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7話 農業を開始する

「や、闇の竜王さん……おはようございます……」

「ハハハハハハ! 来たな!」

「ヒッ!?」



 真っ白いケモミミの少女――ヴァイスは引きつったような悲鳴をあげた。

 無理もない。

 闇の竜王は、皮も肉もない、巨大な竜骨である。


 頭蓋だけでもヒト一人分ほどはある。

 そんな生き物が朝一番から哄笑しながら自分を出迎えたのだから、常人であれば悲鳴どころか失禁、あるいは失神までまぬがれぬ恐怖であろう。


 ヴァイスは可憐な容姿とおどおどとした態度からは想像もできぬほど図太い少女なので、悲鳴だけでとどまることができているのだ。

 あと、昨日一緒に過ごしたお陰で、少し闇の竜王に慣れたというのもあるだろう。



「待ちわびたぞヴァイスよ……! ククククク! 今日も一日スローライフをがんばって始めていこうではないか……!」

「は、はい、よろしくお願いします……あ、あと!」

「なんだ?」

「昨日はその、よくわからないおどろおどろしい雰囲気に呑まれて、怖くて逃げちゃいましたけど……改めて、お人形、ありがとうございます……」

「ほう、礼を言うか! この俺に! 闇の竜王たる俺に!」

「は、はい……」

「クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ! いい心がけだ! 感謝とあいさつを忘れぬことこそ、ご近所づきあいの基本……! おはようございますヴァイスさん、今日も一日がんばりましょう……!」

「は、はぃぃ!」



 深遠なる闇の宿った眼窩を向けられ、ヴァイスは耳も尻尾も逆立てた。

 並々ならぬ恐怖が彼女を襲っていることが、その逆立った白い毛からうかがえる。



「さて、では、今日はなにから始めてくれようか……!」

「ど、どうしましょう?」

「貴様、今、『どうしましょう』と言ったか?」

「は、はい、言いましたけど……」

「馬鹿者めが! 『どうしましょう』ではない! 貴様が指針を示すのだ!」

「えええ!? わ、私がですか!?」

「当たり前だろう! 俺は素人……! スローライフなどてんでわからぬ身……! 昨日も言ったが、ただのノーマルライフすら送れるか怪しき、闇の竜王! 竜骨兵の栽培以外にはなにもわからぬ、農業のビギナー! 貴様が導かねば、畑のすべてが竜骨兵育成の場と化す!」

「そ、それは困ります……」

「であろう!? ならば、貴様が俺を導くのだ……! ククク! 俺と畑を共同で使用するとは、そういうことよ! この闇の竜王を甘く見たな、愚かなるヒトよ!」



 闇の竜王は寝所から抜け出て、四肢で立ち上がる。

 寝ていてさえ大きかったその体は、陽光を背に受けてますます巨大に見えた。



「さあ、農業を始めるぞ……! すべてをこの闇で包みこみ、ここを一大農場と化してくれるわ……! クククク! 俺の育てた野菜を食いうまいうまいと涙を流すヒトどもの姿が目に浮かぶようだ……!」

「あ、あの、でも、今日はあんまりやることないんです……」

「……む?」

「作物はすべてダメになってしまったので……また、種から植え直さないといけないんですけど……時期的に、今植えても、芽が出ないので……」

「……」

「今日やるのは、荒らされた土をならすことぐらいなんですよね……」

「ふむ。芽が出ないか……芽はいつごろ出る? 明日か? 明後日か?」

「あ、あの……温かい時期にならないと……」

「それは、いつだ?」

「半年後ぐらいですかね……芽が出るのはそのぐらいで、それから育っていって、食べられるようになるまでには、一年ぐらい……」



 闇の竜王は絶句した。

 いつでも笑いの絶えない彼のいる場所が静寂に包まれることは、なかなかない。



「……ククク……やるではないか、ヴァイスよ。この俺を呆然とさせるとはな……数多の勇者どもがどれほどのことをしようが、隙一つ見せなかったこの俺を! 隙だらけにするとは! 貴様がその気ならば、今、俺に傷をつけることも可能であったぞ!」

「ご、ごめんなさい……」

「無駄に謝るな! しかし……ククク……半年……ククク……半年か……ククククク……スローライフ! ああ、あまりにスローライフ!」

「え、えっと……」

「……ところで素朴な疑問なのだが、貴様は半年間や一年間、どのように食いつなぐ気だ?」

「いちおう、保存食もありますので……あとは森の木の実などを……」

「しかし見たところ、貴様は成長期……幼い妹も抱えていよう……それでどのようにすくすくと育つ気だ?」

「それはまあ……その……贅沢が言えるような生活ではありませんから」

「笑止!」

「ヒッ!?」

「平和な世で! 贅沢が言えない! 貴様のような成長期が! ハハハハハ!」

「あ、あの、私は成長期を過ぎたと思うんですけど……」

「ほう! 昨日は怖じけて震えるばかりだった貴様が、俺に反論するか!」

「あ、その、ご、ごめんなさい!」

「いや、実にいい! 俺は君臨者ではなく近隣者……! 互いに互いの意見を遠慮なく言えるご近所付き合いを目指す者……! 怯えぬのは素晴らしいことだ! 誇れ! 胸を張れ!」

「は、はい!」

「しかし平和な世で、食べ物も満足にとれぬ子供がいるというのは、いかにもよろしくない。……ククク! しかし俺は嘆くばかりではないぞ! なぜならば俺は闇の竜王! 問題が発覚したその時には、すでに解決法を思いついている……!」

「か、解決のしようがあるんですか……?」

「俺を見くびるなよ。たしかに、俺は農業については素人……俺の司るものは『闇』ゆえに、あらゆる局面でなんの役にも立たぬ……」

「ええええ」

「しかし、俺にはコネがある……!」

「……えええええ」

「光が必要であれば、光の竜王を頼ろう! 水が必要であれば、水の竜王を見つけ出そう! 炎が必要とあらば、炎の竜王をたたき起こし! 風が必要とあらば、風の竜王を捕まえる! そして――」

「そ、そして?」

「作物関係は、おそらく土の竜王の領分であろうよ……!」



 詳しくは知らない。

 六大竜王同士は付き合いがあるものの、お互いの専門分野については、あんまり興味もないし、難しいしで、互いに干渉しないのが常である。

 だが――



「あれだけ『平和』にご執心だった老骨だ! よもや『平和な世で差別され僻地に追いやられ飢えそうになっている子供がいる』という事実を放置すまい! 俺は――土のジジイを頼るぞ!」

「頼ったら、作物が育つんですか……?」

「知らん!」

「ええええ」

「あとは任せるがいい……土の竜王になあ! クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハッハ!」



 闇の竜王の哄笑が響き渡る。

 そう、彼は行動の際に、いちいち結果など想定しない。

 できることはとりあえず試して、ダメだったら次を考えればいいのだ……!

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