表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/86

8話 専門家に相談する

『闇の……話は、よくわかりました』



 闇の竜王は意識だけを土の竜王のもとに飛ばしていた。

 闇の球体を通じ、土の竜王のいる光景が見える。


 それは深く険しい山の中――

 岩壁と同化するような、ゴツゴツしたウロコを持つ巨大な生き物が、静かに横たわっている。


 その生き物にはコケが生え、体表の上に植物が育ち、そして鳥や獣が、暮らしていた。

 竜王たちの中でも圧倒的巨大さを誇る、古老。

 自身が一つの山であるかのように雄大で、しかし優しい存在感を放つその生き物こそ、『土の竜王』なのであった。



『しかし闇の……この老骨、あなた様のご期待に、応えることはできそうもありませぬ……』

「ほう? 難しいことなど言ってはおらんと思うがな。俺はただ――『すぐに育ち腹いっぱい食べられる作物を教えろ』と言っているだけなのだが?」

『闇の竜王よ……よくお聞きください……』

「拝聴しよう」

『そんな都合のいい作物、この地上にございませぬ……』

「……」

『そも、野菜とは長き時間をかけ、大地と光と水の恵みをいっぱいに吸い込み、実をなすモノ……それをすぐに育ち腹いっぱい食べられるものを教えろなどと……怖れながらこの老骨、あなた様に「農業をなめるな」と苦言を呈さざるを得ませぬ』

「なめているつもりはないがな。しかし、貴様の言うこと、もっとも。俺の無知は認めよう」

『……ご理解、感謝いたしますぞ』

「しかし、それはそれとして、今、飢えようとしている子供がいるのは事実だ。貴様の力ならば、この世にありえぬほど都合よく作物を実らせることもできよう?」

『……』

「貴様のうそぶいた『平和』の中で! 無力にもモンスターなんぞに畑を襲われ! その年の成果物をすべてダメにされ! さりとてヒトの社会に頼ることもできず! 幼い妹を抱えながら、食に窮する成長期がいる!」

『……』

「平和! ああ、平和! 素晴らしき世の中よ! ……土の、貴様はどう思う? 俺は素晴らしすぎて笑いが止まらぬぞ! クックック……ハッハッハ……アーハッハッハ!」

『……つまり、あなた様は、たまたま知り合った、混血の子を救えと、儂にそう要求されていらっしゃるのですかな?』

「そうだ」



 闇の竜王は断固とした調子で言い放った。

 しばし、重苦しい沈黙があり――



『……闇の。あなた様のなさろうとしていることは、世の平穏を乱しかねませぬ』

「ほう? どのように?」

『あなた様は、たまたま出会った相手に同情し、その相手を助けようとしているだけ……たしかに儂の力であれば、野菜の一つや二つ、あっという間に育てることは可能でしょう。けれど、たまたま運のいい、たった一人――否、二人の女子供をえこひいきするのは、六大元素と世の理を司る竜王の振る舞いではございませぬ』

「クククク! 貴様はいつもそうだな!」

『はて、どういう意味で?』

「そのように言葉を飾り、己に大義があるかのように言う!」

『……大義は、ございましょう』

「貴様はただ、こう言えばいい。『助けない。見殺しにしろ。飢えても知らない』と」

『……』

「そのように正直な物言いであれば、俺も膝を打って貴様を賞賛しただろうよ! だが、なんだその回りくどい言い方は! ハハハハ! 竜王たる者が、大義だなんだと飾りをつけなければ、本音も言えぬか!」

『しかし、闇の……あなた様が見たような不幸な身の上の子は、この世界に大勢います。そのすべてを、そのようにひいきして、世を逆さまになさるおつもりか?』

「貴様はいつでも考えすぎだ」

『……』

「俺は、俺の目で見た者を飢えさせぬよう力を貸せとしか、言っていない。世界にあふれる飢えた子供? 世を逆さまに? 知らぬわ!」

『しかし』

「俺は不公平も不平等も否定はせぬ。ただ、俺にかかわった以上、俺が権能のすべてを駆使して庇護すべきだと考えているだけだ。なぜならば――俺に出会うということは、それだけで幸運だからだ。そのように、俺はそやつに言ってしまった」

『……』

「わかるか、土の。これは、俺のプライドの問題なのだ。世にあふれる飢えのすべてに、同情はしよう。しかし、そんなことまで知らぬわ! 俺は、俺のできる範囲でご近所の先住者に力を貸す。それだけだ」



 再び、重苦しい沈黙があった。

 それは一度目より長く続いたが――



『……わかりました。闇の竜王よ……儂の力を、貸しましょう』

「格別の感謝を」

『……しかし、あなた様のおっしゃりようですと、目につく限りの不幸な者を助け続けるように聞こえますな』

「悪いか?」

『……なんとも、言えませぬ。儂ごときでは、あなた様のなさる「果て」が、読めぬのです。あなた様は、強大な力を気ままに奮いすぎている……世にいい影響は、与えますまいよ』

「貴様は偉そうだな」

『……ええと』

「貴様は竜王を『世界』の外側――いや、上位においている様子だが、俺は違う。俺は、竜王も世界の一部と考えている」

『……』

「俺たちは世界を見守り、世界に遠慮してジッとしている必要などない。したいことがあれば、すればいい。我慢をする必要はない」

『たとえばその「したいこと」が、戦争でも、同じことをおっしゃいますかな?』

「同じことを言う」

『だからこそ、儂はあなた様を危険だと申し上げるのです』

「今のところ平和を乱しているつもりはないがな。……だが、もしも、どうしても俺が貴様の気に入らぬ行動ばかりするならば、貴様とて、俺を怖れ、俺を前にすくむ必要はないのだ」

『……と、おっしゃいますと?』

「竜王同士の戦いも面白かろう」



 ――土の竜王の体に乗っていた動物たちが、一斉に動き出す。

 鳥は逃げるように羽ばたき、獣もまた、その場から遠ざかろうと、四肢を躍動させた。


 三度目の沈黙は、比類なく重い。

 しかし――土の竜王は、あくまでも穏やかな、しわがれた声で、言う。



『……この老骨には、少々きつかろうと存じます』

「ククククク! 安心しろ! 貴様にそこまでの負担はかけぬ! ただ、貴様があまりにも面白い『たとえ話』を持ち出すもので、俺も興がのっただけのことよ!」

『あまり、年寄りをいじめんでくだされ』

「ハハハハハ! 悪かった。……貴様に力を借りたこと、俺は生涯、忘れぬぞ」

『であれば、あまり無茶をしてくださいますな』

「気を付けよう! できる範囲でな!」

『あなた様のおっしゃりようを否定するわけではございませんが……我ら強大なる力を持つモノが、普通のヒトや魔のように生きることは、そもそも無茶なのです。そのこと、ゆめゆめお忘れなきよう……』

「俺は『不可能』とか『前人未踏』とか言われると、無性に挑みたくなるタチでな」

『……この老骨の言葉は、とどかぬようですな。いずれ、実感してくださることを期待しましょう。……あなた様の願いは、たしかに聞き届けました。土へ加護をあたえましょう』

「感謝する。では、まどろみの最中、邪魔したな」

『――闇の』

「……なんだ?」

『…………あまりヒトに寄り添いすぎぬよう。傷つくのは、あなた様なのですぞ』

「残念ながら俺は闇の竜王。俺に傷をつけるのは並大抵のことではないわ!」

『……ならば、これ以上は言いますまい。それでは』

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ