魔森巡礼27
暗くどごまでも続く静寂の中をエルフの女が裸足のまま走っていた。
「ハァ、ハァ、糞…先輩…」
ユフォ隊情報分析官であるカーラはマサノリの目の前で大きな魔族に連れ去られた後、隙を突いて逃げ出していた。あの混乱の中でも辛うじて銃を所持していたので、迫りくる小鬼たちに攻撃して牽制しつつ、学生時代に得意にしていたパルクールで森を突き進んでいた。
「ハァ、ハァ、私、もうお嫁に行けない…」
道中、自分に即効性の中絶薬を使った。小鬼ゴブリン、あのケダモノたちに貞操を奪われた。小鬼は雌がいない代わりにヒューマンやエルフの女を襲う。その繁殖力は凄まじく女性の体調の良し悪しにもよるが、通常交渉から早くて数分、長くても一時間で妊娠し三日もあれば出産してしまう。成長も速く、小さなコロニーでも、たった一人女性が入れば二か月で小隊規模の脅威となる。故に魔域に侵入する女性は必ず中絶薬を携帯していた
カーラは出した肉塊に目もくれず足の血を拭いて走った。体調は最悪だが、今はとにかく進むしか無かった。
「ハァ、ハァ、ハァ…あれ?」
大きな倒木を乗り越えた辺りで気がついた。森が静かだ。というより、何の気配もしない。魔族は基本夜行性で夜は森が騒がしくなるのが常識であった。
「!、誰かいる…」
急に感じとった気配にカーラは低い態勢で銃を手にゆっくりと進んだ。少し大きな岩があり、その影に何かがうずくまっていた。カーラは夜目はきく方であったがそれがなんなのかはよくわからなかった。だが、近づくとヒューマンの女性である事がわかった。
「あなた、大丈夫?」
カーラは銃を向けたまま少し距離を取りながら話しかける。魔族が擬態している可能性があるからだった。
「ねぇ、生きてますか?」
カーラの呼びかけに女性は顔を上げた。月明かりだけだったが、くすんでいたんだ髪の中にある顔には大きな痣がいくつもあり、頬はこけていた。
「ひ、ひぃぃ…シットゥブレ、シットゥブレ…」
「大丈夫、危害は与えません」
とっさに銃を下ろして手を上げた。
「フランス語…私苦手なんだけど。」
少しずつ女性に近づき顔をうかがう。
「日本語わかりますか?私はアルプスの軍人です。」
破れた上着の腕章を見せて必死のアピールが通じたのか、女性は少し頷いた。
「ウィ…すこしだけ…日本語、わかります…」
「貴方も襲われて逃げてきたんですか?」
「……ウィ…捕まったの…」
「私もです…」
カーラは女性を優しく抱きしめた。
「名前は?私はカーラ。」
「……ルチア…」
「ルチアさんね。宜しく。とにかく少し森の様子がおかしい。モンスターがいない間に進みましょ。」
「あ、私…」
カーラがルチアの手を引っ張って歩き出そうとした時だった。グゥっとルチアのお腹が鳴った。
「私、何も食べてない。動けない。」
「ごめんなさい。全然気を使って無かったわ。ハイこれ、クソマズレーションだけど、半分こ」
カーラは持っていた最後のレーションを二人で分けた。
(最後の晩餐になるかもしれないけど、一人よりはマシね。)
栄養重視の恐ろしくまずいレーションを貪るように食べるルチアを見てふと上を見上げる。雲の隙間から月が出ていた。
(そういえば、出発の前も月夜だったわね。)
あの夜、寝付けずにふらふらしていた時、ビリガーとマサノリが話しているのを陰からカーラは聞いていた。マサノリ、あの混乱の中で錯乱してしまい、「化物」と呼んでしまった。
(また、会ったら謝ろう。)
最後の破片を食べた時だった。
爆音と衝撃波が二人を包んだ。カーラはとっさにルチアに覆い被さる。
「な、何⁈」
かなり遠くだが、凄まじい光源が天をまるで枝の様に貫いているのが見えた。
(あれは何?)
再び衝撃波が走った。




