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80話 水の竜王は認めない

 すっかり引き継ぎを済ませてしまって、ヴァイスは帰郷することとなった。


 神殿で権勢をふるった初代巫女ということで、引き止める者も多くあったが、ヴァイスは最後まで『故郷を捨てて便利な都会で生きていく』という選択肢を頭に浮かべることさえなく、断固として帰ることをゆずらなかった。


「あなたに声をかけるのも、おそらく、これが最後となるでしょう」


 別れ際に水の竜王からそんなようなことを言われた。


 おどろきはしたが、少し考えて、納得もした。


 気付けば闇の竜王よりも長い付き合いになった、かの存在は、神殿で崇められる神そのものだ。

 今まではヴァイスが巫女だからそばにいただけで、ヴァイスがその職分を辞すれば、次の巫女に付いて――直接かかわらないとしても――見守るのだろうというのは、想像できていいことだった。


 ……もっとも、竜王という存在はいんちき臭い能力を数多く持っているので、神殿の裏で暗躍しながら同時に集落で過ごすということも、できそうではあったが……


 そういうことはしないと、そういう宣言のつもりも、あるのだろう。


「あなたはおそらく、わたくしがもっとも長く、そしてもっとも深くかかわった、最後のヒトとなるでしょう。そのことはもちろん、栄誉なことです。わたくしの気まぐれに感謝なさい」


 ここで一回「ありがとうございます」が挟まります。


「さて、ヴァイスよ。わたくしの気まぐれ、とは言いましたが、その気まぐれは、まぎれもなく、あなたの人格あってのことです。というかあなたは、頭がおかしい」


「ええ⁉︎」


「権力を望むとあれほどはっきり宣言しておきながら、権力に溺れない。金銭を望むと堂々と述べていたくせに、金銭に沈まない。暴力はまあ、あったのでしょうが、それをふるうことはなかった」


「あ、ああ……それはその、初志を貫徹できずに申し訳ないと……」


「しかし、あなたは、すべてを手に入れたのではありませんか?」


「……」


「巫女としてわたくしから際限なく流し込まれる権力をうまく調整し、いくらでも得られたはずの金銭とのあいだにきっちりと(つつみ)を作り、暴力は集落に置いてきた」


 たぶんダンケルハイトのことを言っている。


 それはなんていうか、ヴァイスも当時はいっぱいいっぱいで、ダンケルハイトを連れていくという発想がうかばなかっただけだった。

 たしかにダンケルハイトと交わした言葉を思えば、連れてくるべきだったろうし、ダンケルハイトの方も、『連れていかないのか?』と疑問に思ってもよさそうなものだった。


 しかしダンケルハイトはダンケルハイトなので、ヴァイスが思いつかないことは思いつけない。

 こうしてダンケルハイトは本人の知らないところで、酒を得る機会をざっくり十五年ほど逸し続けたのであった……


 そのあたりのことを考えてしまったヴァイスの気まずそうな表情から察したのか、水の竜王は咳払いをして、


「すべてを得ながら、溺れなかった。残念です」


「残念、というのは……?」


「わたくしは、あなたを依存させるつもりがありました」


「……ええと」


「わたくしという後ろ盾が消えた時に困るように、権力や金銭に溺れさせるつもりがあったのです。……真の感謝とは、渇き死にそうな時の一杯の水にこそ注がれるもの……そのために、わたくしは、あなたを干上がらせようとしていたのですよ。『依存させきったあとにいったんそばから離れて姿をくらます』という方法で」


 それは、水の竜王の性格を思えば、冗談というわけではなさそうだった。


 必死に生きていたなりに安定していた十五年の生活は、実のところ、薄氷の上で踊るような年月であったらしい。


「しかし、あなたを干上がらせることは適わなかった。気付けば十五年ですよ。まったく、たった十五年などという歳月を、これほど長く感じたのは、初めてです」


「……」


「つまり、そういうことなのですよ。まあ、それだけです。では、さようなら」


「えっ? ど、どういうことですか?」


「さようなら」


 水の竜王はとびきりの笑顔で、さようならと繰り返すだけだった。


 半ば押し切られるように帰郷の()につく。

 馬車の時間もあったので、戻って問い詰めることもできないし、そもそも、水の竜王が問い詰められてあっさりと発言の解説をするとも思えない。


 故郷に――これから何度も乗り継ぐし、その近く(徒歩二日の距離)までしか行かないが――向かう馬車に揺られつつ、ヴァイスは考えて……


 そして、水の竜王が言葉にしなかったことに、思いいたった。


「……ひょっとして、私、水の竜王さんに勝った――打ち()った、っていうことなのかな……」


 たしかに、水の竜王であれば、ヒトであるヴァイスに負けたなどと、口が裂けても言わないだろう。

 そう思いいたって、ヴァイスは笑った。

 そして、『負けました』のすれすれ(・・・・)まで発言したのは、本当に、もう会わないからなのだろうなと実感して、少しだけ目頭が熱くなった。

最終話まであとわずかなので土日も更新します


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― 新着の感想 ―
[良い点] 闇の竜王の負けについての話からこう繋がったのが、すごくえもい。
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