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61話 頭のいい話

 ボアといえば農家のあいだでは有名な害獣で、作物も飼育している動物も、そして時にはヒトさえも食べると言われている生き物だ。


 見かけたら即座に殺すべきこれだけのデメリットを負った獣を、しかしヒトはすぐに殺すということをまずしない。


 それは、ボア自身が並の農夫では徒党を組んだところでどうにもならないほど強い生き物であることと、その生物が群れで行動することが理由だった。


 群れの巣穴がわかればまだやりようもあるのだが、ボアの巣穴など『迷宮(ダンジョン)』と呼ばれるほど入り組んでいて広いものであり、その中にもぐってすべてのボアを殺し尽くすなど、まず不可能とされていた。


 ところで。


 闇の竜王が(いま)す集落において、年少組には定まった役割というものがない。


 いちおう、石窯を作ったのが年少三名ということで、それの維持・管理の役割を負っていた。

 しかし、昼時など一気にご飯を作る時にはその時々の料理当番が石窯を使い、きれいにして返すので維持・管理に手間もなく、結果として、それは『定職』たりえなかったのだ。


 また、大人たちの手伝いをするにも力不足(腕力・体力の不足というそのままの意味)の感が否めず……


 なにより、子供たちは『自分にしかできない重要な仕事』を欲していた。


 その結果、ムート、ニヒツ、クラールの三名は、集落のまわりを探検することが増えていた。


 それはまだ子供と呼べる年齢から出ていない彼女らにとっては、ちょっとした大冒険であった。


 その年少組の中心人物はもっとも先にこの土地にいたムートで、そのムートにくっついて翼の生えた双子の女の子の方であるニヒツが行動し、ニヒツを心配しておどおどしながらクラールがついてくる――というものだ。


 だから、クラールはいつでも、三人のストッパー役となる。


「こ、ここから先は……りゅうおう様に『行っちゃダメ』って言われてるよ」


 クラールはまだ幼いにしても中性的すぎる顔立ちをした少年だった。

 肉体年齢的にはまだ十歳かそこらだろう。

 ほとんど女の子と変わらない容姿に、妹よりいくぶん華奢な体つきをした彼は、三人の中でもっとも可憐に見えた。

 金髪碧眼の美少年。

 その美少年具合は、集落のダークエルフたちをして『やばい』『目覚める』と評判であった。


「うっさいバーカ」


 その兄の申し出を死んだ表情で一蹴するのは、妹のニヒツだ。


 翼の生えた双子の片割れ――という認識をされているのだが、自立心が強いニヒツは、兄といっしょくたにされるのを好まない。

 表情筋はさほど発達しなかったが、代わりに兄よりもかなり猛々しい光を宿すにいたった碧眼は、大人でさえ射すくめるほどの強さがあった。


「ニヒツはむっちゃんと行くんだい。よわむしクラールは帰れー帰れー」


 ……なお、ニヒツがここまでルール無用の罵詈雑言を放つ相手はクラールだけなので、ある意味でこれも信頼の現れとは言えるだろう。

 もっとも、言われている方はいつも泣きそうになっているけれど……


「……むうー」


 奇妙な鳴き声をあげながら、両手をついて地面を観察している少女が、ムートだ。


 真っ白い髪に真っ白すぎる肌。

 獣のような耳としっぽが生えていて、しかし、そこに加え、額には小さなツノが一つ生えている。


 ざっくり『亜人』と呼ばれる人種であり、人も魔も問わず複数の『純粋種』の特徴を持つ彼女は、この集落に来た当初に比べると背が伸び、体にも肉がつき、それからちょっと傷が増えた。


 ムートがうなりながら地面を見続けているので、双子のケンカ(と呼ぶには一方的な罵倒)も自然とおさまり、双子の視線がそちらに向いている。


 ムートはさらに地面を観察し、そして、スクッと立ち上がった。


ぼあ(・・)だ!」


 双子が首をかしげる。


 ムートはそちらを振り返り、


「この先、ボアがいる。まちがいない。これは、ボアの足跡……でも、おかしい」


 双子が視線を交わして、それから、ニヒツが口を開いた。


「おかしい?」


「ボアがいるのは、こっちじゃない。まえにボアと交渉した時……」


「『ボアと交渉した時』」


 ニヒツはボアという生き物についての知識を持っている。

 なので、それと交渉というのがありえないことだというのがわかっていた。


 だが、ニヒツには、彼女の高い知性をにぶらせるある致命的な欠点がある。

 それは、ムートの言動を全肯定してしまうという欠点だ。


 ありえない。

 でも、ムートが言うなら、そうなのだろう。


 ニヒツはこうやって知性にフタをすることが多い。


 ムートはうなずいて、


「ボアと交渉したとき、こっちには来なかった。つまり、新しいボアがいる……」


「むっちゃんさすが。名探偵」


 ニヒツが拍手をした。


 太鼓持ちになっている妹に指摘をするのは、クラールの役目だ。


「ボアは、危ないよ……帰って大人の人に相談しようよ……」


 ニヒツがクラールをにらんだ。

 しかし、ニヒツもまだムートの方針を聞いてないので、兄を罵倒できない――もしもムートが兄と同意見だったら困るからだ。


 そして、案の定……


「これは大発見だ。さっそくお姉ちゃんに言おう」


「ニヒツもそうすべきと思っていた」


「……ニヒツ……」


 クラールがあきれたように妹の名を呼んだが、消え入りそうな声だったので無視された。


 そうして子供たちは節度を守った冒険のすえ、集落にとって未知だった危険を見つけ出し、これを報告するため、来た道を戻ろうとした。


 しかし――


 その時、彼女らの背後で茂みがガサガサと動いた。


 振り返れば、すぐそこには、ボアがいる。


 まっくろくて、硬そうな毛で全身を覆った四足歩行の獣だ。

 長い鼻先がフゴフゴ動き、口の左右からは立派な反り返った長くて太い牙が生えている。


 一見すると短足で小さくも見えるその生き物だが、しかし、四つ足をついた状態でさえ、ムートたちよりも大きい。


ぬし(・・)だ……!」


 ムートはかつての記憶から、そのボアを主クラスだと判断した。


「むっちゃん、逃げなきゃ」


「ぼ、ぼ、僕が、お、おとりに……」


 子供たちがそんなふうに混乱していると――


「――待ってほしい」


 ボアが、しゃべった。


 しゃべる牛とかしゃべるボアとかしゃべる骨とかに慣れている面々ではあったが、さすがになんでもかんでもしゃべるとは思っていなかったので、その発言には虚を突かれる。


 ボアは青年のような声で続ける。


「オレはかつて、闇の竜王様と交渉し、この地に住まうことを許されたボアの、子にあたる」


「…………⁉︎ つ、つまり……?」


 ムートが代表して問いかけた。

 ボアは理性を宿した瞳をムートに向けてうなずき、


「オレは、頭がいいボアだ」


「……頭がいい!」


「あの時、闇の竜王様の骨粉がこぼれた土を舐めてしまってから、ずっとこの調子だ……父は元に戻ったが、オレだけは、ずっと、頭がいい……」


「……戻りたいということ?」


「いや。頭がいいのはいいことだ。……そうではなく……オレは頭がいいので、この集落に迫る危機を察知し、伝えに来た」


「どうして、こんな、はじっこに? 大人とかたくさんいる場所、通り過ぎてる気がする」


「頭はいいが、右折はできない」


「なるほど……!」


「左折を駆使してようやくここまで来たというわけさ。……そういうわけで、闇の竜王様に取り次いでくれ。このままでは、大変なことになる」


「でも、右折はできない……ムートたちが代わりに伝えた方が早くない?」


「しかし、お前ら、オレより頭がよくなさそうだしな……」


「そうかもしれない……」


「だがまあ、走り出さなきゃなにも始まらん。言うだけ言ってみるか。あのな、この集落に迫る危機というのは、なんていうか、危機だろうか、本当にこれは? まあいい。頭がいいと話が逸れて大変だ」


「ほんとにそう思う」


「近場に人間たちが村を作り始めてる」


「……?」


 ムートは、それのなにが危機なのかわからないように、ムートはボアを見た。


 その後ろでニヒツがすっと目を細め――

 クラールがまだ『ボアがしゃべった』という事態に混乱していた。

今週投稿分は以上

次回投稿は11月30日(月)20時ごろ

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