魔森巡礼17
船の出口から顔を出すと複数の男たちが整列していた。
男たちは種族年齢は様々だが、皆黒のスーツを着て、腰には刀を差していた。
「七公が一、槍家当主、エリアーデ空軍総帥閣下がお目見えである!」
「そうかい、ご苦労さん」
レオの素っ気無い態度に一人は憤慨し、歯軋りした。
「貴様…自分が何をやっているのかわかっているのか!」
「さあな。だが少なくとも俺の認識じゃこの"ファフニール"は俺の船だ。俺の足がこの船の中にまだ出てない内は俺がトップで、あいつとは対等って事だ。 」
「戯言をっ!」
男たちが一斉に刀に手をかけた。アキの毛が騒ついた。
「おやめなさい!」
後ろから強い口調の女性の声がした。
「はっ、エリアーデ様…っ!」
「何をしているのです。私の前で無礼を働いてよいなどと」
「申し訳ありません」
男たちの後ろにいたのは妙齢のヒューマンの女性だった。赤い髪を腰まで伸ばして編み、和装に身を包む綺麗な人だった。
「エリー…何しに来た?」
「久しぶりね、レオ…と、子猫さん」
子猫さん。と呼ばれてアキは恐る恐るレオの背中から顔を出した。
「は、はじめまして…アキ、と申します…」
「可愛いわね。ごめんなさい、部下たちを今下げますから」
エリアーデが手を挙げると男たちは頭を下げてからしっかりとレオを睨みつけながら去っていった。
「さっき、お父様からここに出向けと言伝を頂いたの。貴方、何か知っているかしら?」
「さぁな。というか、俺に聞かなくても知ってなきゃわざわざお前が此処には来るはずないよな」
「あら、わかっているじゃない」
「この国の最高権力者が何を言う…」
エリアーデはアキに指をさした。
「その娘、私にくださるかしら?」
「嫌だと言ったら?俺の可愛い姪だぞ」
レオは腕でアキを後ろへ隠す様に追いやった。
「アキ、キャスと一緒に奥にいろよ」
アキは小さく頷く。目の前のあの女性から放たれる殺気がひしひしと頬を焦がす。
「あの事故で先代の七味がなくなって以来、貴方とは上手くいかないけれど、その船は行かせないわよ」
「ハハ、昔からなんでも手中にないと気が済まない性格だもんな。だから、娘にも逃げられるんだぞ」
レオの"娘"の言葉にエリアーデは応えなかった。
彼女の人の輪郭は歪み、炎の様に広がって、十メートル以上はある巨大な翼をはやした真紅のトカゲへと変わっていく。
「り、竜族⁈」
アキは船内の奥の壁に背中を打ちつけ腰を抜かした。
「奥に行ってろ!」
レオが叫ぶものの、恐怖でアキは動けない。
「くそっ、キャス!」
「にゃにゃーん!(はいよー!)」
「アキを守れ!絶対にだ!」
「にゃーん!(おーきどーき!)」
「よし!久しぶりにお呼びかと思ったらこれか。まぁあのクソ姉貴の頼みだもんな。」
船の入り口のドアの側のダッシュボードのスイッチを押し、パイプを伝って移動してきたボックスの中から一丁のショットガンを取り出す。
『王の足跡を辿れ』
それは純白の長銃キャスパリーグと同じ最古の契約兵装の一つ、漆黒の短銃…名を
『ガヴァス』
銃から漆黒の炎が溢れ出る。
目の前の赤竜が応える様に口に炎を溜める。
『セット。三連充填。拡散解放』
ガルル…と犬の唸り声の様な、エンジンの回転の様な爆音が周囲に鳴り響く。
赤竜から炎が繰り出された。
圧倒的な炎の壁がレオに襲いかかる。
レオは眉一つ動かさず、引き金をひいた。
ガヴァスから放たれた黒い塊は炎に当たると闇の壁の様に広がって炎の勢いを殺した。
火花と熱だけが残っていたが船は無傷だった。
「ソンナニ、ソノフネガダイジナノカ。マタ、ワタシヲトオザケテ、イッテシマウデスカ…」
赤竜の地鳴りの様な言葉には寂しさが宿っていた。
「そうだな。爺さんが死んでから俺とこいつはずっとお前の寂しさに付き合ってるわけだが、そろそろ、お暇させてもらうよ」
レオの言葉に赤竜は唸り声をあげ、再び口に炎を溜める。
『セット。一発充填。極点火力』
銃から爆発的な火力の炎が生成され、全てが一撃に込められていく。
赤竜は翼を広げる。そして、再び衝突が起きようとした時だった。
「やめんかぁ‼︎」
赤竜の頭が一人の老人に殴られ、倉庫の床に叩きつけられた。
レオは慌て、銃を海に向けて銃を放つ。
黒い閃光が海を切り裂き、かなり遠くの岩礁を蒸発させた。
「このバカモンが!何の為にお膳立てしてやったと思っておるのか!」
老人は下駄と和服を身につけていた。
「フォレ爺さん…」
レオはガヴァスの炎を治めた。
「すまんな、レオ。バカ娘が毎回迷惑をかけて」
「いや…あ、アキ、大丈夫か⁉︎」
我に帰ったようにレオは船内のに振り向く。
「な、なんとか………あ、あのお爺さんは!」
膝が笑ってしまって立てないアキは船内の貨物の陰からキャスを抱きしめながら顔を出した。レオはほっとしたように息を吐いた。
「悪いな、アキ。子供にいきなりこういうのはキツかっただろ」
「あ、いや、前にも経験してるから…」
アキはあの夜を今になって思い出して少し落ち込んだ。
「それより、あのお爺さんは?私、あのお爺さんにここまでの道を教えてもらったの」
「爺さん、アンタ、相変わらず趣味悪いな…」
「ふぁふぁふぁ!まぁの。だが、前からお前さんにも話はしておったろ?だからその子が来る時を待って直ぐにでも飛べる様に準備していただろうに。」
「アキちゃん!良かった…無事で…」
「イェルクさん⁈イェルクさんだ!」
フォレの後ろからイェルクが心配そうにしていた。
「すまんな、イェルク殿。このバカ娘を誘い出す為にワシがわざと二人を引き離したんじゃ」
「そう、だったんですか…」
イェルクはなんと応えていいのか分からなかった。
「おい、爺さん。テメェ人の姪を餌にしやがって…」
レオは青筋を額に立てていた。
「だからこうして謝っとるじゃろ」
レオは息を深く吐いた。
「それで、アンタの話にあった"事"がいよいよ起こるのか?」
「あぁ。もうすでに始まっておる。ワシの孫、鷹坊の息子、剣聖の小娘…全てのピースが計画通りに動いておる…が、ワシとしてはもう一つ、保険が欲しい」
「それがこの"ファフニール"だって言うんだろ?」
「あぁ、まさか"銀猫"…いや銀子猫までオマケでついてくるとは思わなんだか。じゃが、その子がいる事もまた"運命の輪"の導きなのかもしれないの」
老人は気絶している赤竜を撫でた。
「このバカは力だけは母親に似ておるが、中身は寂しがり屋の子供じゃ。母亡き後、無理矢理当主の座を継いだものの、ただ周りに踊らされとる。お陰で我が槍の甲板も今では土を盛られてコーヒー畑になっとる。この子に代わって義理の息子、そしてメリュに事を託す事になったのもまた運命と信じたい」
フォレはレオを見た。
「やってくれるか、世界を救う為に」
「世界ねぇ…アンタが何を企んでいるか正直わからねぇ。だが、俺は可愛い姪っ子と一緒に憎たらしい甥っ子を連れて姉の所に帰すだけだ」
「それでもよい。感謝する」
フォレは深々と頭を下げた。
「空を行くのなら、こやつを連れて行ってくれんかの。クルーも必要じゃろ。これ、ユリアン」
「はい。お爺さま。」
奥から不機嫌そうな赤い髪の少年が出てきた。
「こやつはワシの孫のもう一人の孫、ユリアンじゃ。もちろん、我が妻の"火竜"の血も受け継いでおる。居るだけで並の空の魔族はまず近寄れん。メリュが家出して以来エリアーデに監禁されておったが、ワシはこやつにも外を見せてやりたい」
「見せてやりたいだけで簡単に言えるほど外は甘くないぞ爺さん。アンタが一番知っているだろうに」
「まぁ、可愛い子には旅をさせろじゃ。役には立つ」
「よろしく、お願いします…」
ユリアンは口は丁寧だが不機嫌そうにレオに頭を下げた。
「ふん。まぁ必要なのは確かだからな。ともあれ、そのバカが目覚める前に出発しないとな。どうせアンタお得意の"眠気の一撃"でも与えたんだろ?」
「ふぁふぁふぁふぁ。大体1日くらいなら猶予があるの」
「仮にも最高権力者しかも実の娘に対してひでぇな。諸外国、他の七公や三聖が聴いたら大変な事になるな。まあ、直ぐに出発した方がいいな」
そして、夕方。陽に燃えたベネチア湾に浮かぶ巨大空母の甲板。今はコーヒー畑になったその広大な場所の一角に穴が開く。
巨大な紺色の翼が陽に照らされていく。
空母の甲板の中央にある司令塔からフォレが覗く。
「よし、カタパルト開け」
コーヒー畑が分かれて移動していき、全長2キロメートルの滑走路が現れる。
翼の主、"強襲型空中駆逐艦ファフニール"の前面にあるブリッジには数人の人々が配置につき中央にはレオが腰を下ろしていた。
「時間だな。ファフニール発進準備」
「了解。機関始動。出力問題なし」
「主機に伝達」
「了解。圧力上昇」
「全機関問題なし。各推進機へ動力を伝達」
ファフニールの後方に強力なジェット気流が発生し、一部のコーヒーの木々を吹き飛ばしていく。
「飛行区域に障害物無し」
「ファフニール発進せよ!」
アキの身体に凄まじい重力がかかる。転がっていったキャスパリーグがイェルクにぶつかっていった。
(待ってなさいよ、バカノリ。必ずお迎えに行くんだから!)
ファフニールは飛び立ち、南の空へと向かって行った。




