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2. セオ村の報告書

 会議が終わり、レディオスは席を立つ。


「陛下、お疲れ様にございます」


 侍従が傍に寄ってきて、机上に広げられていた書類をまとめ始める。

 そしてそのまま、声をひそめて言った。


「報告が来ました」


 まだ大臣たちが会議室に残っていたので、そちらに聞かれたくない話なのだろう。だがこんな場所で言うということは、仮に聞かれても大したことではないことだ。

 それで、どの話か予測はついた。


「では王室に帰ろう」


 そう返すと、侍従は手早く書類をまとめて、歩き出したレディオスについてきた。

 王室に到着すると、侍従は書類を侍女に渡して去っていく。


 王室の中は、女の園だ。それはレディオスの意志とはなんら関わりなく、そうなってしまっている。

 先王であったレディオスの父の妃は母一人であったから、側室という存在をレディオスは知らない。

 自身はまだ妃を迎えてはいないから、後宮は閉鎖されたままだ。

 過去には何人もの妃を迎えた王もいたし、他国では百人以上の側室を抱える王もいるという話だが、まったく想像できない。

 王室にいる侍女たちの過保護っぷりだけでもうんざりするのに、いったい何が楽しくてそんなにたくさんの女性たちに囲まれたいと思うのか。

 だいたい百人以上となると、毎日誰かの元に通ったとしても、全員に巡り合うのに百日以上を要する。次に会ったときには顔も朧気だった、なんてこともあるのではないか。

 いやもちろん、世継ぎをもうけるために何人もの妃を必要とするのは理解できる。できるのだが。


 そのとき、小さく二度、咳が出た。

 しまった。

 侍女たちがいっせいにこちらに振り向いた。


「まあ陛下、お風邪を召したのでは?」

「はちみつを入れたお茶をすぐにお持ちしますわ」

「お熱はございませんこと?」


 侍女たちが我先にとレディオスの周りに群がってくる。

 これだ。後宮を開くだなんて、考えたくもない。


「いや、いい。風邪ではない。少し喉が痛んだだけだから」

「まあ、そういうことを甘く見てはいけませんわ」

「……なにか飲み物を持ってきてくれ。それでいい」

「かしこまりました」


 給湯室になだれ込むように去っていく侍女たちの背中を見つめて、ため息をつく。

 それらを動かずにじっと眺めている侍女の一人と目が合った。アリシアだ。

 彼女はあからさまに眉をひそめて、小さく肩をすくめた。

 顔に出すな。

 アリシアくらいサバサバした女性なら、何人いたって特に負担もないのだろうか。

 ……いや、アリシアが何人もいるのも、それはそれで気苦労が多そうだ、と思い直す。


 目の前にお茶が置かれたとき、同時に王室に入ってくる者がいる。

 大法官であるジャンティだ。


「陛下、よろしいですかな」

「ああ、掛けてくれ」


 そう言って、来客用のソファを指し示す。

 お茶を一口だけ口に含んで立ち上がる。……はちみつ入りだ。


「すぐに来るかと思っていた」

「お邪魔かと思いまして、少々、控えの間で待たせていただきました」


 では、侍女たちの攻防を知っていたのか。


「構わず入ってくれ、そういうときは」

「嫌ですよ、ご自分でなんとかなさってください」


 その返事に、ため息が洩れる。


「なんとかしてもいいのか?」


 王付きの侍女たちは、ほとんどが重臣の娘、またはその近しい親族。

 波風を立てるやり方は、ジャンティだって好まないはずだ。


「ええ、私はむしろ、そうして欲しいと思います」

「え?」

「一人に決めればいいことです。ああ、どうしてもと言うなら、一人でなくてもいいですが。それで多少は落ち着くでしょう」


 絶句する。

 要は、妃を迎えろ、と。


「私はもう何度も、そう言っていると思うのですが?」

「だから私も何度も、そちらで決めて構わないと言っているではないか」


 そう言うと、ジャンティは大仰にため息をついてみせた。


「今回の場合、陛下に多少、強引に進めてもらったほうがいいんですよ」

「毎度毎度そう言うが、意味がわからない。もっとはっきり言ってくれ」

「ご自分で気付いてください。そうでなければ意味がない」


 ぴしゃりと言う。

 そこでその話は終わった。同じようなやり取りを何度かしたが、いつも同じように終わる。

 何に気付けというのか。


 ふと視線を感じて、侍女たちのほうに顔を向ける。

 アリシアが、なにやら冷ややかな目でこちらをじっと見つめてきていた。


「アリシア。なにか言いたいことがあるなら、言っても構わないが」

「いいえ、あろうはずもありません。私の立ち振る舞いが陛下のお気に障りましたなら、申し訳ありません」


 そう言って頭を下げる。

 周りの侍女たちは、何ごとが起きたのかわからずに、首を傾げている。


「……いや、顔を上げてくれ。私の思い違いだ」


 アリシアはぱっと頭を上げると、にっこりと微笑んだ。


「ありがとうございます」


 どうもここのところ、アリシアはなにか言いたそうにこちらを見ている。

 だが、その視線の理由を訊いても、なにも言わない。

 ジャンティもアリシアも、意味ありげにレディオスを見るばかりで、それ以上は口を閉ざしたままだ。


 なにか見逃しているのだろうか。もし政治的に重要なことならば、ジャンティから指摘があるだろうから、違うのだろう。

 どうにもすっきりしない。

 自分で気付け? 何に。

 意味が分からない。


「ああ、こちらがセオ村の報告書です」


 ジャンティに手渡された何枚かの書類を受け取ると、ざっと目を通す。

 どうもこの村の話となると、大臣たちがもの言いたげに、だがなにも言わないという態度を取りだすので、あまり表立って話をすることはない。

 彼らは特にこの村の処置に対して異論があるわけではないようなのだが、なぜか落ち着かなくなる。

 それはやはり、『女神』に対する扱いについて、彼らも思うところがあるのだろう。

 城内に残すべきだった、と言いたいのではないのだろうか。

 だが本人が村に帰りたいと希望したものを、無理強いして城に残すのは違うと思うのだが。


 ふと顔を上げると、ジャンティがこちらをじっと見つめていた。


「……なんだ」

「今、ご自分がどんな表情をしていたのか、わかりますか?」

「は?」


 思わず、自分の頬に手を当てる。なにか変な顔でもしたのだろうか。


「どういう意味だ」

「いえ……別に」


 ジャンティは諦めたようにため息をつく。


「見ているこちらが恥ずかしい……」


 そう小さくつぶやく。

 恥ずかしい? 何が。

 そんなにおかしな顔をしたのだろうか。よくわからない。


「急ぎか?」

「いいえ、特には。でも少々、気になることもございます」

「では、あとでゆっくり読もう」


 なんとなく落ち着かない。変な顔をしている、と言われて落ち着けるはずもない。

 その書類を脇に置いて、ジャンティが他に持ってきた書類を受け取ろうと手を伸ばす。

 渋々、といった感じでジャンティが書類を手渡してくる。


「そちらは、署名だけしていただきたいものです」

「わかった」


 署名するだけ、というのが大抵は、嘘だ。

 わざと間違っているものとか、おかしなものを混ぜてくる。

 ジャンティならば、完璧に書類を整えることなど造作もないはずのことなのだが、成長を促すつもりなのか、よくこういうことをする。


 つまりは、ここのところ続いている、自分で気付け、というのはその延長線上のことなのだろう。情報が不足していることではないはずだから、必ず気付けるはずだ。

 今のところ、皆目見当がつかないが。


 案の定、書類の間違っていた箇所を指摘して、署名して、終わり。

 ジャンティは小さくため息をついたあと、王室を辞していった。

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少女は今夜、幸せな夢を見る
↑この話の前編の、本編に当たる物語です。

銀の髪に咲く白い花
↑この話の続編に当たる物語です。 よろしくお願いいたします。
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