魔森巡礼35
ユフォは眼前にいる紅蓮の炎を前に少しばかり額に汗を流していた。
獣が唸る様な枯れた轟きが空気を揺らし響き渡る。
「やべぇな。奴さん本気出してきやがった」
「遊びは終わりって事ね。笑えないわ」
激しい怒りが熱風となって吹き荒れた。ユフォは"倶利伽羅"を改めて強く握りしめた。
「行くよ」
三人が身構えだ時だった。
『我はこの森そのもの。我は全てのゆりかご。彼らの悲しみ、嘆き、無念…今宵、時は来た!』
大地が揺れ、"魔の森"全体が動きだす。エンポリオと呼ばれた岩はもはや人の言語を超えた"決意"を叫ぶ。
『幾多の終わらぬ悪夢に今、決着を。かの地へ至る約束へと、我が役割を果たそう』
数多の声が森を蹂躙する全ての者に伝えられる。
「ぐぁ…なんだ、これ…」
「頭いてぇ…」
森を焼く手は止まり、生き残った魔族たちは統率された生き物の様に一斉にある場所へと集結した。
そこはエンポリオの心臓のある場所だった。
夜風で冷たくなったダンテの側で泣き叫ぶルシファにマサノリは何も出来ずにいた。だが、その声が聞こえ大地が揺れ動き思わず倒れると異変に気付いた。
「地面だけが、動いている?」
目の前の苔の生い茂った地面がマサノリ達だけを取り残して動いている。
「おい!君!巻き込まれるぞ!」
横からの男性の叫びにハッとすると、自分の膝が付いている場所がたまたま岩で動いておらず苔に付いている上半身が動いている事に気付いた。すぐに両手を放すように起き上がると、周りの木々が川の様に流れていた。
「大丈夫か!?」
声の方を見ると先程飛ばされ反対になった一号車の上にキリやサトウの部下達が乗っていた。一号車の下も岩であり車は動かずにいた。
「二号車…ルシファは!?」
周りを急いで見るが暗闇でよく見えない。
「マサノリ君!彼女達は大丈夫だから、絶対にその岩から落ちないで!」
遠くの物陰からエルーの声がした。
「大丈夫ですか!?これは、一体?」
そうしている間にも"森"は流れて行き、辺りがただの岩肌になっていく。声のした方に月明かりがさして二号車が見えた。
「もう、大丈夫です。降ります」
二号車とエルーはアリアに軽々と持ち上げられ、宙に動いていた。アリアは翼を羽ばたかせず、静かにゆっくりと降りてくる。トンと地面に足を着くとそのまま両手の荷物を優しく下ろした。荷物…エルーはほっとしたように息を吐いた。
「いや〜生きた心地がしなかったよ」
アリアは月に当てられて髪を靡かせた。マサノリは思わずそれに見惚れてしまった。
「だんて、だんて」
小さくうずくまる様に二号車の屋根の上にはルシファがいた。
「あの声がした時、アリア君とキリ君がすぐに動いて対処したんだ。途中で君を落として皆心臓止まるかと思ったよ」
エルーはマサノリの側によってそっと肩に手をやった。
「運がいいね君は。頑張っているからかな」
そんなんじゃない。とマサノリは言おうとしたがキリ達に下されるルシファを見た。
「ダンテ…あの大男は…」
「ごめん。いくらアリア君でも選択が必要だった。森と一緒に行ってしまったよ」
「そう、ですか…」
「ルシ…ファ?」
唐突な女性の声が耳に入った。今この場でルシファの名前を知っているのはマサノリしかいないはずだからだった。
「ポフ…クワ…?」
声の主を探すと丁度二号車から出てきたカーラの側にいる見知らぬ女性だった。
「どうしたのルチア?」
顔を真っ青にしているルチアにカーラが心配そうにした。それに気がついたルシファも涙に濡れた目を見開いている。
「…めぇる?」
「い、あ、い、きゃああああああああああああア!!」
女性は突然叫びだした。慌ててカーラが抑える。
「えっ!?何!ルチア!しっかりして!」
言葉にならない叫びをしてルチアはルシファを指差して暴れる。
「カーラ、どいて!」
キリはルチアの口元に白いハンカチを当てた。すぐに薬が効いてルチアは気を失う。
「一体、何が…」
困惑気味な一同を前にルシファは顔を袖で拭ってからそっとルチアに寄った。
「このひと、わたしのまま…」
「その人が?」
こくんとマサノリにルシファは頷いた。
「みつけた…もうひとりのかぞく」
疲れたようにルシファは顔を俯けた。きっとこれは彼女の望んだ再会ではない。この場でマサノリだけがそれを分かっていた。もしかしたら自分たちが来たからこの日、この時にこんな結果になってしまったのかもしれない。"魔の森"…人間の、自分たちとは違う存在たちの世界。そこに勝手に踏み入れて荒らして、失って、奪って…けれども、マサノリは何よりも自分自身の無力さに打ちしがれていた。
(チカラ…イカリ…チカラ…イカリ…)
ふらっとまた頭の中で何かが囁いて立ちくらみをした。
「おい、見ろ…朝だ」
サトウの部下の一人が崖の下の向こう側を指差した。
見れば森を燃やす火は消え、右の空は白んでいる。
「な、なぁ…」
なんだ?と部下たちが語ろうとした時だった。
ズウゥンんと鈍い音が反対側からした。
なだらかに続く岩の大地の彼方にそれは立った。
マサノリ達から約十五キロメートル程南では未だ森が流れていた。そこでは"悪魔"と化した鑪場と黒い犬の"幽鬼"が戦っていた。
(先程からのこの異変、部下達の元へ行きたいのも山々だが…)
動く森の中で"幽鬼"は次々とその華奢な身体から黒い獣を放って来る。全身を鎧の様な皮膚で覆った鑪場には獣の牙など無意味だが、一体一体倒していかないと瞬く間に数で圧倒されそうだった。
(決め手に欠ける!我ながら情け無い…)
その時だった。対峙する二人を巨大な大地の掌が掴んだ。
「……!?」
掌は大小様々に出現し、やがて束となって一本の巨大な腕となった。腕は、手を地面に付けた。衝撃で地震が起き、大地が引き裂かれ巨人が朝を迎える大地に起き上がった。巨人…いや"巨神"は全身を木々が折り重なったようであり、雲に頭がつきそうな程の高さがあった。
足元からは森が吸われていた。この"巨神"はまさに"魔の森"そのものであった。
一方で森の消えた場所で炎が上がった。
『マハルの二つの塔よ』
副隊長の"詠唱"により巨大な石の塔が二つ現れて煙を上げるギャビレットに倒れ、叩きつけられた。
キァアアアと叫び声の様な音を出しながらギャビレットは煙から刃を出して塔を切り裂く。
『その眼差しが、心に全能を吹き込む』
切り裂かれ瓦礫となった塔の背後に巨大な目玉の様な"陣"が現れ、そこから放たられる光によってギャビレットは動けなくなった。
『全方位一切の如来に礼拝する』
ユフォの周りを炎の竜が回っていた。
『大呪』
旋回する炎に呼応する様に"倶利伽羅"の朱色の刀身が黒くなっていく。ユフォは大きく上段の構えをとった。天高く炎が速度を上げて昇り広がっていく。
『火界呪!!』
振り下ろされた渾身の一振りが魔女に襲いかかった。
展開された"俱利伽羅"の最高火力の炎による全方位からの攻撃が絶え間なく与え続けられる。凄まじい轟音と共にギャビレットの叫び声が響き渡る。
「へっ、どれだけ変身出来ようがその爆発の結界からは出れないぜ!」
「つべこべ言ってないでサポート!焼き尽くすまで隊長の体力を持たせるわよ!」
刀身から出続ける炎の勢いが止まる事は無く、ユフォは全力でその出力に耐えていた。
「耐えてユフォ!今から貴方の身体を同時進行で強化していくわ!」
『アガリアレプトの配下、人馬宮を司り汝星と車輪を支えよ』
パバロは自分の右の掌に左手の指を噛んで出た血で"陣"を描きユフォの後ろにかざした。
「支えは作ったぜ!」
『最後の諸力、アズタロド、トゥルカス、アスタロト!我に灯火あり、その大いなる灯火を分けたまえ!』
ユフォの両脇に二人の炎の大男が現れ、ユフォを支えるように"倶利伽羅"を持った。途端にユフォの身体が急に軽くなる。
(いける…!)
あまりもの出力に無意識にセーブを掛けていたユフォだったが、一気に最大まで上げていく。
「はぁあああああっ!」
「すごい!やっぱりあの子は!」
少し離れた頑丈な岩陰に避難した副隊長はユフォから発生した熱風の嵐に耐えていた。
「踏ん張れよ、隊長!」
ユフォの後ろでパバロも必死に耐えていた。辺りは高温で岩肌が溶け始めていた。
(あと、もう少し!)
炎が収縮し、密度を更に上げた時だった。
パァン!と炎がギャビレットから引き剥がされた。
驚くユフォの先に気絶し人の形に戻った"魔女"が落ちた。
「何が…?」
魔女の側に誰かいた。白んだ空に黒い布を靡かせたその者は抜いていた剣を納める。
「無様だな。」
声から男だと分かった。男はギャビレットを持ち上げて抱えた。
「待て!」
ユフォはすかさず炎を出して男に放った。
「やめておいた方がいい」
炎が男の前で止まる。照らされてみすぼらしい出で立ちの騎士であるようにユフォには見えた。
「赤い髪…」
"倶利伽羅"の刀身の炎で照らされるユフォを見て騎士は少し呟いた。
「お前、名前は?」
「?、お前に言う必要はない!」
「ふっ…まぁいい。すまないなウチの馬鹿が迷惑をかけた。連れもいたと思うのだが知らないか?」
「……知らない」
「そうか、やれやれ。じゃぁな、"ユリシーズの写し身"」
「待て!」
ユフォが反応する前に騎士は一瞬で消えた。
追いかけようにも体力が限界でユフォは膝から崩れた。
"ユリシーズ"と言う騎士の言葉がユフォの頭の中で鳴り続けていた。
「…私は…」
「おい、見ろよあれ…」
パバロの声にユフォはハッとし、起き上がると目の前のそれに頭の中の声が消え失せた。




