竜國炎上17
カサットは全身の痛みに叫びを上げた。もはや斬られて失った右翼や割れた下顎を回復させる余裕はない。
(どうする?どうやって逃げる?どうやって?)
やっとの体力であたりを見渡すが城壁は遥か向こう側であった。
(くそ…!)
その時、頭の上から一つの影が横切った。
カサットが反応する前にアリアの拳がカサットの額を殴り飛ばした。脳震盪を起こしたカサットはその場で倒れこむ。
「よし!今だ!『旗を掲げろ』!!」
ジャックの合図と共に各所に配置された"反逆体"が次々と起動していった。
破壊され崩れていた"ジャンダルム"の塔が復元されていく。
"反逆体"とは、"魔法使い"自身によって作り出され"魔石"と呼ばれる物の人工原石。反逆の力を内包しその出力は凄まじいものになる。
「要塞内、全ての復元を完了!いつでも打てます!!」
「よし、打てぇぇい!」
全てのジャンダルムから閃光が放たれ、カサットに命中した。
「再装填までのラグは最小減に抑えられている。構わず打ち尽くせ!!」
「アリアチャンノッテ!ココハアブナイ!」
一刻も早く爆心地から退避しようと竜に戻ったメリュが遅れたアリアを背に乗せようとした時だった。
光弾の雨の中から満身創痍のカサットが飛び出し、メリュとアリアはその巨体に激突し、メリュは気絶したままカサットの翼の爪に引っかかってしまった。アリアも塔の壁に叩きつけられてそのまま気を失った。
「メリュ!!」
いち早くそれに気が付いたキリはバイクを飛ばした。
「マサノリ!私の後ろのポッケのクナイをメリュ目掛けて投げて、今すぐに!」
アクセル全開で瓦礫を潜り抜ける中マサノリはやっとの思いでクナイを取り出して投げた。途端にバイクはバランスを崩し倒れて城壁ギリギリの所で止まった。カサットはメリュを引っかけたまま城壁を破壊してロワール川に突っ込んだ。
全身を強く打ったマサノリだったが辛うじて立ち上がった。
「め、メリュ…!」
再び穴の開いた城壁の外を何とか見る。そこには…
カサットは川から這い出た。
「ガハッ…!」
空も飛べず思いっきり川の水を飲んでしまった為その場で吐いた。
「ナントカ、ナントカニゲオオセタゾ…!」
「さて、それはどうかな?」
「ハッ…?」
瞬間にカサットの首は噛み砕かれた。
「まったく、陛下が居なくなったと思って探している中、"御火"を感じとって来てみればこの醜態。どう弁明するつもりだったのか」
流暢な口調でカサットの首を川に振り捨てた巨大な竜はカサットの爪に引っかかったメリュを見つけた。
「む?子供がいたのか?」
翼と別れた巨大な二本の腕でメリュを掴んだ。
「気絶はしているが怪我は大した事は無いようだな」
そう見るやオルレアンに背を向けた。
「私は陛下を追って戻る、後は頼んだぞ」
「ハッ、宰相閣下!」
マサノリが見たものは川の向こう、さっきの竜よりもさらに巨大な竜がメリュを連れて行くところとその影が消えた深い霧の奥に無数にある巨大な影と自分の右目と同じく深紅に光る数多の眼だった。
霧の向こう、それらの眼がオルレアンを見つめていた。
「"竜王兵"だ!!」
要塞の誰かの叫びをジャックは聴くとすぐさまにジャンダルムの一つの上まで登った。
「視認した。間違いない"三騎士団"の"大竜"から構成される國落としの禁軍!!」
風が西から強く吹き、霧が流されていく。
「ウソでしょ、たった一体の"大竜"でもこの被害なのに…」
「禁軍ってことは、"王"が目覚めたのか!?三年ぶりに!」
「いや、それは無い。三年前のパリ陥落の際にジャンヌ様が、一騎打ちの末に奴の"精神"を封印したからな。彼女はまだ健在だ」
「なら、"宰相モネ"か?"将軍達"か?禁軍なんて動かせるのはあいつらくらいだろう?早く確認しろ!」
「どちらにしても"魔法使い"のご本人かジャックさんと"マリアンヌ"の誰かがいなきゃ全滅だぞ!!」
戦慄の混じった声があちこちから耳に届く。
ジャックは霧の祓われた何十もの巨大な影を前に最悪の想定をしなければならなかった。
("反逆体"は発動し、大統領と魔法使いの"契約"が機能しているが故に"失われた物を手にする事"が今の我々には可能だ。このままジャンダルムを使い"電磁バリア"を発動する手もあるが、同時に我々ら攻撃する術を失う…!)
いまだ超高出力のレールガンを打ち出し続けるジャンダルムを停止させ、触れる物全てを焼き尽くす光の壁を仮に展開させたところで竜王兵の前では足止めにすらならない事はかつて奴らと邂逅したジャックには痛いほど分かっていた。
「あれ?ジャックじゃん!」
ふと、思案に耽っていたジャックに声が掛かった。ここ塔の高台、他に声を掛ける者はいないはずだが
「…遅いぞ、姫」
ジャックはその声の主の顔を見て、怪訝になりながらも、内心では少し安心した。
目の前、あっという間に過ぎ去った状況にマサノリは呆然とするしかなかった。
「メリュ…メリュ!!」
ふと我に返ってメリュの名を叫ぶがすぐにバイクから放り出された痛みが全身に走り悶絶した。
「だ、大丈夫か…マサノリ…」
「…っ、キ、リさん。メリュが…」
頭から血を流しフラフラになりながらキリはマサノリの元に来て膝をついた。
「…分かって、いるわ」
抑えた左腕は骨が折れ、キリもまた痛みに耐えていた。
「重唱して」
キリは動く右手でポケットからパバロの魔陣が描かれた紙を取り出して自分とマサノリの間に置いた。
『『とこしえの泉よ、我に祝福を持って癒せ』』
淡い薄緑の光が紙から発せられ、それに当たると痛みと血が止んだ。
「回復術よ。気休めだけど…動ける?」
「動けます…」
少しだけ身体は軽くはなったが立ち上がるにはかなり辛かった。
「メリュ…はきっと無事よ。さっきキミが投げたクナイの先端には追跡用のマーキングを仕込んであったの。軽く刺さって血を追跡出来れば生存確認も出来るんだけど当たっただけだからなんとも言えないんだけどね…」
キリは小さな水晶を取り出した。石の中には地図と赤い点が動いていてそれがメリュの居所だと判る。
マサノリはそれをただ無表情に見つめていた。
「だ、駄目、マサノリっ…落ち着いて…!」
痛みに耐えながらキリは叫ぶ。マサノリの右眼から赤い炎が揺めき出した。
(俺は、また…繰り返した…)
キリはどうにかしてマサノリを抑えようとするが、身体が上手く動かない。
ーチカラガ、ホシイカ?ー
マサノリの頭の中に声がする。
ーあぁ、欲しいー
右眼の中で何かが弾ける音がした。
「マサノリ!お願い!」
「いけないなぁ少年。ここは私のステージだよ」
フッと眼の炎が消えた。同時にマサノリの意識は戻された。我に帰ってみると自分とキリのそばに一人の人間が立っていた。上は灰色のワイシャツに下は乗馬用の軍服を身に纏い、肩からはギターを引き下げた金髪のその者はマサノリを見ると笑った。
「ボンジュール、また逢ったね」
美しい声だ。マサノリとキリは最初にそう思った。
「姫!」
後ろからジャックがやって来た。腕には気を失ったアリアが担がれていた。
「向こうの壁に激突したみたいだ。所々骨が折れている」
ジャックはマサノリたちのそばにアリアを寝かせた。腕には骨が折れているのか棒が巻かれていた。
「命に別条はない。さすが、"天使族"なだけはある」
「ありがとうございます」
「何、礼なら姫に言え」
二人が姫の方を見るとすでに彼女は向こうの竜たちを見据えていた。
「彼女は、一体…?」
「名前はエポニーヌ=マリー・ユーゴー。このフランス共和国大統領の一人娘にして、世界にその名を轟かせる"反逆の魔法使いジャンヌダルク"だ…!」
竜たちは静かに要塞に歩みよっていた。
「ミロ、我ラガ同胞ノ匂イガスルゾ」
「ほんとうだわ。どこかしら」
その巨体で踏みつけるもの全てを潰していく。
「オヤ、アレニ見エルハ憎キ魔法使イデハナイカ?」
「ほんとだほんとだころそう!」
「そうね」
「ソウダナ」
「「ワレラの道ニはバムもの無シ」」
エポニーヌ…"ジャンヌ"はギターの弦を弾いた。
瞬間に当たりの空気が変わりマサノリは肌がビリビリするのを感じた。
『旗を掲げよ!!!』
彼女から溢れた"気"が風に靡き当たりの空気ごとジャンダルムのレールガンを天に押し上げた。
「相変わらず半端ねぇな」
「ジャック!」
天の幕が上がるのを見ていたジャックはジャンヌの呼びかけに両手を振り上げて地面に叩き込んだ。その衝撃は要塞はおろかオルレアン郊外まで響き渡り、地震となって轟音を打ち鳴らした。振動はやがてジャンヌに収束し頂点に達した瞬間に弦が再び弾かれた。
『白円舞曲!!!』
瞬間に歩を進めていた竜たち全ての前方が跡形もなく吹き飛んだ。
「どう?"反物質"の生音は!!」
後から轟音が響き渡る中、マサノリとキリは唖然としてしまった。目の前では大爆発が起きているのに不思議と来るであろう爆風は起きなかった。
「い、いやメリュは!?」
「だ、大丈夫よ、まだ反応がある。彼女は違う所にいるわ!」
ジャンヌは向こう側を未だに警戒していた。
「ま、こんなんじゃビクともって感じだよね」
轟音が消え去るなか竜たちは平然としていた。
一体の竜が火炎玉を放った。しかしオルレアンの壁ギリギリの所で見えない壁にぶつかってしまう。
ぶつかった火玉はそのまま炸裂し先程の破壊の衝撃と同じくらいのショックがマサノリたちに届いた。
「姫!無事か!?」
「大丈夫!私を誰だと思っているの!」
"魔法使い"はまるで重力や空気に反逆するかのようにその足で空に駆け出した。
反応するかのように竜の群れが襲い掛かってきた。
双方が衝突するまでさほど時間は必要なく、オルレアンの郊外まで衝撃が走った。上空の雲は放射状に吹き飛ばされていた。
「だいじょうぶ?マサノリ!」
衝撃波に吹き飛ばされそうになったマサノリとキリををルシファが両手で掴み瓦礫の影に隠れた。
「ルシファ、遅いぞ」
「パルドン、南のひとたちのてつだいしてた…あれは何?」
「この国の魔法使いだそうだ。彼女のおかげで命拾いをした」
二人が状況を見極める中、マサノリはただ茫然としていた。
「マサノリ?」
ルシファは心配そうにするがキリはただ首を横に振った。
「メリュが、奴らに連れ去られたんんだ」
「なんで?」
「…事故だったんだ。運が悪かったんだ」
「せつめいしてないよ!?」
「私だってまだ飲み込めてないんだ!後にして!」
怒鳴るキリの顔には痛みと憔悴とやるせなさが滲み出ていた。
「おい君たち、どいてくれるかね」
「えっ?」
キリは急に背後からかけられた声に驚いた。
「あ、やっときた!」
ルシファは声の主に手を振るとエルフの壮年の男性が居た。
「やれやれ君が門の所から駆け出してしまうからじゃないか」
男性の胸には多くの勲章が付けられ共和国軍の灰色の軍服ではなく、指令部の白い軍服をしていた。
そしてその階級章は黒字に七つの星が描かれていた。
「あ、貴方は…?」
「うむ、そうか彼女といい君たちは外人部隊だったな。失礼した。私は共和国軍第一甲師団元帥、ジュール・デュモン・デュマだ」
「げ、元帥!!?」
元帥といえばこの国における軍の最高職。"NATO階級符号OFー10"の最高権限を有する者。
「あぁ敬礼はいい。誰か担架を、この者たちを避難させなさい」
「了解」
元帥の背後には数多の将兵が居た。
「我々は首都シャンベリーから駆けつけたのだ」
将兵の一人が号令を掛けた。オルレアン要塞の外、ピンツガウアーの中でエルー達はタカとルシアの介抱をしながら小高い丘の上で整列する戦車軍が一斉に射撃を開始するのを見た。
『共和国大統領令 十一月二八日布告。全軍司令に通達。作戦名、"マリアンヌ"を発動せよ』




