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6話 新居に友達が遊びに来た

「ククククク……ハハハハハハ……ハァーハッハッハ!」



 闇の竜王が哄笑する。

 その声は無気味に残響し、真夜中の世界をどこまでもどこまでも駆けていく。


 闇の竜王はこのようによく笑う。

 しかし、真夜中の世界に響き渡るその笑い声の正体を知る者は、あまりにも少ない。


 そのお陰で、この笑い声について世界中で『無気味な風鳴り』『心霊現象の前触れ』『不幸の先触れ』『誰かの死を告げる死神の声』などと様々な憶測を呼んでいるが――

 真実は、闇の竜王が楽しくて爆笑しているだけなのである。



「ついに、俺の家が完成したようだな……」

「いちばん、もくざいをきりました!」

「にばん、もくざいをけずりました!」

「さんばーん、もくざいをくみました!」

「よんばん、しっけにつよくなるように、とりょうをぬりました!」

「ごばん、みんなをおうえんしました!」

「竜骨兵ども、よくやった……! 褒美に俺の骨の欠片をやろう! 夢中になって遊ぶがいい! 木の実を口いっぱいにほおばるリスのように、脇目も振らずになあ!」

「「「「「わーい!」」」」」



 肋骨をちぎって投げると、竜骨兵たちがそれに群がっていく。

 闇の竜王は我が子を見守る母親のような深淵の闇を宿したまなざしで、竜骨兵たちの様子を優しくながめた。


 改めて『家』を見る。

 それは畑のすぐそば、樹が切り出されたことにより空いたスペースに立てられた、壁のない簡素な建造物だ。


 盛り土の上に床を作り、四つの柱の上に屋根を乗せただけというようなものである。

 家というよりは、祭壇か休憩所といった趣だ。

 闇の竜王の巨体では、体を丸めなければはみだしてしまうぐらいの面積しかない。



「クククク……! 狭い……! 天井が低い……! 壁がなく、横殴りの雨でも降ろうものならば、雨露しのぐことかなわんだろう……! だが、いい! この狭さ、落ち着く……! スローライフのスタート地点としては、必要充分……!」



 ここが新たなる彼の神殿。

 あまり簡素。あまりに質素。しかし――だからこそ、『ここから始まるのだ』という気分が否応なしに高まってくる。



「ハァーハッハッハ! ハァーハッハッハ!」



 彼が超楽しいから笑っていると――

 ふと、暗澹たる夜の暗闇の中に、光が差した。


 かがり火などではない。

 火事になっては危ないので、ヴァイスが家に帰ったあと、闇の竜王はかがり火を消している――闇を司る彼は、暗闇でも視界に困ることはないのだ。

 では、この光は――朝日のように優しく、暗い世界に染み渡る、この光の正体は?



「――闇の竜王よ」



 頭上から声がして、闇の竜王は長い首を持ち上げた。

 見えたのは――光。

 真っ白な光の球体が、空よりゆったりと地上に降りてくるという、光景であった。


 不可解極まる現象だが、闇の竜王は慌てない。

 フッと皮のない口元を器用に笑ませ、言う。



「貴様か、『光の』」



 光の球体は、闇の竜王の正面、顔の高さほどの場所で止まった。

 そして――球体から、落ち着いた男性の声が聞こえてくる。



「『闇の』……私は――君が新居を構えた気配を感じ、遊びに来た」



 声は、あたりに静かに、そして荘厳に響いた。

 聞くだけで悪人は改心し、善人はますますその善性を強めるような、神々しい声である。



「さすが情報が早いな、光の。だてに世界をくまなく照らしておらんようだ」

「そう、私は情報の収集が生きがい……あらゆる情報を閲覧し、巡回することこそ、世をあまねく照らす光たる私の、主な活動。光がすべてを教えてくれる……まさに光ネットワーク」

「ふん、あいかわらずもったいをつけたしゃべり方を。……だが、新居の落成に駆けつけてくれたことは感謝しよう。友よ――貴様を招く場所もない狭い家ではあるが、歓迎しよう。盛大にな」



 闇の竜王がそう言うと、骨の欠片で遊んでいた竜骨兵たちが一斉に動き出す。

 そうして彼らはおのおのの得意とする音楽を奏で始めた。

 あたりには重苦しい旋律が響き、聞く者の正気を揺るがすような音が、世界を包む。



「それにしても光の、相変わらず本体は神殿の中か?」

「……意識だけを飛ばしてのあいさつ、すまないとは思う。しかし、私は神殿を離れるわけにはいかないのだ。私が外に出るには、足りぬものがある。それは、勇気だ」

「まあいい。貴様はいつもそうだ。人前では緊張して声も出せぬような引っ込み思案。それがこのような光なき真夜中に意識だけでも飛ばすのだから、その友情のあつさに感謝すべきであろうな」

「ああ、そうだ、友よ。引っ越し祝いを持参した。納めてくれ」



 光の中から、なにかがゆったりと出てくる。

 それは深紅の液体が入った瓶と、黄金の坏であった。



「ほう、酒か。しかも、かなりの上物と見える」

「この酒は、私が酒造にハマっていたころ作ったものだ。千年ほど前だったか……その時より熟成させてある逸品だよ」

「ほう、なかなか。ではこちらからは、ボアのレバーペーストを進呈しよう。俺の竜骨兵の内臓を混ぜる技術はなかなかのものだぞ……! ククククク!」

「ありがたく……私は酒は飲めないが、ツマミは好きだからね……」

「ハハハハ! 酒を飲めぬ竜など、他の四大竜王にはもちろん、上位竜から下位竜まで見回したところで、誰もおるまいよ!」

「飲めないものは飲めないのだから、仕方ない。それに君とて、酒を飲めないだろう」

「そうだな、仕方ない! 俺は口に入れたそばからこぼれてしまうゆえにな! しかし、この酒はありがたく俺がもらおう! さあ、酒盛りだ!」



 闇の竜王の号令とともに、竜骨兵たちが音楽をかなでながら酒やツマミを給仕する。

 とはいえ、酒は黄金の器に注がれただけで誰にも飲まれないし、ツマミは光の球体に吸い込まれて消えたので、給仕は最初の一回だけで終わった。



「それにしても、闇の。君はすごいな」

「なんだいきなり」

「いや、見事な行動力だと思ってね……君はいつだって、まずは行動する。今回の『スローライフ』もそうだけれど、思い立ったら、もう行動している。……だからこそなにをするかが読めず、みな、君の行動を注視せずにはいられない」

「クククク……俺は落ち着きのないタチでな。貴様の慎重さの、百分の一でも俺に備わっていればと思うこともあるわ」

「君がスローライフをすると言った時は、どのような無茶な結果になるかと、竜王みなで困惑し、警戒し、脅威を覚えたわけだが……今のところ、平和にやれているようで安心したよ」

「……『土の』に言われて、俺を監視に来たか?」

「いや。……君の行動がどんな結果をもたらすか、君自身にもわかっていないところがあるだろう?」

「あるな」

「それを、みな、怖れているのだ。『炎の』は、君の性質を読めずに君との接し方を迷っている様子だし……『水の』は、君の行動が世にあたえる影響を憂えている様子だ。『風の』なんかは楽しんでいるようだが……『土の』は、なるべくなら、君には大人しくしていてほしいと考えているだろうね」

「光の、貴様はどうだ?」

「私は――私はおどろき、それから、興味深く思い……あとは少し、憧れる」

「憧れ? 光が、闇に、憧れと言ったか? ……ハハハハハハ! おかしなこともあったものだ!」

「おかしくはないさ。たしかに世には、光を評価する者の方が多いかもしれない。しかし、生き物が光をありがたがるのは、闇の恐怖を知っているからだ。闇なくして光はない……私は常々そう思っているよ」

「ふん。よせよせ、本当のことでも改めて言われるとこそばゆい。……しかしな、『憧れ』とは。俺にはわからん感情だ」

「……どうしてかな?」

「憧れるぐらいならば、行動すればよかろう」

「……」

「憧れ。憧れとはなんだ? 憧れとは『こうなりたい』という気持ちではないか? ならば、なればいい! 目標があるならば、邁進するだけでいい。なりたい姿を示す誰かがいるならば、その者のようにふるまえばいい」

「……それが簡単にできる者と、できない者がいる」

「そのようだな。俺には理解できぬが、理解できることこそ、世には少ない。だから俺は行動をするのだ。かつて、俺と対峙した馬鹿なニンゲンが語った『理想の隠居生活』――『スローライフ』が本当によきものであるか、たしかめずにはいられなかった! なかなか『平和』がおとずれず、たしかめるまでずいぶん待たされたがな」



 会話が途切れ、あたりには心の奥底をひっかくような、名状しがたい音楽だけが響き続ける。

 竜骨兵たちがチラチラと『もういいの? もう音楽やめた方がいい?』とでも言いたげに、光と闇の竜王をうかがっている。



「――闇の。私は、少し調べたいことができたよ」

「そうか。ではな、光の。引っ越し祝いの酒は、ご近所さんにでもふるまってみよう」

「ああ、自由にしてくれ。……では、闇の。もしかしたら――近々、また来ることになるかもしれないね」



 最後にそのような音声を発し――

 光の球体は、唐突に、フッとかき消えた。



「ふん。……馬鹿者め。そういう思わせぶりなしゃべり方ばかりするから、周囲のものに過剰な期待を寄せられ、人前で下手にしゃべれなくなるのだ」



 なんとなく寂しげにつぶやき、闇の竜王は首をおろした。

 眠るような姿勢。

 だけれど、彼は眠ることはない。

 深遠なる闇を宿した眼窩で、彼は夜の世界を眺め続けた。

 いつか来る光を待つように――ずっと、静かに。

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