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72話 いつもの

 それぞれがそれぞれの道を歩み始めようとしている。


 しかしそれは、農繁期が終わったあとの話だ。


 これから迎えるその時期では農作業が大変になる。

 ……終われば寒さが大変になり、場所によっては雪に閉ざされたりして旅が大変になるのだけれど、それはまあ来年の暖かい時期まで待ってもいいので、とにかく今は目の前の農作業ということになった。


 土を整えて、種をまき、虫や獣などから守りつつ様子を見て、芽吹き、実をつけるまで待つ。


 それはまるで……


「『ヒトを育てるのと同じだ』というコメントの気配を察しました」


 闇の竜王が整えられていく農地をながめていると、不意に、真横からそのような声がかけられた。


 振り向くまでもなく、そこにいるのは水の竜王なのだった。


 闇の竜王は骨のみの首をおっくうそうに持ち上げて、しょうがなくそちらを見た。


 すると、そこにいたのはやっぱり水の竜王で、そしてやはり、まだまだ幼い――今となってはムートらよりも幼い、少女の形態なのだった。


 水の竜王は透き通った青い髪――ただしくは髪ではなかろうが――を体に巻きつけたような姿でそこに立ち、深みのある真っ青な瞳で闇の竜王をじっと見て、


「わたくしは……陳腐な表現をそれっぽく語ろうとする気配に敏感なのです」


「フハハハハ! 嫌い!」


「嫌いと申されましても、こればかりは仕方がありません。あとは、『がんばって面白いことを言おうとする気配』『いいこと言ったぞというドヤ顔をこらえている気配』などにも敏感なのです」


「フハハハハハハハ!」


 闇の竜王は水の竜王に対する一言コメントをサボりつつ笑う。

 低く低く、地の底から聞こえてくるかのような哄笑……

 それは集落においてもっぱら『植物が元気になる』『胎教によさそう』などと恐れられている笑い声であり――

 森向こうのヒトの村においては、そろそろ慣れてきて風鳴りのような自然現象のひとつだろうとあたりをつけられている声なのだった。


「しかし『闇の』」水の竜王が畑を耕す者どもを見やりつつ口を開いた。「この勝負、わたくしの勝利では?」


「……クククク……なんの話かわからん」


「いえほら、あったでしょう? ヴァイスさんの取り合い勝負が」


 あった……

 あったか?


 闇の竜王は記憶を探る。

 しかしそこにあるのは闇!

 勝負、勝負、どうだろう、なかったと思うし、あったとして、覚えていないということはさほど真剣になにかを競っていたわけではないのだろう。

 だが、なにかの拍子にうっかり勝負と口にしたうえで、ノリに任せて大事なものを賭けた可能性までは否定できない……

 それは抜け出すことのできない闇であった。なにが事実でなにが嘘なのか判然とせず、光をあてども真実の所在のはっきりせぬ、記憶の闇……


 闇の竜王はごまかすことにした。


「クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ! ともあれ、ヴァイスは来年には旅を始めよう。ダークエルフどもも、残る者、出て行く者とわかれる。……さすがに『将来はパンになりたいなあ』などと述べる者を放り出すわけにもいかんが、きちんと自分の将来を見据えた者は、相応の道に進むであろう!」


「ええ。ヴァイスさんはわたくしを崇める宗教に帰依し、その保護を受けながら世界を旅する……『旅する』と述べるには移動範囲がせせこましい感もありますが、ともあれ、わたくしが選ばれたのです。これはわたくしの勝利とも言えます」


「つまり貴様は、なにが言いたい?」


「ふふふ……『闇の』。あなたも存外、察しが悪いようですね。いえ、存外というか、もう、あからさまに、察しが悪い。わたくしがこうしてあなたの隣に立ち、あなたと同じ方向を見ながら、あなたに言外に求めるもの……これがなにか、わからないはずがないでしょう?」


「……フハハハハ! わからん! 水の! 俺はそういう、ハッキリせぬ感じが苦手なのだ。たしかに俺は闇の竜王よ。だが、闇は黒一色! この上なくハッキリしている!」


「なるほど。わたくしに直接要求をさせるプレイなのはわかりました」


「なにかおぞましいのでその表現をやめんか」


「わたくしの要求は、いつだって、一つです」


 ここで水の竜王は、闇の竜王に視線を戻した。


 青く深い瞳でまっすぐに闇の眼窩を見上げて――


「褒めて」


「……」


「賞賛、賛美こそが、我が目的。より多くの者に! より価値ある者に! より長い期間! よりあとに世代にまで! 褒めて崇めて奉られることこそが、我が唯一の望みなのです」


「そういえば、そういうやつであったな、貴様!」


「せっかくあなたの好きな幼女姿で物言いたげに立っているというのに……あなたは本当になにも気付かない」


「フハハハハ! 俺が幼女好きという風評被害をやめんか! 俺は身の丈に合わぬ目標を抱き、それに邁進する者を好むだけよ! そうして、子供であれば、身の丈に合わぬ目標を抱き蛮勇をもってそれに挑もうとする機会が多い――以前にも告げたはずだがなあ!」


「闇の……あなたは、『社会』をわかっていない」


「ほう⁉︎ どういう意味だ?」


「あなたが、幼女好きではない。これはもちろん、わたくしは、理解しています。きっと、他の者も、理解していることでしょう」


「ふむ」


「しかし――あなたが幼女好きということにしていじった方が面白いので、あなたは永遠に幼女好きと言われ続けるのです」


「現状、貴様からしか言われておらんが」


「わたくしが、永遠に言い続けるのです。あなたがいい反応を返すまで」


「……」


「ゆくゆくは、わたくしを崇める者どもに、六大竜王のことを伝えましょう。我ら六体の超越存在そして……いずれ、今よりヒトの暮らしから隔絶し、もはや実在すら疑われるであろう……伝説となり現実から消え去るであろう、我らのことを」


「……ふん」


「その時、『闇の竜王。闇を司り、なによりも幼女を愛する』と伝えます」


「やめろ」


「すると、あなたを幼女好きと扱うのが、わたくしだけではなくなるのです」


「やめろ」


「これこそが社会性であり、ヒトという『この世に数多くはびこり、そして千年先にも存続しているであろう種族』に強い影響を与えるわたくしの力――権力、なのですよ」


「貴様はなにがしたい……?」


 純粋な疑問がこぼれた。

 水の竜王は目を伏せて微笑み、うなずき、


「ヒマつぶし」


 はた迷惑すぎた。


「『闇の』。わたくしに目的を問うなどと、どうかしていますよ。わたくしは水の竜王……そして承認欲求と退屈を司る竜王でもあります」


「それは違うだろう」


「いえ、そうなのです。水とは……まあその、承認欲求と退屈を司ります」


 ロジックが思い浮かばなかったらしかった。

 竜王たちがおのおのの属性に紐付けてなにかを語る時、それはたいてい思いつきとこじつけだが、思いつきとこじつけにも限度はあるのだ。


「闇の。そういうわけで、ヴァイスさんの取り合いに勝利したわたくしを賞賛なさい。さもなくば、あなたが幼女好きで幼女を集めて闇となった者と後世に伝わりますよ」


「この俺に脅迫とはな! フハハハハ! 俺も長く生きたが、よもやこの俺も『幼女好きとして後世に伝えられたくなければ褒めろ』などと脅されるとは想像だにしなかったぞ! ……だがな、水の竜王よ。そうして脅迫をされると、逆らいたくなるのがこの俺。貴様が卑劣な搦手を使うならば、俺は真正面からそれに抗するぞ」


「ふふふ……いいのですか? ここまでされて、わたくしを褒めないとなると……わたくしは、ここで、だだをこねますが?」


「なに……?」


「そのへんに寝転がって、手足をじたばたさせながら、『褒めて褒めて』と声をあげます。あなたは、耐えきれますか……?」


「クククク……! 貴様がだだをこねたところで俺はなんとも思わんわ!」


「本当に? いい年齢の竜王……己と同じ超越存在が、年甲斐もなく幼女の姿で、人前で駄々をこねる姿に、本当に耐えきれますか?」


「……」


 そうやってまとめられるとキツい。


「クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ!」


 闇の竜王は笑う。

 笑うしかないから笑う。


 そして、笑っているだけで褒めないので水の竜王は駄々をこねる体勢に入る。


 ――そんな竜王たちをながめて――


「相変わらずだなあ」


 ダンケルハイトがつぶやいて、


「……そうですね」


 ヴァイスが、答えた。


 ……農繁期が始まる。


 それは何年か繰り返されたいつもの光景だった。


 それは――

 まさか自分から変えていくとは思わなかった、不変のはずの、景色だった。

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