表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/25

始まり



 急に、用事を思い出した。


 今日は娘のジェイミーの授業が午前中で終わるから、自宅のピックアップを繰り出して、ヤコブ・ウィスミラー小学校エレメンタリースクールまで迎えにいく予定になっていたんだ。


 頭がクラクラする。白銀色(アッシュグレー)の髪の上から、あかぎれのひどい指を通して、ぐしゃぐしゃと頭を掻いた。さっき飲んだアセトアミノフェンが、頭痛に効いていないくせに意識には働きかけてきて、()んだ気持ちを引き起こしていた。


 私はソファから起きあがって部屋を見回した。自宅のリビングなのは間違いないが、どうしてここにいるのか分からない。机の上に読みかけのタブロイドが広げられている。私、新聞なんか買っていたかな。


 電話の横の置き時計で時間を見た。一日がそこそこ経っている。でも今より前の事が思い出せなかった。今日が突然、ふっと息を吐いたこの瞬間からスタートするような感覚――ひどい二日酔いから覚めた午後とも違うから、その日を無駄にしたという後悔すらおきない。


 そんなどうしようも無い虚無から逃げる時、私はワンショットのウィスキーに頼る。キッチンに歩いて行き、戸棚の奥に手を伸ばして、五十度の樽出し(カスク)の瓶を引っ張り出した。こいつは少しの量で気持ちに活が入るので、愛用している。どこの国で蒸留したとか、銘柄も判らない、汚いラベルの貼られたインポート品。3ブロック先のグロッサリーストアに行けば、山になって売り払われている安酒だ。


 一杯飲んで喉を熱くしてから、私はブラなしのキャミソールとバミューダショーツ、普段履きのサンダルというラフな格好で自宅を出た。


 古いトヨダは黒い煙を吐き出して、すぐに私を街に続く幹線道路へと運ぶ。立ち並ぶ飲食店、並走する旧車たち、オーディオから鳴る入れっぱなしのボサノヴァ。何も新しい刺激はない。全てがいつもどおり、神の(おぼ)し召すままに。この世は善も悪もなく安定していた。


 途中、橋の出入り口で少しだけ渋滞にはまったが、それでも予定より5分早く、娘の通う小学校に着いた。車は保護者用パーキングエリアの白線の中に収めた。


 エンジンを切る前に窓を開け、8ドルで買った東洋産ウィンストンの一本に火を灯した。何度か吸うと吐くとを繰り返す。子供を待つあいだ立っていられるだけのエネルギーを補給すると、車を出て駐車場の出口に向かって歩いた。


 途中、乗ってきたピックアップとそっくりの車とすれ違う。こんな型遅れを好んで選ぶ変わり者、私の他にもいるんだと感心した。


 いや女では私だけに違いない。特にバツイチで子持ちで薬物中毒の経歴を持つ女の中では。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ