魔森巡礼14
蒸気車のバスに揺られてアキとイェルクは長い橋を渡っていた。
「すごい…本当に宙に浮いてる…」
"王の庭園"と呼ばれる公園の上には一つの支柱も無い巨大な円形交差点が浮き、フジ各所の道の起点となっており、そこから伸びる橋もまた宙に浮いていた。
「浮力を蓄えた魔石で浮かしているらしいわよ」
朝のベネチア湾の上を進むと大きな影が見えてきた。
「でっか…」
「あれが空母…"槍"ね。本当に大きい」
全長二キロメートル、最大幅九百メートル満載排水量約五十万トンというアルプス共和国の技術の推を集めた鉄塊はその広大な甲板の下に建物が並び、街が形成されていて、橋はその街につながっていた。
「あれって大砲?初めて見た…」
街の側面には等間隔にある四十五口経四十六センチメートル二連砲塔が四つ並べられていた。
「戦艦の"大汝"や"劔"よりは小さいらしいけど、それでもでかいわね…」
二つの門番のようにそびえ立つ砲塔の真ん中をバスが通っていく。砲塔の横には槍のローマ字表記であるSOUが白字で書かれていた。
バスが街の中央広場の停留所で二人は降りた。
街はベネチアの様に優雅で伝統的と言うよりは無機質で洗練された美しさがあった。
「さて、アリスさんによれば、七味さんはその猫ちゃんが案内して下さるみたいだわ」
「キャス、お願い」
「にゃー?にゃ(でばんか?わかった)」
「鞄からは出ないでね」
「にゃーにゃ。(ここさむいから、でたくないよ)」
キャスはアキの鞄から長い耳を広げて上半身だけ出して腕で道を示していく。アキは少し重そうにしながら二人は甲板下の薄暗い街を歩いていく。道には等間隔に照明器が取り付けられていた。
「にゃー(ここなつかしいにおいがする)」
キャスはアキの鞄からするりと抜け出て、示した暗い道へ行ってしまった。
「こら!キャス!」
慌ててアキは追いかけた。
が、見つからず気がついたらイェルクとも逸れてしまった。
「どうしよう…」
「おや、お困りかい?お嬢さん」
唐突に声を掛けられてアキの耳や毛が逆立った。見れば通りの側の海に面した椅子に種族もわからないほどの白い髭を生やした一人の老人が腰掛けていた。
「にゃー(あははは、おもしろーい!)」
老人は猫じゃらしを片手にキャスと遊んでいた。アキはすぐにキャスの首根っこを捕らえて、鞄に詰め込んだ。
「にゃぁぐっ(なにするんだ、ぐわっ)」
「ありがとうございます。私の猫なんです。お騒がせしてすいません」
「何、問題ないよ。ワシも暇だったからな。ふむ、懐かしい顔じゃな」
「えっ?」
「その猫の事じゃよ。前にも同じようなのを見たことがあっての」
「そう、なんですか…あっ、あの一つお聞きしたい事があるんですが」
「なんだね」
「貴方はここの人ですよね?七味という方をご存知ですか?母の知り合いで訪ねて来たんですけど…」
「ふむ、七味くんの"船"なら、そこの角を右じゃよ」
「船?…あっ、ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げてアキはかけ足でその場を後にした。気味が悪かった。
アキが居なくなった後、老人の元に一人のヒューマンの男性が現れた。
「ここにおられましたか、御老公。当主様が探しておられましたよ」
「そうか、ならあやつに七味の所に行けと伝えておいてくれんかの。いつぞやの"化け猫"が訪ねて来たとの」
「は。承知致しました」
男性がいなくなると老人は重い腰を上げた。
「さてと、時が来たの。お前さんの道楽に付き合ってやるとするかの鷹坊よ」
老人の眼光は鋭く、背筋は真っ直ぐ伸びていた。
彼こそはアルプス共和国空母打撃群旗艦にして天照型二番艦"槍"の艦長。現槍家当主の父であり、メリュの祖父でもある槍=フォレ=長次郎であった。




