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73話 神官服

「あなたの服ができました」


 水の竜王が深刻な顔で呼び出すものだから、ヴァイスはなにかと思って自分の家に戻った。

 農繁期に入ったある日の昼時。忙しい最中である。


 なもので農民魂を持つヴァイスとしては『それ、今じゃないとダメでした?』とたずねたくもあったが――


 目の前にいるのは、水の竜王であった。


 水の竜王とは六大元素の中でも『水』という、もっとも密接に人々の生活に紐づいているとも言えるものを司る存在である。


 目の前にしているのは、ただの美しい――そして全裸で髪の毛を衣服のように巻きつけているだけなので露出度の高い――プロポーションの素晴らしい女性にしか見えないのだが、これの真の姿は、竜なのである。

 その力は絶大だ。


 そして水の竜王の困ったところを一つ挙げるとするならば(いっぱいあるのでその中から一つしか挙げられないとすれば、という意味)、水の竜王は――褒めないと機嫌を損ねる。


 機嫌を損ねた上に竜王の権能をもって子供のいやがらせみたいなことを平気でするので、この竜王になにかを与えられたならば、まずは色々飲み込んで、とりあえず賛美せねばならないのだった。


「あ、ありがとうございます」


 ヴァイスは少しだけ言葉に詰まりながらもお礼を述べた。


 するとヴァイスの家だというのに自分のものであるかのようにベッドに座ってくつろぐ水の竜王は、満足げにうなずき、


「着てみてもいいですよ」


 と、ベッドに置いた衣服をぽんぽんと叩いた。


 ここまでさしたる事情の説明もなかったので、なぜいきなり服をもらえたのかがわからない。

 ヴァイスは首をかしげながらももう一度「ありがとうございます」と述べつつ、水の竜王の横にある衣服を手に取って広げてみた。


 すると、ようやく、服をもらえる理由がわかった。


「……これ、神官服ですか?」


 ヴァイスは未だ集落の外に出たことはなく、生で神官を見たことがない。

 しかし神官の出る書物や、神官たちが胸に抱くことになる教義、そして神……すなわち水の竜王を称える聖句などは叩き込まれている。


 なので、今広げた、薄い青色の丈の長いワンピースタイプのローブが、神官服だということがすぐにわかった。


 水の竜王は首をかしげている。


「あなたにわたくしから与える服が、神官服以外のもののわけがないでしょう」


 それはそうかもしれないが、もう少し説明などあると助かった。


 ヴァイスはしかしその感想を呑み込む。

 これは水の竜王の機嫌を損ねるのを恐れてのことだが、世間一般の『竜王の怒りをかうのを恐れる気持ち』とは違った。


 世間において水の竜王の機嫌を損ねれば、それは水害などが起こるという、脅威度がわりとガチめのやつだが……

 ヴァイスは機嫌を損ねていじけた水の竜王の面倒くささを知っているので、それを恐れた意味合いが強い。


 さて、そんな水の竜王が『着てみてもいいですよ』と述べたからには、それは『着替えろ』ということだが……

 ここでヴァイスはちょっと気になった。


「あの、着替えている最中、ずっとそこで見ていらっしゃる感じですか?」


「なにか問題が?」


 なんか恥ずかしい。

 だが、そのヒトの機微を理解させるのにかける苦労を思い、ヴァイスは苦笑いをしたあと、その場で着替え始めた。


 水の竜王は服を脱いだヴァイスを見て、顎に手を添えて一言つぶやく。


「…………小さい」


「へ⁉︎」


「そういえば、あなたぐらいの年齢のヒトは、もう少し背が高く、もう少し体が太いものだと思うのですが、あなたはなぜ小さいままなのですか?」


 そんなことを言われても困る。

 だが、たしかにヴァイスは小さかった――というか、数年前に闇の竜王が来たころから、体格が全然変わっていない。

 最近ではムートにさえ追いつかれそうになっているほどで、もう数年もあれば、追い越されるであろうことが容易に想像できた。

 もともと年齢に比しても小さい体だったので、これはもう、種族特性のようなものだろうなと思っている。


 その予想をヴァイスが語れば、水の竜王はさらに思い悩むようにして、


「わたくしは、あなたの成長しない様子を大変危惧しています」


「え、ええ……? なにか、悪いことでも、あるんでしょうか……?」


「あなたには、この姿のわたくしと同じぐらいの体格になってもらわないと困るのです」


「……え? なぜ?」


「巫女制度を始めようかと思っていて、その第一弾にあなたをと思っています」


「巫女制度……それは、その、いったいなにを?」


「それはこれから決めます」


 ようするに竜王によくある思いつきらしい。

 水の竜王は意外なほどに深刻な顔をして言葉を続ける。


「巫女というからには、こう、わたくしの代理人のようなことをするのでしょうが……やはり、わたくしはこのぐらいの体格が美しいと思ってこの姿をとっていますので、わたくしの巫女たるならば、こういうプロポーションでないと、ちょっと」


 とはいえ、今の水の竜王と同じプロポーションの女性など、そうそういないだろう。

 美しすぎる。胸は大きすぎて、腰はくびれすぎて、尻が豊かすぎる。

 肌が透き通るようで、髪などもうありえない感じの透明感の高い青だ。


 水の竜王の本体は水そのものらしいと聞いたことがあり、ようするに水の竜王は『望んだ姿かたちをいかようにも作れる』ということになる。

 それは粘土細工のようなもので、人体は粘土ではないので、再現しろというのは、かなり無理な話であろう。


「あの、水の竜王さん、お気持ちはありがたいのですが」ありがたくなくとも、ありがたいと述べておくのが『対・水の竜王処世術』だ。「私に巫女というのは、荷が重いかと」


「いえしかし、もう決めているので」


「はあ」


「そうですね、では、こうしましょう。合わせます」


「『合わせます』⁉︎」


「わたくしの今の体格は、ヒトの世で『美人』とされるものを参考にしたものですが……これよりは、子供のような体格が流行る世の中にすればよいのです。というか、わたくしは水の竜王。世の中の水ものすべてを司ると言えます。そして『人気は水もの』……すなわち、モードの最先端に合わせるのではなく、わたくしの通った道のあとにモードができあがるのです」


「はあ」


「世間の流行をあなたの体格に合わせます」


 壮大すぎて全然ピンとこない。


 水の竜王はこてんと首をかしげなおして、言う。


「ところでいつまで裸でいるつもりですか? 早く服を着なさい。ヒトは弱いのですから、いつまでも裸でいてはなにか悪いことが起こりますよ」


 竜王は病気などをオカルト視しているところがある。


 水の竜王が話を振ったせいで手が止まったのだが、それはもちろん言わずに、ヴァイスは着替えを再開した。


 頭からかぶるだけの衣服を身につけ、腰のあたりにベルトを巻き、付属のケープを肩からかけて、高い帽子をかぶる。


 水の竜王が中空に出した水鏡で見れば、そこには神官のような姿の自分がいた。


 が、竜王たちが『小さい、小さい』言うせいか、たしかに子供のような自分の姿が気になってしまい、神官服もどこか服に着られている感じが否めない。


「服に着られていますね」


 水の竜王はデリカシーがない。


「ふむ、しかし……よし、腰から下はもう少し裾にかけてだんだんふくらんでいく感じにしましょう。あと、袖がぶかぶかになる感じなら、むしろ袖口を大きくとって、垂れた布がぶらぶらする感じに……あと、ケープにはもう少し刺繍か、そうでなくともなにかかわいらしい感じにしましょう」


「……あの、神官服は男女共用のものだとうかがった気がするんですけど……そんなふうに改造してしまっては、男性は着れないのではないでしょうか?」


「じゃあ、共用をやめます」


 神官服男女差別化が、なにげない一言で決定した。


「いいですかヴァイスさん。服がダサい仕事は、誰もやりたがらないのです。わたくしがもっともかかわる神官という仕事は、常に万民に人気で、おしゃれで、格好よくなければなりません。なぜなら、ダサい連中が崇める神もまた、ダサいと思われてしまうからです」


「はあ……」


「上位になるほど服が格好よくなるシステムとしましょう」


 五年後、最大神官(神殿のトップ)が年齢に見合わないやたらと格好いい服を着せられて、信者たちが逆に微妙な笑顔を浮かべることになるのだが、それはまた別のお話。


「あと、わたくしを象った偶像がちょっと古いので、これも建て直しをさせましょう」


 このあと十年かけて偶像が建て直しをされることになり、神殿が経営危機に陥るのだが、それはまた別のお話だ。

 水の竜王はヒトの経済に疎い。


「ともあれあなたの神官服は仕立て直させます。脱ぎなさい」


「はあ」


「なにをしてでも来年までには間に合わせます」


 ここに約束されたデスマーチが発生したが、服のデザイナーはまだ己の運命を知らないので、『年末は実家に帰るよ』と親に手紙などしたためたりしている。


 かくして水の竜王の思いつきは瀑布となりヒトどもを巻き込もうとしているのだが、その流れの予兆を察することができる者はおらず、人々は予期せぬ発注に年末を犠牲にすることとなるのだ……


 ヴァイスが着替え終わるまでじっとその姿を見つめて、水の竜王はつぶやく。


「……着せ替えて遊ぶ用のヒトを巫女と称するのはアリですね……」


 水の竜王の中で『巫女の活動』がだんだんと現実味を帯びて組み上がっていくのが、その様子でわかった。

 その計画は現実味を帯びれば帯びるほど現実感がなく、実際に『やれ』と言われた現実に生きている大人たちが予算の捻出などで苦労することになるのだが、それは水の竜王の関知しないお話だった。


 ともあれ、ヴァイスが出立する準備は一つひとつ整っていっている。


 季節は暖かさを増していき、畑は収穫の時を目指して順調に進んでいた。


 人々は活発になって集落のそこらで楽しげな声が上がる。


 いや、集落だけではなく――

 世界のどこもかしこもが、活気にあふれ始めているのだろう。

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