63話 ダークエルフたちの夜
「いやでもさあ、ものすごい釘の刺され方じゃなかった? あたしの信頼がなさすぎでは?」
ダークエルフ宿舎……
そこはひなびた集落の一角にぽつんとある巨大な木造の箱だ。
すでに集落生活も長いために何度か改築の機会はあって、たとえば先住者ヴァイスの家などは実際に改築されているのだが、ダークエルフたちの大雑把さゆえに、ここは建てた当初のままである。
そのためにその一軒は廃屋の気配が色濃くにじみ出ていた。
ボロくなった壁、湿気で腐った床。
天井の穴には木の枝を刺しこんでごまかしているがそんなもので雨をしのげるわけがなく、寒い時期には外より寒いし、暑い時期には外より暑い。おまけに虫がわき衛生的でもない。
あまりにもひどいありさまなので時おり集落をあげての大掃除が行われる。
極度に物がない空間なので(酒樽などしかない)掃除自体は楽なもので、そのたび少しばかり綺麗になるのだが、住んでいる者がアレなので、すぐにまた廃屋の雰囲気を濃くするという、集落で一番幽霊が出そうなスポットが、このダークエルフ宿舎であった。
また、十五名の男ダークエルフと一名の女ダークエルフ、しかも全員いい歳してるというありさまの十六名が同居しているが、中には仕切りも壁もない。
もちろんきっちりと部屋わけをするチャンスはあったけれど、それもまた、面倒がってやらなかったわけである。
そんなダークエルフ宿舎で毎晩恒例になった酒盛り会が行われており、そこでは、全員で車座になって少ない酒を大事そうにちびちび飲みつつ、愚痴を言い合ったりするのだった。
彼女らが集落に戻ってきてから始めた酒造は、実を結んでいなかった。
なので、働くともらえる『りゅうおうメダル』で、闇の竜王の蔵にある酒を出してもらっているのが現状である。
さて、今の話題は、先の闇の竜王の発言だ。
ダンケルハイトもいくらかの話題共有はした。
しかし、闇の竜王はもとより声が大きい……それゆえに共有されるまでもなく、ダークエルフは話の顛末をだいたい知っているのだった。
「そもそもさあ、あたしは放逐されなかったら、酒浸りになることもなく闇の竜王様にお仕えし続けたんだよ。今だってまじめにやってるじゃん? あたしは、今まで通り、これからもずっと、闇の竜王様についていく……考えるまでもない。それが、あたしの一生だ」
ここで普段であれば、「さすが姐さん!」「俺も闇の竜王様についていくよ!」と盛り上がるところなのだが……
そういった声は、半数ほどからしか上がらなかった。
残りの半数のダークエルフたちは、酒杯を片手に、じっと床をながめ、押し黙っている。
きょうだい同然に育った部下たちの様子には、さすがのダンケルハイトも違和感を覚えたようで、
「どうしたんだよお前ら?」
問いかけた。
すると、押し黙っていたダークエルフのうち一人が、決意したように口を開く。
「姐さん、俺、ずっと思ってたことがあるんだよ」
「なんだよ、あらたまって……」
「そろそろ、俺、この部隊を抜けようかと思ってる」
ダンケルハイトは一瞬、なにを言われたかわからなかった。
言葉の意味がわかったあと、動揺をあらわにして、
「い、いや、ええ……? 抜ける? 抜けるって……そもそも、あたしたち、抜けるとか、おさまるとか、そういう感じだったか? なんかこう、おんなじ肉体の一部っていうか、そういうものじゃん?」
「姐さんがショック受けるかなと思って言えなかったんだけど……俺……頭がいいんだよ」
「どこかのボアみたいなこと言うな、お前⁉︎」
ちなみに、この集落で一番最初に『近隣にヒトが越してきた』ことに気付いたボアであるが、見事、闇の竜王への御目通りが叶った。
そうして事情を伝えた結果、先の会議が発生したわけである。
ただ、事情を伝えたボアは急に走り出してしまい、その後、行方不明だ。
おそらく直進と左折を繰り返しながら家族のもとへ帰ったのだろうということにしている。
頭のいいダークエルフはうなずいて、
「だからなんていうか……たしかに、筋肉はあるよ。でもさ、俺は……そろそろ、ヘソを隠す年齢かなと思ってたんだ」
ダークエルフたちの中に、ヘソが隠れた者は一人もいなかった。
制服とかではない。
ただ、中心人物であるダンケルハイトが、ヘソを出しており、袖さえなく、ふともも剥き出しの服装をしていて、それを誇っていて、なおかつ寒がっているような服装を『軟弱』扱いするので、みんな、袖やヘソあたりの布がなかっただけだ。
本当は――
冬とか、寒かった。
「俺、ヘソを隠して、都会で生きていこうと……そう思ってるんだ」
ヘソを隠す、というのは、この集団の中においてのみ、『武器を放して』とか『戦いをやめて』とか『肉体労働をせずに頭脳労働をして』とか、そういった意味を持つ言葉であった。
そうして頭のいいダークエルフの発言を皮切りに、他のダークエルフも次々に心情を吐露していく。
「オレ、実は戦時中にちょっといい関係になった子がいて……その子の故郷に身を寄せようと思う。まあ、あっちはもうオレのことなんか忘れてるかもしれないけど」
「僕は猫に囲まれて暮らしたいな」
「ぼくは冒険者になる」
「学校の先生になりたいなあ」
「パンになりたい」
口々に夢を語る彼らは、もはや『ダークエルフども』と一言でまとめていい群体ではなかった。
それぞれに意思や思考を持つ『個人』なのだ。
そういった騒ぎがひとしきりおさまったあと、頭のいいダークエルフは、ダンケルハイトに向けて言う。
「たぶん、闇の竜王様が俺たちに求めてたのって、こういうことなんじゃないのかなあ」
「どういうことだよ」
ダンケルハイトはちょっとだけ、むっとしていた。
……それは、わかっているから、かもしれない。
いつまでも今のまま、『闇の竜王様に一生を捧げます!』と、かの存在の後ろ姿を追うだけの生活は――
――かの存在の後ろ姿を追いながら、何一つ自分では決めず、だらだらしたり、ごろごろしたり、酒浸りになったり、やりたくないことはやらなかったり、なんだかんだ言って闇の竜王様は困ったらどうにかしてくれるなどと思ったり、そういうことをするだけの生活は――
きっと、望まれていないのだと。
ダンケルハイトも、頭の中ではわかっていたから、つい、不機嫌さが顔ににじんでしまったのだろう。
……だから、不機嫌さを顔ににじませつつも、覚悟はあった。
『それぞれの目標を持って、生きていくことなんじゃないかなあ』
……いつも一緒にいるのが当たり前だった自分たちが、わかれて、それぞれの道を歩むのを求められているのだと。
そういう、闇の竜王の願望を、代弁されるのを、覚悟し、耳をかたむける。
頭のいいダークエルフは、言った。
「ほら、姐さん、俺らがそばにいると、俺らのこと言い訳にして、怠けるから……」
「……」
「姐さんが言い訳できない状況にするのを闇の竜王様も願ってたんじゃないかなって思ってさ」
「思ってた通りなんだけど、思ってたのと少し違う……!」
意味合い? ニュアンス?
なにかこう、もうちょっと、配慮みたいなものがあってもいいと思うのですが。
「いやでもさあ、姐さん、ほんと……言い訳があると、すぐ、そっちに逃げるから……やっぱ姐さんを独り立ちさせるには言い訳をつぶさないと……」
「克己心がないもんな……」
「暴力以外でなにかを解決したことがない女だものな……」
「サボる時だけ知能が十倍になるしな」
「『言い訳道』があったら一瞬で師範になれるよ」
「お前らなー!」
ダンケルハイトは怒鳴った。
しかし、もはやその声に怯えて発言を止める者は誰もいなかった。




