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後悔を追って



 その後もジゼルは、私が出逢った人物がこの街に来た原因――つまり死因――を記事を出しては説明していった。


 X-Lanesの薬の売人ネオも、やはり殺されていた。1日のノルマがクリアできなかったというだけで、あの狭い売り場の中で目玉と心臓を撃ち抜かれ、息絶えていたそうだ。


 私はネオが組織の中では下っ端であることを知っていた。もし売上を達成したとしても、いつ別の理由を口実に殺られるかもしれない。わかっているはずなのに、ネオは命を繋ぐ為、そして自分の欲求に必要な薬代を稼ぐ為に、永遠に売人を続けなくてはいけなかった。薬物中毒者の悲しい末路だった。


 私を取り調べたあの中年の警官マテオはどうだろう。彼は別の州で暮らしていた時から官職で、それなりの地位もあり幸せに暮らしていたという。しかし部下の軽はずみな発砲による死亡事故(犯人は未だ捕まっていない)の責任を取らされ、地方(はずれ)の警察署に配属された。階級はヒラに毛が生えた程度だった。


 何とか第2の地でやり直そうとしていたある日、マテオは補導された黒人少年の説得に失敗した。私と会話したあのオフィスのあの席で、若者が隠していた9インチのナイフで滅多刺しにされたという。もちろん生きているはずがない。犯人の少年は彼が過去に亡くした息子と同じ年齢だったそうだ。


 彼は異動前からストレスによる鬱を患っており、職務を遂行する為の判断力が鈍っていた。それがなければ黒人の若者に殺されず、さらに更生させられたかもしれない。


 マテオは一度した失敗を何とかチャラにして、元いた警察署に帰りたいと思っていた。その為には人命救助に匹敵する手柄が必要だった。だが願いは叶わず、彼はこの街で命を断たれてしまった。


 ストレスと悩みを抱える中、マテオは最後の一日を人命救助とはまったく無関係な取調べに費やして、そのまま人生を終えるのだ。



 私たちのツアーが終わりを迎えようとしていた。『250 5th』はそこそこの客の入りだった。早めに店に入ったので、人数が2人にも関わらずテーブル席に着くことができた。


 しばらくすると、ふらふらと私――メイヴィスがやって来てカウンターに座った。酒を注文し飲み始める。アルコールの度数も気にしないで、早いペースで飲んでいる。心ここに非ずの状態なのだ。隣に私が並んで座ったとしても、気づかないに違いない。


 一番安いウィスキーを傾けながら、私は向かい合うジゼルに小声で尋ねた。「あのさ、ブライアンが会社に籍もなかった理由は何?」


 ジゼルは自分の飲み物に口をつけた。オレンジとラズベリーの香りが漂う、ノンアルコールのコンクラーベだ。「この世界にメイヴィスの元・旦那がいないのは、彼がまだ(・・)死んでいないからよ」


 ジゼルの言うことは単純だった。死んだ者が集まる町には当然、死者しかいない。ブライアンは死んでいないから、住人ではないし、会社に行きようもない。勤めようもなければ手柄は上がらないし、出世もできない。会社の共同経営権を握る立場の男がいなければ、社名にクラインなどと言う名がつくはずもない。


「え……だったら、私はなぜここにいるの? それってもしかして……」


「あーあ、気づいちゃったね。あなたみたいな普段鋭い子でも、ここに来ると駄目なのね。この世界の摂理っていうか、誰もが自分の事に、ものすごく無関心になってしまって……」


 ジゼルの声が最後まで聞こえなかった。


「でもね。安心して。あなたはねぇ……って、メイヴィス、聞いてる?」


 死んだのか……私。


 そうなんだ。そうか……だから私の記憶はどこか曖昧だったんだ。だから今日が突然始まったような変な気分がしたんだ。自宅で目覚めたあの時が、死ぬ前の私から、この世界の私に切り替わった瞬間だった。それが、前のことを全然思い出せない理由なんだ。


「あーあ、すっかりショックを受けちゃったか。色々と事例を見せて、慎重に伝えたつもりだったんだけれどなぁ」


 いや……でも少し変よ、メイヴィス。『私には娘がいて、夫だった男もいる』。この事はなぜ、きちんと覚えているのだろう。二人ともこの世界には影も形もいないというのに。「ジゼル! ジェイミーは? あの子、この世界から消えてるよ! だから死んでいないよね? ねえ! 聞いてる?」


「本当に自分勝手なんだから! あなたこそ私の話を聞いてよね」ジゼルはテーブルを乗り越えそうになった私を制した。「さっきメイヴィスが呆けている間に言ったじゃない。娘さんはきっと生きてるって!」


「ねえ、なぜ私は娘とブライアンの事を覚えてるの?」


「……そこなのよねぇ。私もあなたが死んでしまったから、こうしてやって来たのだと思っていたわ。でも少し事情が違った。もしかしてあなた――あ、ねえ見て、あそこ」


 人混みの奥にいてもわかる、巨大な肉の壁とピンクのモヒカンヘア。


 店の入り口にシトラスが現れた。癖になっているのか、キョロキョロとあたりを見まわして危険な気配が無いことを確認してから、店の中に入ってくる。


 すぐにカウンターの私の姿を見つけ――どうやら探していたらしい――にじり寄ってきて、酒に酔った昨日の私に声をかける。


「あれ、あの黒髪の男は?」シトラスが来る前に、あの優男が現れない。この違いに気づき、私は不審がった。


「どうしてと、お思いでしょうね」


 突然耳元で声がしたので、私はビックリして振り向いた。そこにいたのがあの優男だったので、反射的に振り上げた拳を止めた。


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