竜國炎上1
アルプス共和国の首都のドゥカーレ宮の"大評議の間"の大きな円卓の席には十人の最高権力者が鎮座していた。
俗に"七名家"と呼ばれ、各軍部を司る権力者たち。
それぞれ、
統合幕僚長 穂高=兵部省=ヒカゲ
陸軍大臣 白馬 錬十郎
陸軍元帥代理 劔 庭取
海軍大臣 乗鞍・ソア
海軍元帥 大汝 弓座衛門
空軍大臣 薬師 香鹿
空軍総帥代理 槍=勇
そして、これらと肩を並べる帝の権力の象徴、"三聖"
璽聖 紀州=玉守=梅ノ助
剣聖 尾張=刃守=ガブリエッラ
鏡聖 一ツ橋=写守=雀
全員が面を合わせる時は国の最高意思決定機関であり、"聖前会議"と呼んだ。
先日も行われたが少し顔ぶれは違っていた。
「國友殿はいかがされましたかな、代理殿」
父親の席に眼を瞑り沈黙するヒューマンの青年、庭取は隣席の和服の古老である弓座衛門の言葉に答えはしなかった。
「どうやら、槍の当主も居ないようですが?」
薄緑のチマチョゴリを着た壮年のドワーフの女性ソアは勇の方を見た。
「妻、エリアーデは体調を崩しておりまして」
「まぁ!後でお見舞いに伺っても?」
「ぜひ」
「それよりも先の森の消失の件といい、しっかりとご説明頂けるのですかな?」
大柄の鹿の獣人、香鹿は長く薄氷色の髪を束ね剣を腰に下げる女性ガブリエッラに指を向けた。
「無礼ですぞ薬師殿」
香鹿を諫めるのは長いハットをかぶったノームの男、錬十郎であった。
「黙れ!元を言えば陸軍が主体となって動いていた事ではないか!貴様にもきっちり説明して貰うぞ!」
ガタンと勢いよく香鹿は席を立った。
「やめなさい」
香鹿はぞわっと悪寒を感じた。ガブリエッラの隣席から殺気が向けられた為である。
「席につかれよ」
殺気の主は十人の中で最も幼く見えるエルフの少年であった。
「…失礼した。ご老体」
香鹿は静かに席に戻り、腕を組んでだんまりを決め込んだ。
「璽聖殿、もうよい」
ご老体と呼ばれた梅ノ助を諫めるように"三聖"の中心の女性が口を開くとその場の全員が無駄口を止め注視した。
「元より森への進撃は我らが決めた事、誰の責任も問う資格などありません」
白銀の髪を束ね陽光の入らぬこの部屋にあっても太陽のような輝きと覇気を放つ老婆。このアルプスという国の出来る前から"日のいずる国"の神祖を写す鏡を守護し、最高権力者たちを束ねる者。名を雀といった。
「兵部省始めなさい」
雀に呼ばれたヒューマンの青年ヒカゲは席から立った。
「では、始めさせて頂きます」
アルプス軍務局の長であるヒカゲは照明の魔器を円卓の中心で起動すると立体の淡く青い光がヨーロッパ地方の形を出した。
現在、世界で安定している国は指で数えるほどしかない。
その主な原因は"向こうの世界"のデタラメな法則が漏れだしている地域や原発や原子力兵器があり、放射能が極めて濃い状態で全て"マナ"に変わってしまい物理法則が通用しない地域、強大な魔族が陣地やコロニーを形成し"魔域"を形成してしまうなど、人間が安全に暮らせるエリアが限られている事にある。中には魔域そのものが国にまで発達した"魔国"もあるが人間界とは隔絶されていた。
人の暮らせるエリア、その中でもヨーロッパ地域は先に消失した"エントの森"を除いても最大級の広さを誇る。
元々、山々に囲まれ"大混乱"の浸食が殆どなく自給自足をする事ができた"スイス連邦"
"反逆の魔法使い"と民衆の力で自領の殆どを失っても守り抜いた"フランス共和国"
そして、魔域と化したイタリア半島をスイスの力を借りながらも開拓した"アルプス共和国"
これら三国の総人口は約二億人、内アルプス共和国は九千三百万人が暮らしていた。
このアルプスの軍は、ほぼ全ての国民に兵役を課す。予備役も同様である。
故に今だ世界最強の軍事力を誇る"米国"に対し真っ向から対抗できる程の戦力を有していると言える。
だが、"聖前会議"にはこのアルプス軍を完全に自由に動かす権限は無かった。
なぜならば、建国に貢献したスイスのアルプスにおける影響力はこの部屋にいる十人よりも絶大である為である。
"スイス連邦"は軍隊の総力自体はアルプスの二十分の一である。しかし、彼らには"スポンサー"が常にあった。それが月の国、"アルテミス"である。
月には"大混乱"以前よりも前に都市が作られ、多くの学者や技術者が住んでいた。"大混乱"の影響も皆無に近く、わ"電気"も存在していた。
"大混乱"後の世界、全ての人類が大移動の旅をする中で月の人々は彼らに手を差し伸べた。人々を乗せる巨大な"都市型戦艦"や人々が見つけた"魔術"を効率的に使う事が出来る道具などを宇宙から文字通り授けたのだ。
次第に人々は彼らを"天人"と呼び崇め、宗教さえ起った。
やがて月の人々は独自の国、"アルテミス"を建国し、世界の覇権を狙うようになった。
後にアルプスの権力者達は、その思惑を察知し月との交流を絶ったが、月は彼らの目的地に手を伸ばしていた。
それが"スイス連邦"であった。
今や、アルプスは月の傀儡であるスイスの傀儡であった。
しかし、先の"エントの森"の消失でその状況を大きく変える可能性が生まれた。
一つは領土を大きく獲得出来た事。
二つはそれをスイスと敵対し魔法使いを有するフランス共和国に譲渡できる権利を得た事。
三つは月との癒着のあった劔 國友、鑪場親子が行方不明になった事。
四つはスイスと親交が深く、西方一帯の要であった尾張=瀬名が病により急逝した事。
「劔家の衰退もすぐそこですな」
錬十郎はほくそ笑みながら庭取を見るが、彼はそれを無視した。
「これはチャンスです。会談の準備をしては如何か」
「俺は反対だ。誰かが意図的に仕組んだとしか思えん。それよりも今はナポリだ。土地をスイスに渡して戦力を恵んでもらうべきだ」
「黙りなさい戦闘狂。我らの祖の悲願を忘れたのか」
「年寄りの願いなど墓に入る事だけだろう。それともそのキムチ臭い占いで我らの勝利でも叶えてくれるのか?」
「貴様っ!」
「静粛に、お二方!」
頭に血が上がったソアと香鹿をヒカゲは一括した。
「続きを進めても?」
ヒカゲに二人は黙った。
「では、現状把握している限り、ブルゴーニュ、ローヌ地方は制圧し我々の実効支配下にあります。プロヴァンスはモナコ、北オクシタニはスペインに制圧されました。東アキテーヌについてはまだ報告が来ていません」
ヒカゲは画像を北東フランス地域にに拡大した。
「現在、水機団より栗野西方担当長官をローヌに派遣し事に当たっております。補佐として同じく水機団よりオサナイ中将、西方国境警備隊よりクド准将がすでに到着しております。陸軍ブルガリ大将は第二師団と共に現在移動中、夜に到着予定です」
「やはり譲渡するならばブルゴーニュですかな」
「お待ちください弓座衛門殿、今の所、話はパリを避けております」
「…"太陽竜"ですかな」
勇の言葉に緊張が走った。
「そうです。この議題の一番の問題点は憎き"八大竜王"の存在だ」
"魔域"と呼ばれる地域は危険度に格差がある。
"魔国"も同様であるが、多くの場合、そのナワバリの頂点に君臨する魔族で危険度は大きく変動する。魔族は千差万別の種族に分かれているが一般に"最上級"とされている種族がいた。"竜族"である。
さらに言えば竜族自体も細かな体系の分類があり、それによって危険度も変わっていくのだが、どんなに弱い竜であっても町一つを簡単に滅ぼしてしまう程の脅威であった。
巨体と頑丈な鱗を持ち、大きな翼を持つもの、火を噴くもの、鋭い牙や爪を持つもの、体内には"賢者の石"が流れ、無尽蔵に恐ろしい魔術や呪いを扱う等の脅威の化身、まさに災害であった。
さらに、その全ての竜の頂点に君臨し規格外の力を持つ存在を"竜王種"と呼んだ。
彼らは存在するだけで物理法則を自分色に変えてしまう神性存在であり、多くは最強の危険度を誇る"魔域"を形成した。
その内の一つは"日本列島"である。ここには時間と空間を操り天と地を繋ぐほどの巨体を持つバハムート、"時空竜"が君臨した。
彼は日本列島全土に呪いをかけ、一歩でもその土を踏んだものを老い朽ち果てさせてしまう不毛の地にしてしまった。
この他に七体の"竜王種"が確認され、総称して"八大竜王"と呼ばれ恐れられている。
"太陽竜"はフランス北部をその炎を持って制圧し炎と悪霊の国を造った。
自らを"フランス王"と名乗り、王政政治を復活させたのである。
もちろん、共和制政府と相いれる事無く、衝突し、"竜王種"と同等の力を持つという"魔法使い"が台頭した。
「今、両陣営共に膠着状態ですが、太陽竜としては、英国の魔法使い、北の八大竜王、大西洋の八大竜王に囲まれ領地を広げる余地はありません」
「対して共和制政府は肥沃な土地を拡大出来る上に物流も手に入れる事ができる。か…」
「我々が出しゃばれば、間違いなく出てくるでしょうな」
「竜王種と構える余裕は無いぞ」
「スイスの静けさもこれを見越していたのでしょうか…」
「兵部省、他にもあるだろう」
初めてガブリエッラが口を開くと皆静まった。
「それは剣聖、貴方自身から話されては如何か」
「"水機団"は貴様の"軍務局"の麾下であろう」
「しかし、彼女を勝手に動かしたのは貴方だ」
「剣聖、話されよ」
ヒカゲの言葉を雀が後押しすると、ガブリエッラは息を吐いた。
「先の三六地区より失踪した第三六特殊分隊は私の命令下にあり、現在ディジョンに滞在している…共和制政府より森の消失に関与しているとして拘束すると通知があったが、交渉の末、私の権限で"共和制政府"の指揮下に入るという事になった」
「なんだと!」
「指揮下に入るという事は、"太陽竜"の軍勢に対する作戦にも参加するという事でよろしいか?」
「そういう事になる」
「なんという事を!かの"竜の火"が我々に及ぶのも時間の問題ではないか!」
「そもそも貴様の命令とはなんだ?」
「"魔法使い"の捜索だ」
「例の手紙か!あんなもの、あんなものの為に貴殿はこの国を滅ぼすおつもりか!」
「彼女に刺客を差し向けては」
「いや、余計な損害を出すだけだ」
「では、いかがする」
「見捨てましょう」
勇の言葉に全員が驚いた。
「よいのか?あの隊には貴殿の娘がいるだろう」
梅ノ助が表情を変えず睨みつけるが勇は淡々としていた。
「例の三六地区の事件の犯人として全国に触れを出すだけでいい。あくまでも国内の問題として扱い、我々が海外にいる事を把握していないと内外に認識させた上で放置するのです。今、我々が動く必要はない」
「ブルゴーニュはどうする?」
「暫くは探査と称して放置、アキテーヌは諦めましょう。恐らくそれでも"太陽竜"は動くでしょうがそれを相手するのは我々では無い。むしろ奴に土地を渡す用意があるとチラつかせるのです」
「"太陽竜"にか?」
「"魔法使い"か、"竜の王"か、どちらが勝っても我々にとっては大きな味方になるはずです。もし竜が墜とされれば、三六分隊を派遣したとして主張すればいい。その後はいくらでも」
「いい案だな。だがそれは貴殿の娘を死地に送るという意味なのだぞ」
改めて梅ノ助の言葉に勇はフっと笑った。
「娘は、強い。大丈夫ですよ」
勇の言葉を聞くと雀は立ち上がった。
「よろしい。では勇殿の案について採決を」




