魔森巡礼32
暗い闇の中をカーラとルチアは気配を隠しながら進んでいた。もっと早くカーラは進みたかったが、ルチアがいる上、この暗闇のせいで方向が掴めず慎重に進むしかなかった。
(この辺りはやけに木々が高い…月明かりが全然届かない…)
先程少しだけ休息はとったものの、睡魔がカーラを襲っていた。もちろんこんな場所で眠る訳にはいかない。後ろをみればルチアが黙ってよろよろと歩いていた。その顔には明らかに憔悴が出ていた。
(唯一、魔物がいないのが救いか…あるいは誘われているのか…あーもーわからないわ)
カーラが頭を掻いている時だった。突如として前方が明るくなった。
慌ててルチアの頭を押さえてしゃがむ。光は段々と近づいて来た。
(ああ、先輩、神様!助けて!)
もはやうずくまるしか体力がないカーラはもう祈るしかなかった。光は音を立てて近づいてくる。まるで蒸気を蒸すような聴き慣れたエンジン音がした。
「えっ?この音は…?」
カーラが顔をあげると音は丁度二人の前に止まった。
ガチャっとドアが開き二人を差し伸べる手があった。
「ごめん!お待たせ!助けに来たよ!さぁ早く乗って!」
マサノリたちも暗い闇の中を進んでいた。
「まさのり、きをつける、そこ、あぶない」
少し起伏が激しい土地らしく、不慣れなマサノリはルシファと手を繋いで誘導してもらっていた。普段から運動はしているつもりだが、汗がだらだらと出ていた。
「イソゲ、スコシイヤナケハイガスル」
前を行くダンテは起伏をものともせずむき出しになった巨大な根を飛び移って行く。ルシファも少し小走り気味なのでマサノリはついて行くのに必死だった。
「ハァハァ…うっ」
「だいじょうぶ!めいたむの?」
右眼を押さえたマサノリにルシファが詰めよった。
「熱っ…だ、大丈夫だよルシファ。急ごう、確かにここは嫌な感じだ」
「ほんと?じゃあいくよ」
そうして急な坂を降ろうとした時だった。
二人のすぐ横にダンテが飛んできた。
「ニゲルゾ!」
ダンテは慌てて二人を抱き抱えて全速力で来た道を戻った。
「ど、どうしたんだダンテ?!」
「イイカラダマッテロ!シタカムゾ!」
マサノリはダンテの腕の中から周りを見た。木々の間に何か蠢いている。
(何だあれ?)
そうしている内にダンテが止まった。
「カコマレタ…」
二人を下ろすと、腰に下げてあった大きな棍棒を握る。
「ルシファ、マサノリヲタノム」
「だこーる」
ルシファはダンテが持つもう一つの大斧を受け取り、マサノリの前に立つ。
マサノリは懐の銃を取り出す。出発前に支給された対魔族用の拳銃は耐水性でまだ使えたはずだ。
「クルゾ」
身構える三人の前、木々の闇の奥からそれは来た。
一見、それは黒い泥の塊だった。幾多の動物が蠢き、集まっているかの様な異様な生き物。段々とそれは近づきながら形を成していき、最終的に一人の少年になった。月明かりに照らされたその髪は晴れ渡る空の様に青く、肌は曇り空の様な灰とも白ともつかない色だった。
「対象選定、判断、不明…身分の掲示を求める…」
「ナンダ?ナノレッテカ?」
「身分の掲示を求める。我、ここko個体識別名、mag.マグメル、"犬の王"、マグメル。汝の名を欲すrるる」
少年のどこまでも無機質な声と表情に空気が凍っていく。
「みm身分の掲示が確認出来ません、たた対象を排除と断定」
少年は三人に手を伸ばした。次の瞬間、少年の肩から泥のような影が溢れ出た。影はバシャバシャと音を立てながら大きな犬の形になった。
「ko攻撃開s」
「あぶない、だんて!」
瞬間に襲い掛かって来た犬をルシファは殴り飛ばした。
「スマナイ、イタクナイカ?」
ダンテは我に返ったようにルシファを見ると彼女は殴り飛ばした方の手をかばっていた。
「きをつけて、こいつ、どくある。しょうき、かたまりだ…」
手の痛みを気にせずルシファは目の前を睨みつける。
マサノリは手元が震えていた。
(コイツ、やばすぎる…!)
空気を伝って圧倒的なプレッシャーが皮膚を走る。
「NnN任務…"星"…s知らない…違う…」
犬の鼻を撫でながら少年は何かを呟いていた。
その時だった、バキバキとマサノリたちの奥から何かが迫り、マサノリたちを飛び越えて少年に襲い掛かった。少年は無表情のまま犬を差し向け、犬はそれを食いちぎろうとした。
「今度は何だ?!」
いくら月明かりとはいえ、この暗がりでよく見えない。
「グアッ?」
「だんて!」
銃声と共に横でダンテが倒れた。
「ダンテ!」
「大丈夫か!君?!」
マサノリは後ろから声をかけられた。思わずダンテに駆け寄っていたが見上げると大勢の人々がさっきの何かの来た方向からやって来た。
マサノリにはそれがアルプス軍の兵士だと分かった。
「その魔族から直ちに引き剥がせ!」
「ち、違うんです!この人達は!」
「何を言っているんだ!」
叫ぶマサノリを無理やりダンテ達から引き剥がそうする兵士だったがマサノリの顔を見て手を離した。
「ひっ…お、お前は!」
「やめろ!後ろに下がれ!今はあの"幽鬼"が先だ!放っておけ!」
兵士はマサノリに銃を向けたが、もう一人の兵士に下がらされた。
轟音が後ろからした。マサノリが振り向くと少年が何かに吹き飛ばされていた。月明かりに一瞬、何かが照らされた。
(あれは…?!)
一瞬だったが、それを見た瞬間、全身に電流が走った。あの黒い姿、黒い翼、まるで、悪魔の様なその怪物。
トウジロウを殺した張本人。
(コロス!)
「マサノリ!」
ルシファの叫びにマサノリは我に返った。見るとルシファが泣きながらマサノリの腰にすがり付いていた。
「やめて、マサノリ、ダンテ、うごかない、くるしそう…」
ダンテから赤い血が流れていた。兵士たちは三人に見向きもせずに怪物たちになだれ込んでいく。
目の前の家族の仇、目の前の瀕死の恩人。
(どう、すれば!)
マサノリが固まっていた時だった。
「おい!何だあの光は!」
兵士の誰かが叫ぶ。
「構わん、総員、九時の方向に一斉射撃!劔さんの邪魔をさせるな!」
撃て!と言う所で強烈な光が木々の奥から差した。
光の元は兵士たちの一部を轢いた。逆光にマサノリは眼を細めた。バタンと音がして何人かの人々がやって来た。
「居たぞ!すぐに連れ出せ!」
「何か魔族を庇っているわ!どうする?!」
「構わないから乗せて!大きい方はメリュに任せる!」
「リョウカイ〜!」
「貴様ら!」
怯んでいた兵士たちが光と人々に銃を向けたが、上から来た巨大な竜の風圧に吹き飛ばされた。
マサノリはその桜色の竜を見上げた。竜はダンテを後ろ足で優しく掴み取ると翼を広げる。
「マサノリ君!助けに来た!」
「君?も、あの鬼は助けるから付いて来て!言葉、わかる?」
ルシファは一瞬戸惑ってたがコクコクと頷いた。
「急げ!奴ら立て直して来るぞ!」
半ばマサノリとルシファは押し込む形で車に乗せられた。すぐさま光、車は発進し、竜は飛び立つ。再び銃を構えた兵士たちが吹き飛ばされる。
「こ、ここは?」
マサノリはその車をよく知っていた。
「お久しぶりですねマサノリ。半日ぶりです」
激しく揺れる車内、運転席から声がした。翼を生やした天使が運転していた。助手席のキリが少し引き気味になっていた。
「あなた、そんな冗談言えるのね…」




