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3. 親衛隊

 アリシアは、王室を出る。

 あんなに侍女がいて国王の世話を焼いているのだから、一人くらい少し抜けてもいいだろう、と王付きの侍女にあるまじき不謹慎なことを思う。


 王室を去っていくジャンティの背中に呼びかけた。


「ジャンティさま、一つお訊きしたいことが」


 すると彼は歩きながら返してきた。


「なんですか」

「あのう、さっきの報告書、リュシイの村のことですよね。彼女、元気なんですか?」

「ええ、そのようです」


 そう言って、うなずく。


「訊きたいことは、それだけですか?」


 足を止めてくれたので、少し話をしてもよさそうだ。

 ふむ、と考えてから、言葉を舌に乗せる。


「どうやったらあんな鈍感な人間が出来上がるのか訊きたいですわ」


 にっこり笑ってそう言うと、ジャンティはうなだれた。


「それが、王の側近である大法官たる私に言うことか、と怒りたいところですがね」


 でも、このことで彼が怒ることはない、となぜか確信できている。だからこそ言ったのだ。


「私も、それは疑問です」


 そう言って嘆息する。


「アリシア。私も年をとって、もしかしたら感覚が鈍っているのかと不安に思うのでね、あなたに訊きたい」

「はい?」

「私は、思い違いをしていると思いますか?」


 それが何のことを指しているのか、すぐにわかった。


「いいえ、わたくしも、ジャンティさまと同じように考えています」


 あの二人のことについて。


「ならよかった」


 そう言って微笑む。だがそのあとすぐに、眉根を寄せた。


「なのになぜ、こうも思い通りに進まないのか……。ここまで意に反して物事が動かないのは初めてです」


 それはそれで恐ろしい発言だが。

 でもまあ、このじいさまが味方についているのなら大丈夫よ、と心の中で友に呼びかける。

 とはいえ、あちらはあちらで変なところで鈍感だから、どうしようもない。


「まあ、今しばらく待ちましょう。年をとると、せっかちになってしまっていけない。それに……」

「それに?」

「鈍感と一言で言い切ってしまっていいものか……」


 そう言って小さくため息をつくと、ジャンティはまた歩き出した。つまり、ここで話は終了、ということだ。

 アリシアはその背中に一礼した。


          ◇


 王室には直接帰らずに、控えの間に行く。

 そこにはさきほどまでレディオスの世話を焼いていた、王付きの侍女たちが勢ぞろいしていた。


「陛下が人払いをされたのよ」

「ははあ」


 一人でゆっくり、あの報告書を見ようということだろう。

 あの、にやけ顔で。


「どこに行っていたのよ」

「ええと、ジャンティさまに質問されて」


 嘘は言っていない。彼女らもさして興味はないのか、それですぐに納得したようだった。


「ねえ、さっきの話」

「ああ、あれ?」


 ひそひそと、侍女たちが話を始める。


「王妃は誰かって話よねえ」

「ジャンティさまは、『女神』推し、ということだわね」

「でも、故郷に帰っちゃったじゃない」


 女神。

 王都を襲った大地震から民を救った、予知夢を見る女神。

 ほら見なさい。侍女たちですら、ジャンティさまの意図に気付いているのに。


「思うに、ジャンティさまから篭絡したほうが早いかもしれないわ」

「そうよね、だって陛下、ジャンティさまが決めろって仰っているもの」

「でも、ジャンティさまを篭絡って、出来る気がしないわ」


 そこで控えの間が沈黙に包まれた。

 まだ若い王を支える、大法官。実質的な、この国の指導者。ときどき、心の中を見透かされているのかと思うほど、状況を読むことに長けている人。

 女神は確かに本物の予言者だったが、ジャンティもその類いの者のように思える。


「で、結局、陛下に選ばれたほうが早いって話になるのよねえ」


 そして侍女たちはため息をつく。

 彼女らは彼女らで、気苦労が多いらしい。彼女らの親やら親戚やらから多大な期待を寄せられて、王室に送り込まれた者がほとんどだ。

 彼女らはお互いが敵、というような立場のはずなのだが、ずっと牽制やらなにやらやってきて、ここ最近は戦友のような気分なのか、愚痴を言い合ったりしている。

 あの大地震で協力し合ううち、仲間意識が芽生えたというのも大きいのだろう。


「『女神』かあ。あの子が出てくると、ちょっとねえ」

「あの子、人並み外れて美人だから、少し納得できるというか」

「それに、あの子の予知夢がなかったらどんなことになっていたのかと思うとね」


 今はこのシリル城が仮の王城として機能しているわけだが。

 王城が完全に崩落するほどの地震から逃げることができたのは、予知夢のおかげだ。

 もし何も知らなかったら、城に勤めていた自分たちが真っ先に命を落としたことは間違いない。


「でも、見目も麗しくていらっしゃるし」

「温厚だし」

「若いし」

「世の中は平和だし」

「決まったお相手もいない上に、愛妾も見当たらないし」

「これだけの条件が揃った国王なんて、滅多にないわよ。その時代にこの国の貴族に生まれた自分を無駄にしたくはないわ」


 彼女らの原動力は、それらしい。

 なんというか、本当に、世の中は平和だ。


 アリシアは、ふと話し声がした気がして、顔を上げる。


「陛下、人払いなさったのですよね」

「そうよ」

「お一人ですよね?」

「そのはずだけど」

「なんか、王室に誰かいるみたいな」

「え?」


 侍女たちが耳を澄まして動きを止める。


「……なにも聞こえないけど」

「いや……なにか気配が」

「気配って」

「行ってきます」

「ええ?」


 侍女たちが一応止めようとはしたが、構わず隣の王室に向かう。

 もし誰かいたらそれはそれで問題だし、いなかったら謝ろう。


 アリシアは、王室の扉をノックした。


「どうぞ」


 中から王の声がしたので、扉を開ける。


「失礼します」


 一礼しながら中に一歩踏み出す。


「あれ?」


 中にはレディオス一人しかいない。

 彼は机上の書類から目を上げて、アリシアを見て首を傾げた。


「なんだ?」

「あ、いえ、誰かいた気がしたので」

「……誰もいないが」

「申し訳ありません、思い違いでした」


 そう言って頭を下げる。


「よい。もう少し、一人にしてくれ」

「かしこまりました」


 結局、また扉を閉めて、控えの間に戻る。

 侍女たちがこちらを心配そうに見つめてくる。


「誰もいませんでした」

「でしょう? 怒られた?」

「いいえ、別に」

「ほんっと、怖いもの知らずよね、アリシアは……」


 侍女たちは諦めたように、ため息をついた。


          ◇


「恐ろしいな、あいつは……」


 レディオスは額に手を当て、大きく息を吐く。

 目の前に立つ男は、小さく苦笑した。


「中には、勘の鋭い者がおりますれば。私も精進が足りません」

「いや、私の声が聞こえたのだろう」


 言って、背もたれに身体を預ける。

 男はただ静かにこちらを眺めている。

 そうだ、少し訊いてみよう、と思いついて口を開く。


「そなた、ジャンティが言っていた意味がわかるか?」

「自分で気付いて欲しい、というものですか。ええ、わかります」


 わかるのか。


「では私だけか、わからないのは」

「ご自分のことは、案外気付けないものです。ですが陛下の場合、おそらくご自分で気付かないようになさっているのではないかと」

「私がか?」

「我々は、自分の気配を消す能力を訓練によって得ます。同じように、陛下もご自分の心を殺すことを覚えてしまったのでしょう」

「……そんなつもりはないのだが」

「我々が陛下の御心を推察するなどおこがましいことです」


 そう言って、男は微笑んだ。

 つまり、彼もこの質問に答えることはないのだろう。


「では、セオ村の件については頼む」

「御意」


 少し書類に目を落としていた間に、男は目の前から消えていた。

 最初のころはその度に驚いたものだが、さすがに慣れてきた。彼らが言うには、視界から消えるだけで本当に消えるわけではない、ということらしいが、こちらからすれば消えたようにしか思えない。


 国王直属の親衛隊。先王の時代から、そのまま引き続き、王を守る任についている。

 レディオスを子どものころから知っているからだろうか、彼らのレディオスに対する眼差しは、父親のそれに似ている気がする。

 彼らは、おそらくジャンティの(めい)ですら、王の不利益とあらば従わない。

 あれほど頼りになる存在はない。


 ジャンティが持ってきた書類をもう一度眺める。

 ライラ。新しくセオ村に出入りするようになった女。

 その場にいれば、なにも不審に思わないのだろうか。

 文字で見れば、これほど不審な存在もないように思えるのだが。

 村に常駐している兵士にも確認はしてもらうが、親衛隊を使ったほうが、早い。

 何ごともなければいいのだが、とため息をついた。

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少女は今夜、幸せな夢を見る
↑この話の前編の、本編に当たる物語です。

銀の髪に咲く白い花
↑この話の続編に当たる物語です。 よろしくお願いいたします。
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