竜國炎上21
セーヌ川に浮かぶシテ島を中心にカタツムリのように二十の区画が配置されたパリの街。
"シテ島"から北に少し行った所に"モンパルナスの丘"がある。歴史的に数多くの文化人が集ったこの界隈には現在フランス王麾下の三つの軍の内の一つ"リシュリュー団"が拠点を置いていた。"宰相"から団の全権を預けられた将軍のロシュフォール=ルノワールは人型である時、必ず黒いマントを羽織り、カールの効いた黒髪を靡かせて颯爽と歩く事から"黒翔竜"と呼ばれていた。
"竜族"には他の魔族とは違い、実に数多くの種類がある事が知られている。
その形態、大小、属性の違いは多種多様ではあるが、大きく分ければ二つの体系に分かれる。
一つは強力な顎と爪を持ち、冷たい血を持って氷を統べる"冷血竜"と呼ばれる種。
もう一つは灼熱の魔力を体内で生成し、強大な炎を吐く"火竜"と呼ばれる種。
どちらも例え小型であろうと他の魔族を圧倒する強大な力を持つが、更にそこから巨大な翼、体躯、知力を備えた者を"大竜"と読んだ。
個体数こそ限られているが、たった一体で人間の大隊規模の戦力を灰燼に帰すほどの化け物である。
そんな彼ら"大竜"が束になっても敵わない文字通り"最強"に君臨する"竜王種"は現在の世界の覇者と言っても過言ではない。その内の一角はフランス王国の"太陽竜"だが、その麾下には"竜王種"に匹敵する程の実力を持った"火竜"がいた。
"黒翔竜"は巨大な翼を広げれば全長は100メートル超にまでなり、黒曜石の様な鋭く尖った鱗はいかなる刃も通さない。吐き出す炎は消えない呪いを帯びている。
何より、その知力は幾多の経験に裏打ちされ隙がない。
「将軍、お待ちしておりました。皆、待っております」
「うむ」
王宮から帰還したルノワールは部下の騎士からの報告を聞きながら陣本部である"サン=サクレール寺院"を改装した建物へと入っていった。バシリカ建築様式の広い身廊には整列した銀の鎧を着た騎士たちが何十人も並び、皆ルノワールに畏敬を込めて道を開けた。
奥の祭壇であった場所には大きな机が置かれており、幹部の騎士たちが立ちながら話し合っていた。全員、"大竜"に属する強者たちである。
「おぉ、将軍。戻られたようですな」
逞しい髭を生やしたベテランの老騎士、トレヴィル=ファン・ゴッホと握手を交わすとルノワールはテーブルに手を付けた。
「ただいま諸君。皆すでに承知だとは思うが昨日、王が目覚められ先程、謁見して参った」
「おぉ、では再びあの怨敵と合間見えるのですかな?」
「いや、目覚められたとは言っても"肉体"の方だけだ…"魂"が無くとも脳が記憶を元に"精神"を再現は出来るが、魂という基盤のない精神がいつ崩壊するとも限らない。事実目覚めた時居合わせた侍従の軽い讒言にオルレアンを強襲したらしい…」
場が騒ついた。
「すぐに飽きたらしく場をその不届き者の侍従に任せ一人帰還なさったみたいだが、それも含めて重大な問題だ」
「オルレアンはどうなされたのか?」
「"御火"を感じとった宰相殿が直々に"ドゥノン団"の"竜王兵"を連れられて対処されたそうだ。かの忌々しき"魔法使い"が出しゃばってきて難儀したそうだがな。こちらの被害は軽微だそうだ」
「王…陛下は今?」
「王宮でお休みになられている。我々はその間にやらねばならない事を宰相殿から仰せ仕った」
「その前に一つよろしいですかな将軍」
赤い鎧の騎士アトス・ドガが手を上げた。
「何かなドガ卿」
「将軍が謁見なされている間に"共和国"から発せられた"宣戦布告"についてです。その宰相殿からの任務に当たるまえにそちらについて議論するべきだ」
「卿の発言は正しい。だが、その件については先のオルレアンの事もあり"ドゥノン団"が対処する事になった。ドラクロワ将軍ともここに来る前に話し合って来た。元々南側は彼女達の担当区域であったしな"サンス"での小競り合いも出しゃばり過ぎたと私も思っているよ」
「わかりました将軍。では先の事を伺いましょう」
「うむ。我々は"ドゥノン団"が怨敵と合間見え、陛下がお目覚めになる間に行方不明になった王の"魂"を見つけ送り届けなければならない。これが任務だ」
「制限時間はどれくらいですかな」
「現刻からヴァラットン様が陛下の眠りを伸ばせていられるのは三日だ。それ以上は今の陛下の精神が崩壊しかねない」
「捜索範囲は?」
「陛下…"肉体"が語られるにはこのパリの何処かにはあるはずだ。現に"御火"の加護はパリ市内にのみ現れている」
「目星はついておるのですかな」
「いや…だがこの三年間地上で見つからなかった事をみると私は"地下迷宮"にあるのではないかと思っている。場合によってはあの危険な迷宮に入る事になるやもしれん、制空で利がある我々にとっては分が悪い場所だ。その時のために"人化"での戦闘が得意な者の編成を調整し独自の隊を編成する」
「その隊はダルタニャン・シスレーに任せてみてはいかがか」
青い鎧を纏った金髪の整った顔立ちをしたアラミス・ピサロが申し出た。
「私もそう思う。だが、ここは卿がやってくれないかピサロ卿」
「私めがですか?」
「ダルタニャンは実力や才能は確かだがまだ若い。経験こそは大事だとは思うがこの緊急事態においてはその経験を積んだ者が必要なのだよ」
ピサロは少し考えてから頷いた。
「承知致しました」
「連れていく者の専任は卿に託す。これにより団の編成を大きく動かす。時間はない急いで取り掛かろう。もし三日を過ぎて陛下の脳が崩壊すればあの太陽の炎が我々に堕ちて来るのだから…」
こうして竜の騎士たちの長い三日が始まった。




