13. 帰城
去っていく馬影を、見えなくなるまで見送った。
来てくれた。助けてくれた。抱き締めて、くれた。
なのに、怒らせてしまった。
当然だろう。
せっかく、こんなところまで来て保護を申し出てくれたのに。それを受けることができなかった。
なんて無礼なことをしてしまったのだろう。
その場にしゃがみ込んで、膝を抱えて丸くなる。
もう消えてしまいたいような、そんな気分だ。
「リュシイ殿、大丈夫ですか?」
兵士たちが慌てたように声を掛けてくる。
「どこか痛みますか。お怪我はありませんか」
「だ、大丈夫です。それより、そちらは」
バーダンに斬りつけられた兵士だった。
慌てて立ち上がる。心配を掛けさせてはいけない。
「少し痛みますが、大丈夫ですよ」
「ごめんなさい、私のせいで」
「いいえ、大したことはありませんから」
そう言って、にっこりと微笑む。
「むしろ、お守りすることができなくて、申し訳なく思います」
「そんなことないです」
彼は本当に、身体を張って守ろうとしてくれたのだ。
動きは早かった。
リュシイが気を抜いて、ライラを信じ切ってしまったから、連れ去られてしまったのだ。
彼のせいではない。
「それに、陛下に直々にお声を掛けていただけました。本当に身に余る光栄です」
「ああ、驚いたよなあ!」
「隣にいて、俺も感激したよ!」
興奮冷めやらぬ、といった感じで、三人の兵士たちが語っている。
彼は、こういう立場の人間なのだ。
すぐ傍にいても、やっぱり遠い存在なのだ。
自分なんて、とても手が届かない人なのだ。
だから、傍にいてはいけない。
忘れなければならない。
自分が、彼を、傷つける前に。
「リュシイ殿は大変だったでしょう。本当に、無事で良かった」
「え、ええ。でも、陛下が助けてくださって」
それを言うと、兵士たちは顔を見合わせた。
そしてリュシイに問う。
「陛下自ら、現場に?」
「……ええ」
「それで、こちらに立ち寄られたのか……」
なるほど、と兵士たちは何度かうなずく。
「まあ、それはそれとして」
「ひとまず、こちらにいらしてください」
彼らはリュシイを天幕の中に誘う。
「お疲れのところ申し訳ありませんが、今回の事件を把握したいので、少々お話を」
「あ、はい」
「男ばかりが住む仮宿ですから、汚いですが。あ、大丈夫です。指一本触れませんから、ご安心なさってください。我々も、命は惜しいので」
「はあ……」
命は惜しい? どういう意味だろう。
もしかしたら、手を出したとしたら、リュシイが彼らに危害を加えるように見えるのだろうか。
仮にそうでも、兵士である彼らに敵うわけもないのに。
「なるほど、そうかあ」
「そういうことか、なるほどねえ」
「なるほどなるほど」
なにやら納得して、何度もうなずく兵士たち。
リュシイは訳がわからずに、首を捻った。
◇
城に帰って厩舎に馬を預けていると、ジャンティが厩舎に駆け込んできた。
その姿を見ると、気分がどんよりと落ち込んでいく。
本当に、今回のことを彼にどう言えばいいのか。
「陛下! ご無事で!」
「ああ、心配させてすまない」
「本当ですよ!」
そう鼻息荒く言ったあと、ジャンティは小首を傾げた。
「……陛下。彼女は……?」
きょろきょろと辺りを見渡しながら、ジャンティが言う。
そしてオルラーフの紋章入りの馬車に目を止めた。
「あっ、馬車の中ですか」
「……馬車には、罪人を乗せている。後を頼む」
「はあ……それはもちろんですが。では、彼女は?」
覚悟を決めた。
そのまま事実を言うだけだ。
「村に帰った」
「はああー?」
ここまで素っ頓狂な声をジャンティが出したのは、聞いたことがない。
きっと、彼の人生で初、なのではないか。
もう、頭を抱えたい。
「あんな大口を叩いておいて?」
「……言うな、もう」
「いいえ、言わせてもらいます!」
「彼女が村に帰りたいと言ったのだ。仕方ないだろう」
「どうあれ今度こそ、攫ってでも手元に置いておくべきだったでしょう!」
「実際、攫うわけにもいかないだろう」
「妃にすると仰ったのは誰ですか! あれは嘘ですか! 攫わずとも説得なさってください! だから行くのを許したのに、なんですか、この結果は!」
どんどん傷を抉ってくる。
自分が蒔いた種とはいえ、さすがに堪える。
「……今回は、心から反省しているのだ。すまないが、本当にもう、言わないでくれ……」
「いや、でも!」
「私は寝る。しばらく一人にしてくれ」
結局。
逃亡、という結論しか出なくて、そそくさと厩舎を後にした。
◇
何があったか知らないが、とにかくレディオスは逃げた。
となると、残った者に聞くしかない。
彼らがジャンティの問いに答えてくれるかどうかはわからないが、それしかない。
そう思って振り向くと、親衛隊の一人が厩舎から去ることなく、すぐそこに立っていた。
これは、報告しようということだろう。
「教えてもらえるんですね?」
「ええ、我々も、話しておいたほうがいいかと思いますから」
穏やかな口調で言われて、安堵のため息をつく。
それなら話は早い。
「で、彼女は王城に戻ることを拒否したので?」
「そうです」
「陛下は彼女を説得できなかったんですか」
「ええ。まあ、いろいろ説得なさっていたようではありますが」
「が?」
「傍から聞いていると、少なくとも、女性を口説いているようには聞こえませんでしたね」
大きくため息が出た。
なんとなく、わかった。
一人は危険だとか、王城が安全だとか、そんなことしか言っていないのだ。
そうじゃない。
彼女を説得するには、そんな言葉では駄目なのだ。
どうしてそれがわからないのか。
少なくともジャンティの目には、リュシイがレディオスを意識しているように見える。
ジャンティだけではない。リュシイが王城にいる間、一番長く一緒にいたアリシアだって、そう言っていた。
レディオス次第で、彼女はこの城にやってきたはずだ。
「陛下は女性を口説いたことがあるんでしょうかね……」
ジャンティの問いに、苦笑しながら男は答えた。
「覚えがありませんね。口説かれたのは何度か聞いたことがありますが」
「やっぱり……」
額に手を当てて、ため息をつく。
自分から望まなくとも、何でも手に入った人間は、これだから。
「あなた方が陛下直属ということはわかっていますが、一つ、お願いしたい」
「我々ができることなら」
「リュシイ殿の監視。それと護衛」
すると目の前の男は小さく笑った。
「もう念のため、つけております。さて、ジャンティさまにおかれましては、期間はいつまでをお望みで?」
「彼女が、ここに帰ってくるまで」
「ほう?」
「そう長くはありません」
リュシイが城に来ない理由に、心当たりがないわけではない。
彼女は彼女で、いろいろ考えたりはしているのだろう。その意思を尊重したいとも思っていたが。
だがもう、遠慮はしない。
「王子であったころ、キルシーの姫君との縁談話はあったんですよ。当時は姫君はお生まれになったばかりだったから、陛下が即位されてその話は流れましたけどね」
「ええ」
「姫君の成長を待ったほうが早かった、なんてことになったら、もう……もう……こんな情けない話がありますか……。それに、下手したらキルシーとの国交に影響が出ますよ」
どうしてこんな愚痴を垂れ流しているのか。
けれどなぜか止まらない。
「最悪、陛下ができないなら、私がやります! まったくもう、あの人たちは! 私の仕事を増やさないでいただきたい!」
憤慨しながら、言う。
目の前の男は、にっこりと笑って返してきた。
「大丈夫ですよ」
「え?」
「大丈夫。我々は、そう思います」
男の目をじっと見る。なにを根拠にそんなことを言っているのかはわからないが、だがそれで少し落ち着いた。
「あなた方は、陛下に甘いですからね……」
「ジャンティさまほどではありません」
その言葉に、はあ、と何度目かも知れないため息をつく。
次に顔を上げたときには、目の前から男は消え失せてしまっていた。
「まあ……とりあえずは、目の前のことを片付けますか」
馬車に歩み寄ると、扉を力いっぱい開ける。
縛られたまま転がっているブレフトが、顔を上げた。
ああ、忌々しい。
八つ当たりでもなんでも構うものか。
「外患、不敬、誘拐、暴行! 覚悟しておきなさい! オルラーフは確実にあなたを切り捨てますから、逃げ道はありません!」
それだけ言うと、ブレフトの顔色が目に見えて青くなった。
これだけ重ねれば、極刑は間違いない。そのことを理解したのだろう。
そして扉を思いっ切り閉めた。
少し、すっきりした。




