魔森巡礼8
[アキタ=マサノリ及びアリア=アルヴェロン以下両名は水機団第三六小隊、"スワロウテイル"への配属にあたり、西方警備隊、第八二連隊に編入する]
無機質なミーティング室で黒い軍服姿のドワーフの男がマサノリとアリアを並べて立たせ説明していた。アリアは毅然と無表情に話を聞き、マサノリは俯きながら無表情に話を流しながら聞いていた。
「"修道院長"の勅命である。拒否は認められない」
男は二人に対して新調した黒い軍服と装備を持ってくるとその場で「着替えろ」とだけ指示し、二人は背中合わせに着替えた。
着替えが終わると、男は二人を連れて訓練所へ連れて行く。
「素人を我が"西警隊"に置くなど私的には我慢ならないが、今は時間が無い。ここで二人にはその装備の説明と戦闘訓練を一日掛けて受けてもらう。やる気はともかくとして、これは命令だ。逆らえば死罪に処す。わかったな二等兵」
「…承知しました。伍長殿」
マサノリの不機嫌さに伍長は怒り顔になるもすぐに調子を取り戻して、二人に渡された装備について説明していく。まず、自分の腰のホルスターにある拳銃を取り出す。
「これは特別な銃だ。銃本体はゾーン社製のもので、我が軍使用に改良したものになっている」
伍長は銃のマガジンを取って中から弾丸を一つ取り出す。
「これが"対魔族弾"だ。一般的には"ニニュエ弾"とか"N弾"とも呼ばれている。中には我が西方警備隊が誇るブールジェ湖の水が入っている」
水の言葉にアリアは首を傾げた。
「水?なぜそんなものが入っているのですか?」
「なんだ、知らないのか?」
アリアは頷いた。
「まぁいいだろう、このブールジェ湖にはかつてこの地を支配していた"サヴォイ家"の聖銀が沈んでいる。バチカンとの深い関係の中で秘密裏に蓄えられていた財宝で、それらは彼らの衰退の際に隠されるようにして沈められたものだ…偶然か奇跡かその銀には魔を退けたり滅する力があった。それがこの湖には大量に沈められ溶け出しているのさ」
伍長は室内にある大きな地図に指をやった。
「この湖には"魔族"が近づけない。それ故にここは"魔域"がすぐ側にあっても"安全地帯"なのだ。この北にあるレマン湖や南のエキュベレット湖などにも同様に聖銀が沈んでいて、このように水路で繋いでモナコ付近まで結界を結んでいる。これを"サヴォアライン"と言うんだ」
「そう、なのですか」
「この水はこの弾といった兵器としても使える。"魔術士"や"契約魔装"の様に特殊な者達でなくても"魔族"と対抗できる。それを所有するが故に我々はスイスやモナコの連中に幅を利かせられるのさ…水についての説明は以上だ。早速射撃演習に入ってもらう」
こうして二人は射撃演習、体術基礎、基本的なサバイバル知識等を一日掛けて受けた。
マサノリは乗り気無く受けていたつもりだが、教官や伍長からは射撃や体術の筋は良いと褒められた。
一つだけ、"魔術機構の概論"だけは熱心に聞いていた。
多少省略していても軍隊の訓練である以上、夜には二人はクタクタになってしまった。
マサノリはあの怪力のアリアが疲れていた事に少し驚いた。夜は眠れず、宿舎の休憩室で過ごしていた。
休憩室には月の光が差していた。この時にマサノリはあの時以来初めて一人になっている事に気がついた。正直、未だに現実を受け入れられていない事、あの"紫の炎"の中で見たトウジロウの姿、どれが本当の事なのか自分には分からない。アキは、アリスは、街は大丈夫なのか…何も分からない。 そういう苛立ちだけがマサノリを支配していた。
「眠れないのかい?」
突然、声をかけられた。振り向くとビリガーがいた。
「はい、まぁ…」
「良かった、喋れないくらいショックを受けていたと思っていたよ。コーヒーは?飲みかけだけど」
「頂きます…」
ビリガーは自分の持っていた水筒に入っていたコーヒーを休憩室にあったコップに注いでマサノリに渡した。
「大変だったからね。オレも実はあまり状況がわかって無くてさ。隊長の、ユフォさんのなすがままって感じでここまで来たんだ」
「そうなんですか?」
ビリガーはマサノリよりも年上であった。
「オレは最近まで"兵器開発部"で整備の仕事をしてたんだ。パバロさんもそうなんだけど"スワロウテイル"発足の際にユフォさんに引き抜かれたんだ。任務の際の整備兵としてね。だから君と同じく一般枠って感じでさ。あまり秘密は教えてもらえないんだよ」
ビリガーは水筒を一気飲みした。マサノリもコーヒーに口をつける。少し冷めていて砂糖が少なめだった。
「俺は多分、隊に入っても役立たずなだけです」
「そんな事ないさ。君料理人なんだろ?うちの隊、女比率高めなのに料理できる人がいなくってさ。パバロさんもある程度って感じだし、困ってたんだ。この隊に入って以来、移動ばっかりだけど旅には料理が大切ってつくづく思うよ。オレは大歓迎さ」
「ありがとうございます…」
「礼には及ばないさ。明日からいよいよ"魔の森"に行くんだ。君が無事に帰れるように祈っている。だから今は耐えて、踏ん張っていかないとね。辛い事なんていつか去るんだからさ」
ビリガーはポンとマサノリの背中を叩くと部屋へ戻って行った。
また、一人になってマサノリは月を見上げた。満月だった。
悲しくないのに、涙が出て止まらなくて、泣いた。




