竜國炎上19
その竜がこの世に生を受けた時、誰もが落胆した。
竜は双子だった。体のうち心臓、胃、腸、肛門、生殖器を共・有・する状態で産まれてきたのだ。
双子はお互いが向き合うような形であった。
幸いにも両方とも元気に産声を上げたが、周囲からの悲鳴にかき消された。
母親は泣いていた。側にはこの場にいない彼らの父親からの手紙がぐしゃぐしゃになりながら置かれていた。
母親はこれが不倫の末に自分に与えられた罰だと思った。
手紙にはこの子の名前、男の子ならユウ、女の子ならリーロとしたい事、本妻を選ぶ為にこの関係を終わらせる事、遠くへ行ってしまう事が書かれていた。
至極、自分勝手な男ではあるが女はそれでも愛していた。だから余計に苦しくて泣いた。
自分に残されたあの人との繋がりを殺さなくてはいけないから。
母親の涙を赤ん坊の方は見ていた。その赤い眼の奥から何かが溢れ出て、赤ん坊に自我を与えた。
ー苦しい、痛い、僕は産まれたの?ー
ー誰かが泣いている。あれはお母さん?ー
ーあぁそうか、僕たちが繋がっているから、どちらを殺すのか迷っているのかー
ー多分、僕が殺されるだろうな。半分は元気に鳴いているしね。僕も賛成だよー
ーでも、僕が死んだらお母さん悲しむかな?半分は寂しくならないかな?ー
ーでも半分の中身は空っぽだー
ーいやだな。あっ、そうだ思いついたぞ!ー
片方の身体が燃え出した。いや、炎に変わった。
ー神様、どうか僕がこの二人を照らす《太陽》になれます様にー
片方は自分の体を魂に変え、魂の宿らなかった半分の中に納めた。
炎は半分の身体を包み、癒し、そして消えた。一瞬の出来事に誰もが呆然とした。
やがて赤ん坊が火を噴き上げながら鳴き出した時まで。
母親は元気な赤ん坊を前に片方がこの子の中にいるのを感じた。泣き止むまでに何人も焼き殺した我が子を胸に抱いた。
この子はユウであり、リーロ。ユウとリーロ…ユトリロ。
そう、ユトリロ!
長い夜が明けて、日が昇ろうとしていた。
"大混乱"は当時の大都市を完全に破壊したが、パリも例外ではなかった。
"魔族"への上書きは人口が密集すれば必然的にその比率は高くなる。都市機能は崩壊し、街は血と恐怖に染まった。
やがて静けさを取り戻した時には街は完全に廃墟と化していた。
そこに人々が入る様になったのはアルプス山脈を越えてスイスに入国出来なかった難民たちがこの廃墟を利用し始めた頃からであった。何万人もの人々が巣食っていた魔族を排除し、コミュニティを築き、いくつものいざこざを乗り越えてようやく一つの街として機能し始めた頃には大混乱から十年が経とうとしていた。
こういった人の流れは当時の世界のあちこちで起きていた。もう少し時間は掛るが、アルプス共和国も言ってみれば日本を追われた難民たちの国である。
ともあれ、人々は寂れたこの都を花で飾った。道端の花壇、窓の外のテラス、至る所で花を育てた。
だが、ある日の朝、突如として竜族の群れが街を襲ったのである。
住民たちは混乱の中、数多くの犠牲を出しながらシャンベリーに逃げ込んだ。
竜たちはパリを自分達の根城とし、さらにそこから各地の魔族のコミュニティを引き入れ、やがて一人のリーダーを立てた。
リーダーの名は"ユトリロ"、彼はまだ少年だった。
少年は自身を王と名乗った。そしてこのパリに王国を樹立した。
反抗して来た各地域の勢力、北の魔法使いを有する英国、西の海の覇者たる竜王、東の科学大国スイスとアルプス共和国、そして南のフランス共和主義者達…彼らを一斉に相手取ったこの若い竜は全てを燃やし尽くす強大な存在だった。
やがて彼を人々は"太陽竜"と呼ぶ様になった。その名は恐怖の対象であった。三年前、一人の"魔法使い"が現れるまでは。
"反逆の魔法使い"…彼女との一騎打ちの末、王は斃れた。
正確には魔法使いによって肉体から精神を引き剥がされ封印された。その時に流れ出た"王の炎"はパリを包み込み、現在もパリを守護していた。
王の"肉体"は王に従う強大な竜たちによって奪還され、守られていた。
その王がついに目覚めた。
パリに再び太陽が昇ったのだ。
そのパリに今、一人の少女がたどり着いた。
自身の本意とは別にこの街に来てしまった少女メリュジーナは今、道沿いのカフェで紅茶を飲んでくつろいでいたのだった。




