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56話 闇はすべてを知っている

 闇の竜王には交渉術がある。


 それは『最初にふっかけることで、相手が値切ってきてもいいようにする』という、ほとんど恫喝のような交渉術ではあった。

 これは単純だが、多くの場合、効果を発揮した。


 つまり、闇の竜王は、土の竜王に対し、このような要求をしたのである。


『決して病気にならず、枯れず、一房植えれば一面が金色に染まり、もちろん味もよく、加工も簡単で、世話をしなくとも実りを迎えるような、麦をくれ』


 通るわけがなかった。


 存在しませぬ、とはっきり言われたわけだ。


 ――だが、こうやってふっかけたおかげで、普通の麦をいくらか得ることができたのだから、なかなかの交渉術だと言えるかもしれない。

 あるいは土の竜王がチョロい。


 ただし、土の竜王はこう言い添えた。


『麦の種を蒔くには、すでに時期が遅いでしょうな』


 どうにも麦はもう少しだけ寒くない時期に蒔いて、翌年の暑い時期に実るらしい。


 なので闇の竜王がもらったのは、種ではなく、麦だった。


 そして土の竜王より得た麦を目の前にして、闇の竜王は笑う。


「フハハハハ! ――さあ、ここからどうすればパンになる⁉︎」


 麦を前に呆然とたたずむ集落の者ども!

 そう、誰も、麦からパンを作ったことなどないのである!


 唯一文明圏にいたリザードマンハーフのルージュもまた、パンはパン屋で買うタイプだったので、パンの作り方などは知らない。


 なので集落の全員(ダンケルハイトと何人かのダークエルフは酒造り研修でいない)が山のように積まれた麦を目の前に立ち尽くし、気づけばもう夕刻となっていた。


「……新しいことを始めようとすると、足りない知識と、知識を得る手段の乏しさに、打ちのめされますね」


 ヴァイスがつぶやくように述べた。


 彼女の真っ白い獣耳はへたれて、モフモフしたしっぽはだらりと落ちている。


 二年前から大きく体格の変わっていない彼女だが、その内面においては当時と比べるべくもなく成長している。

 だが、ヒトの常なのか、成長し、新しいことを始めようとするたび、壁にぶちあたり、こうして打ちひしがれる。

 そして成長を重ねれば重ねるほどにぶつかる壁は分厚く、硬く、高くなるのだろう。


 しかし、ヴァイスは壁に立ち向かうことをやめないようだった。


 麦を前になにやら考え込んでいるのが、その青みがかった灰色の瞳の真剣さから伝わってくる。


 ダンケルハイトにもあった、こんな時期。


 今でこそあんなんだが、かつてのダンケルハイトもさまざまな壁にぶち当たり、それをどうにか超えてやろうと奮起していた時代がたしかにあったのだ。


 思い返してみれば、ダンケルハイトが情熱をかたむけていたのは、たいてい『暴力』『労力削減』に偏っていたように思えるが……


 とにかく、こういう目をしている者のやる気を削ぐようなことがあってはならないと闇の竜王は認識している。


 最初から超越している竜王と違い、ヒトにとって『やる気』というのは非常に重要だ。

 竜王はモチベーションによる増減なく持てる権能を奮うことができる。

 しかしヒトは、モチベーションによって能力そのものの増減がある。


 ゆえに、闇の竜王はヴァイスの行動をじっと待つことにした。


 笑うのもこらえて、彼女が言葉か、動きを発するまで、待つ。


 そして――


「闇の竜王さん」


「ククク……俺になにを求める?」


「りゅうおうメダルと交換で、パンの作り方が載ってる本をいただけませんか? それがなければ資料でも」


「…………」


 闇の竜王の蔵にはさまざまなものがある。

 それは貴重なものからガラクタまでを収納した古今東西あらゆる物の集う闇鍋……闇!

 その中には『石窯の作り方』などの書物も存在する。


 必ずしもこの世界のものばかりがあるわけではない闇の竜王の蔵には、この世界において『本』というかたちでまとまっていないものさえ、書籍として収納されていた。


 つまり……パン作りの本も、ある!


「ククククク……!」


 闇の竜王は骨を震わせて笑う。


 そう、闇の竜王は想像していた……


 パン作りの経験のない集落の者たち。

 唐突に降ってわいた麦。

 立ち尽くす人々は困惑していた。これだけの麦が目の前にあっても、その麦をパンに変える方法がわからないからである。


 ならば――ここが、創意工夫(スローライフ)ポイントだ。


 初めて行うことを手探りでやっていき、失敗しつつも試行錯誤でどうにか完成にこぎつける……

 そういった行為こそがスローライフだと、闇の竜王は思っていた。


 しかし……本!


 そう、りゅうおうメダルというものがここにはあり、ヴァイスは無駄遣いもせずそれをためこみ、なおかつりゅうおうメダルの交換レートはすでに設定されており、目録も作成されている。


 つまり、交換を断る理由がなんにもない!


 闇の竜王は自他ともに認める気まぐれな竜王である。

 だが、理不尽な竜王ではない。


 すでにレートが設定され、目録に記され、交換に充分なメダルがあるならば、『いや、だめだ!』とは言わないのである。


「クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ!」


 闇の竜王の笑い声が響き渡る。


 そう、この集落は文明から隔絶した場所にあるけれど――

 ある意味で、どこの都会よりも情報へのアクセスが簡単!


 ここには闇があるのだ。

 すべての知識の眠る、深淵なる暗闇が……


 ――わざわざ外に行って、なにかを学んでくる理由もないほどに、要求すれば、色々な知識が出てくるのだ。


 なあ、そうだろう……?


 水の竜王のコネで酒造を学ばされに行った、ダンケルハイト……

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― 新着の感想 ―
[一言] いや、まぁネットがあれば酒造りできるわけじゃないし本職の下で学べるのならそっちのほうがいいのでは?
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