54話 酒、飲まずにはいられない。
石窯ができたのでうまいものを作りたいがなににしようアンケート。
集計の結果、実に集落に住まう人の過半数の票を得て――
『酒』が一位になりました。
「クックック……ハッハッハ……ハァ……」
闇の竜王の哄笑が響き渡らない!
夕暮れ時の集落はめっきり寒くなっていて、もはや一年の終わりがすぐそこまで迫っていることが否応なく感じられる。
さる筋からの情報によると農閑期や年末年始は『祭り』を行い盛大に祝うのが農村の常識だという。
たしかに、ヒトにとって一年というのは長く、脆弱なるそれら生命にとって『一年生きられた』というのは祝うべき奇跡なのだろう。
闇の竜王はヒトをはるかに超えた上位種、超越存在である。
が、闇の竜王が司るのは――闇。
それはヒトにとって黒一色の空間である。
闇に飲み込まれたものはみな、元の色やかたちがなんであれ、奥行きも大きさも色もわからぬ『黒』に染め上げられる。
だが、闇を司る者からすれば、その光景は決して黒一色ではない――あらゆる価値観を内包し、それらすべての姿形を捉えることができるのだ。
すなわち闇は様々な価値観に対応する度量を表しているとも言える。
ゆえに、あらゆる意見を『それはだめだ』と頭ごなしに否定したりはしないのだ……!
でも!
「ダンケルハイト、ここに」
「はっ」
めちゃくちゃニコニコしているダンケルハイトが、闇の竜王の眼前にひざまづく。
袖も裾もないヘソ出しの服をまとった褐色肌の美女は、ゆるみきった笑顔を浮かべて闇の竜王を見上げていた。
きちんとした格好をして、黙ってうつむいていれば儚げにも見える美貌の持ち主だというのに、育て方のせいか、本人の資質か、いろいろとだらしない仕上がりになってしまっていた。
石窯で作るものを決めるアンケートの結果が出てから、ずっとこれだ。
というか、アンケート開票が始まってからすでにこれだ。
ダンケルハイトはバカだが、ただのバカではない。
手段を選ばないタイプのバカだ。
つまり、このアンケートの結果を最初から知っていたのだろう。
すなわち――組織票!
集落のほぼ半数を占めるダークエルフどもをおどし、なだめ、すかし、この集落で次に作るべきが酒になるように、アンケート結果を操作したのだ!
あと。
ダークエルフたちは、みな、普通に酒が好きなので、これはある意味で見えていた結果であった……!
すなわち、闇の竜王とてわかっていた。
だが、それでも、やっぱり一言ぐらいは言いたくなる。
「……そもそも、せっかく作った石窯を利用しよう、という文脈でたずねたはずだが、これはいったいどういう意図か、少しぐらいの釈明を聞こう」
「では、恐れながら申し上げます。石窯と言えば、ピザ。あるいはパイ。そのほか様々な焼き料理で活躍する調理器具ですが……」
「うむ」
「うまいものには、たいてい、酒が合います。そういうことです」
闇の竜王は暮れゆく日をながめた。
最近はダンケルハイトと会話をするとき、空を見上げることが増えている気がする。
闇の竜王は老いない。
だが、最近、少しばかり老いを感じる。
「フハハハハ……まあよい。この闇の竜王、ダークエルフどもの組織票など織り込み済みよ! こうなることなど最初からわかっておったわ!」
「では、すでに酒の用意が⁉︎」
「たわけ! 集落で作ろうという話なのに、俺の蔵から出してどうする!」
「で、では、どうやって酒を⁉︎」
ダークエルフのこの組織票を織り込み済みだと述べられたのに、『だから、ダークエルフの票は全部無効にしておくことにしたんですね』という展開をまったく予測していないのは、闇の竜王への信頼ゆえだろうか。
たしかに闇の竜王はそんなことしない……
そんなことしないが、したくなる時もある。
なぜならば、かの竜王は非常に気まぐれだからだ!
しかし、今回は、しない。
「『どうやって酒を?』 ……クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ! ダンケルハイトよ! 貴様、ずいぶんと鈍ったな! この俺が貴様をどのように使っていたのか、すでに忘れていると見える!」
「はい! 忘れています!」
「素直! ……フハハハ! ダンケルハイトよ、戦時中、貴様ら暗闇の刃隊は独立遊軍であった。これは指揮系統から外れるのと同時に、仲間からの物資支援を受けられない立場であることも意味した」
少なくとも『魔』における竜王直属部隊はそうだった。
組織から独立して自由に動ける代わりに、組織が当たり前に受けとれるものの一切を受け取れなかったのだ。
だから炎の竜王直下の火炎刃も、闇の竜王直下の暗闇の刃隊も、『魔』への帰属意識はとても低い。
「……そういった時、貴様らは自分たちで食料や物資を調達していたな? すなわち、自給自足よ!」
「なるほど。闇の竜王様のおっしゃりたいことを、理解いたしました」
「フハハハハ! 理解できておらんようだな!」
「なにも言ってないですが⁉︎」
「……まあ、いちおう聞こうか。どう理解した?」
「奪え、ということですね」
「フハハハハ! 理解できておらんようだな!」
テイクツー。
「ダンケルハイトよ! 貴様らが酒を求める気持ちもわかる。だが、この集落において酒造りのノウハウは皆無! ゆえに……貴様らには、酒の造り方を調べ、その調べた結果をもって集落に酒をもたらす任務を言い渡す!」
「えっえっ、つまり、なんです?」
「街で酒造りを覚えてこい!」
「無理です!」
「明日にも出立せよ! ともまわりのダークエルフを五名ほど選ぶがいい! なお! 今回は目付け役として品種改良した竜骨兵を貴様らにつける! よいか、ダンケルハイトよ! 技術と知識を身につけよ!」
前回、闇の竜王の思念をそばにつけて、ダンケルハイトたちがさぼって飲み歩くようであれば、警告音を鳴らしたのだが……
完全無視で飲み歩きやがったので、こうなるともう闇の竜王は物理的に酒飲み紀行をインターセプトできるものをくっつけるしかないのである。
そして、通常では一日も経てば(骨粉を追加しない限り)グズグズに溶け崩れる竜骨兵ではあるが……
こちらは品種改良の結果、多少出力を落とすことで長持ちさせることができるようになっていた。
闇の竜王はこの二年、置物として集落の発展を見守っているだけのように思われたが、こう見えて、色々と動いていたのだ。
ただし、竜骨兵の長時間稼働が集落の発展に寄与したとかは、ない……!
単なる趣味……! ヒマをもてあました竜王の遊びの結果であった。
「フハハハハ! では話もまとまったところで、アンケート結果第二位について、集落に残るメンバーで取り組んでいく! 第二位は……」
野菜やイモを育て、ある程度の獣肉を狩りによって得ているこの集落――
また、『青牛』によるミルクの大量供給もある、この地において、みなが選んだ『石窯で作りたいもの』。
それは――
「『パン』作りに、これより取り組んでいくこととする!」
麦は、ない!




