフを抑える。最前線の各部隊の内、セーブルの部隊の四割をモンルージュに行かせろ。シュレンヌの所はプランシェが居るから暫くは持ち堪えるだろう」
ドラクロワの案にロシュローは地図上を指差す。
「モンジュール、ヴィルジュイフという事は彼奴らの本隊は高速道路から攻めて来ると閣下はお考えなのですか?」
「この規模の攻勢にしては奴らの火力が少ない。恐らくは本隊が後方から仕掛けて来る」
「ですが、わざわざ大通りから攻めて来るでしょうか…」
「少なくとも最大勢力は送って来るだろうさ。我々が戦力を割かねばならないほどのな」
「彼奴らの狙いは我々の戦力の分断にあると?」
「モネ様はそう言っておられた。わたしも、そう思う。もし我々との全面的な戦闘を行いたいなら肝心の最大戦力である"魔法使い"を前面に出すのが定石。それがどこにも見当たらない。となれば…」
「別働隊がどこかから陛下の暗殺を行うと…」
「そうだ。だが、我々ドゥノン団にはその別働隊に割く戦力はない。それはモネ様も織り込み済みだ」
その言葉にロシュローはハッとした。
「あぁ、解りました!それで"リシュリュー団"を地下墓地にだしたんですね」
「別働隊が来るなら地下しかないからな。制空権はこちらにあり、地上の守備はわたしたちが担う」
話が纏まりつつある中、ドラクロワたちの近くで爆発があった。巨大な"竜王兵"の一体が倒れて来た。慣れたように騎士たちは特に驚きもせずに同胞がやられた方角を睨みつけ体制をとる。
「あら〜可愛いトカゲちゃんたちがわんさかじゃないの!」
爆発の煙から数多の共和国軍の兵士が銃を手に出てきた。それらを率いるようにオールバックの大男が体躯に見合わないギターを引き下げて立つ。
「あれは…"魔法使い"の犬!」
「犬とは失礼ね〜アタシは"反逆の魔法使い"の"眷属"にして"マリアンヌ"のベースギター担当シャンソン!可愛がってあげるわよ〜トカゲちゃんたち!」
騎士たちの先頭に立ち露骨にシャンソンに不快感を示すドラクロワは強大な殺気と冷気を周囲に放った。
「ロシュロー、指揮権は貴公に託す。あのもみあげクソ犬とその手下はわたしとテオドール隊で対処する」
ドラクロワは両手から氷の刃を取り出した。
「承知致しました!ご武運を!」
ロシュローは他の騎士と共に木々の合間に消えて行った。共和国軍兵が追いかけようとするが、テオドール率いる"竜王兵"の部隊が木々を薙ぎ倒しながらこれを阻む。
「あら〜そういうの蛮勇って言うのよ」
「気持ち悪い言い回しをするな犬めが…お前別に自分を女だとも思ってもいないだろ」
完全に侮蔑をこめた言葉にシャンソンはギターを打ち鳴らした。周囲に殺気と白い稲妻が走る。
「あら〜良くわかったわね〜もしかして本物のペデちゃんかしら!いいぜ、相手してやるよ!」
パリ郊外の南の土地はエソンヌと呼ばれて、かつては美しい風景が広がっていたのだが、今は灰燼に帰し草の一つも生えてはいなかった。
一面の灰色の世界を進むオルレアンから進行する外人部隊の一団の中、マサノリは重い荷物を背負いながらユフォ隊と共に歩いていた。何年も、誰も整備していない灰野は歩くたびに足が埋まって体力を引き裂いて行く。
「大丈夫ですか、マサノリ?」
マサノリが少しもたついている所を後ろからアリアが支えた。アリアは先のオルレアンでの戦いで負傷しており、頭に包帯を巻いていた。重傷では無かったので作戦にも参加していたが荷物は少なかった。
「だ、大丈夫…」
「おい!早くしろ!」
少し先を行くキリから怒号が飛び、マサノリとアリアは急いだ。
ユフォ隊を含めたオルレアンから進発した第一方面部隊は先行する他の部隊からは少し後方の本隊としてエソンヌ地方の中央部の廃都市エタンプ近郊に作戦本部の拠点を構えた。
積もった灰を人力で掻き出してテントや機材を設置していく作業は朝から夜まで続いた。




