魔森巡礼13
アルプス共和国、首都"フジ'にアキタ=アキは足を踏んだ。
「ここが都会…」
フジは旧ベネチアの島々と七つの巨大な船から構成されており、大体の外からの人々の玄関口は本土の第一区マルゲラの駅であった。巨大な建物の中で雑踏に圧倒されて肩掛け鞄を抱えたままアキはポツンとしていた。
あんなに憧れていた都会に今いるのに何も嬉しくない。
(おい、アキ。まだでちゃいかんのか?)
バックの中から声がした。
「まだだよ。イェルクさんが今来たらすぐ移動するから」
「待たせたわね、アキちゃん。ハイこれ、ジェラート」
アキの後ろからエルフの紫の髪をした爽やかな印象の男性がジェラートを両手にやってきた。
「ありがとうございます」
「うふふ、やっぱり"ベネチア"に来たらジェラートよね。少し季節は過ぎちゃったけど、食べておかないと。ほら、あそこのベンチで食べてから行きましょ」
二人は雑踏から少し外れたベンチに腰をかけた。アキがカバンを床に置くと、中がもぞもぞと動いた。
「こら!暴れない!」
アキはカバンを叩いた。
(いてー!)
「うふふ。元気ね。そうそう、さっき地図を買ってきてね」
イェルクは持っていた地図を取り出した。電子機器が消滅したご時世で地図は重要なアイテムの一つであり、現地で最新の物を買うのは大切な事だった。
「ありがとうございます」
「とりあえず、空母"槍"に向かうのは明日だとして、ホテルね。大きい所や島の方に行くほど宿代が高くなるから、私の昔の彼が営んでいる民宿でもいいかしら?」
「はい。大丈夫です」
「なら、まずスピネーア地区まで移動ね。バスの停留所は東口。ここに向かいましょう」
ジェラートを食べ終わると二人は停留所まで行き、蒸気式のバスに乗り込む。外に出ると夕方の日差しが眩しかった。
スピネーア地区は海と都市部からは少し離れた小さな部落で現在は人口が増えたものの、昔ながらの建物が残り、細い路地の多い地区だった。
「イェルク!」
「バンジ〜久しぶりね〜!」
中心の通りから外れた小さなカフェレストラン兼民宿の店主のバンジが笑顔で迎えてくれた。
「おっ、君がイェルクの《《義理の姪っ子》》だな、よろしく!」
「よろしくお願いします…」
熊の獣人であるバンジの手はふさふさで大きく、力強かった。アキは少し圧倒されて恐縮してしまった。
「バンジはね、私の前の前の前の前の彼氏なの。趣味が合わなくて別れちゃったけど今でも親友なのよ。」
「ま、お互い色々あったしな、ハハハハ!」
「へ、へぇ〜」
一応これでも喪中で気落としがちなアキは二人のテンションについていけてなかった。
「今日は一泊していくのか?」
「えぇ、明日この子の母方の親戚に会いに行くの。ペットも随伴しているから他の所だと断られると思ってここに来たの」
イェルクの話を聴いていたアキは自分の荷物から白く耳の長い猫を取り出した。
「にゃ(よろしく)」
アキに抱かれた猫は挨拶と手を上げた。
「あら、いい子だわ。で、どうかしら割り増しでもいいわ」
「いやいや、そんなの要らないよ。そうだな、後でウチの味をイェルクが見てくれるなら少しまけるっていうのはどうだ?」
「あら、いいの?私、辛口よ?でもありがたいわ。ね、アキちゃん」
「すごく、ありがとうございます」
「にゃー(ペコリ)」
そうして宿泊先を得た二人はその夜、バンジとその妻と共に食卓を囲んだ。
「へー!君の家は定食屋だったのか!どうだい?ウチの料理は」
テーブルにはトマトをふんだんに使ったパスタやイカスミのリゾット、ピザ、レモンのスムージーであるスグロッピーノ等が並んでいた。
「おいしいです!特にこのイカスミのリゾットとかすごくまろやかで生臭くなくて」
「うふふ、山暮らしだと中々海産物は食べられないものね。湖で養殖している魚とかならあるけど」
「ベネチアは"大混乱"の侵食が殆ど無かった奇跡の土地だからな。"異界"の影響力が無い分、作物や魚は普通に育ってくれるし、ワインも普通に熟成できる。何より"魔族"が入って来れないからな。ちゃんとした物が採れて食えるんだ」
「そうね、他の所では手を加えないと大変な事になるものね。あっ、このリゾット本当にいいわ。腕をまた上げたわね、バンジ」
「イェルクにそう言ってもらえると嬉しいよ。なぁアンナ」
「そうね。同じ厨房で切磋琢磨したライバルに言われたらね。私も嬉しいわ」
「うふふ、じゃあ互いの成長に際して」
グラスの当たる音がまた鳴った。そうして夜はふけていった。
次の朝早く、バンジたちと別れを告げた二人はバスに乗り、ベネチア本島にある"王の庭園停留所"に着いた。
ベネチア本島の周りには"七つの船"を繋ぐ数多くの橋があり、数多の車が蒸気を上げながら行きかっていた。
「すごー…」
「位が高い人達は道の真ん中の専用道路を馬車で移動するそうよ。あったわ、槍行きのバス。まだ結構時間があるわね」
「なら、観光しませんか?」
「賛成!私、一度行きたかった所があるのよ。確かここからすぐ近くにあったはずよ」
二人は中央停留所を出て徒歩ですぐ近くのレストラン街に向かった。首都となり建物が様変わりしていたマルゲラとは違い、本島の方は古い建物がそのまま利用されていた為、美しい街並にアキは魅せられていた。
「ここよ。カフェにもなっているから寛げるわ」
「ニュー…ハリス…って、バーって書いてありますけどここ?」
「別にお酒を飲みに来た訳じゃないわ。ここはねカルパッチョが有名なのよ。これを食べなきゃベネチアに来たとは言えないわ!」
アキはもう少し歴史的な建築辺りを観光したかったがイェルクの凄みに押されて外に併設されたカフェに入った。注文してしばらくすると、"カルパッチョ"が来た。
「え、これがカルパッチョ?」
「そうよ。これが元祖カルパッチョ。生魚をサラダに合わせた物だと思ったかしら?」
皿にきれいに敷かれた生の牛肉にマヨネーズがかかった料理と言うよりはおつまみに近い物だった。
「ま、まあ…それより、向こうに行った後の話ですけど…」
「そうね、アリスさんの身内、七味さんと言う方の所へ行くわ」
アキにエスプレッソがやってきた。初めて嗅ぐ"コーヒー"の香りに癒された。後ろの荷物の中で猫がいいにおいだと鳴いていた。
ふと、付いてきた小さな黒い板状に目が行った。
「それは"チョコ"よ。カカオっていうのから作るの。甘いからそのエスプレッソに入れて飲むのよ」
言われるままチョコを入れて口に運ぶ。
「⁉︎、にっがっ!」
「うふふ、大人の味よ。今から行く船で栽培している物から作られているのよ。私も頼もうかしら。」
アキが苦さと熱さに苦戦している間にイェルクは完食していた。ふーふーとしているアキをイェルクは少し眺めていた。
「思ったより落ち込んでなくて、良かったわ」
「いや、結構落ち込んでますよわたし」
「そう?」
「ただ、いまはあの迷子を連れ戻すのが先って言うか…泣いてられないんです」
「そう。あっ、そろそろ時間ね。私は帰りにまた寄って飲むわ。行きましょ」
二人は席を立ち通りに出た。奥から海の風が入ってきてアキはそれが少し肌寒かった。




