53話 闇のうまいもの開発
「『縛り』かと思っていたんです」
リザードマンハーフのルージュは語る。
「神殿などで神官が、月に一度だか二度だか、絶食の儀式をおこなうでしょう?
あれ、信者じゃなくても体験できるじゃないですか。
いわゆる、そういうものの一つかなと思ったんですよね。
ほら、なにせ、ここは『スローライフ』の体験場でしょう?
……ええ、まあ。
来る日も来る日もイモと野菜とジビエだけですからね。
料理とかしないのかなーとは思ってたんですよ。
でも、なんていうのかな。
毒素抜き?
そういう趣向なのかなと思いましてね。
実際、ここに来てから、私はかなり健康になったように思います。
やはり空気もいいですしね。
塩気の薄い簡素な食事じゃあ力が入らないよなーというのも、ありましたけどね。
そういった都会での生活? みたいなものを捨てて、スローライフ。
心身が綺麗になるようで、いいものだったと思いますよ。
私は好きですよ。料理のない暮らしも」
別時刻、別な場所――
元『暗闇の刃』隊のダークエルフは語る。
「あ、竜骨兵さん! チッス!
ええ、料理ですか?
いやその、まあ、オレらはほら、慣れてますから。
闇の竜王様、昔から料理とかそういうの、興味ないですし。
まあ当時は戦時中でしたからね。
とにかく腹がふくれりゃなんでもいいかなーみたいなのはありましたよ。
まあ、戦争が終わったあと、酒場で料理とか食ってましたけど……
なんていうのかな……ほら、ねえ?
その時の生活で、だいぶ、竜王様が、お怒りだったじゃないですか。
だから罰的なもんかなって……
い、いや、でも、いいと思いますよ、スローライフ!
味の濃い料理をツマミにして酒ばっか飲んでた時期より、健康になった感じがしますし。
今はもう、料理された食事とか見ると逆に『いいのかな?』みたいな気分になるっていうか……
あ、で、でもですね!
厳密にはまったく料理してなかったわけじゃないじゃないですか!
スープとか作りましたよね。
野菜クズを水で煮たやつを、水ごと食うアレ。
あと肉は焼きますし、塩も竜王様の蔵から出していただいてますし。
いいと思いますよ、スローライフ的で」
また別な時間、別な場所……
水の竜王は、語る。
「いえ、わたくし、食事とかほとんどとりませんし。
まあしかし、わたくしは他人のお金で贅沢をするのが好きですので……
たまに人の姿で都会に出向くと、それはそれは豪勢な料理などをふるまわせたりもしますよ。
ええ、まあ、そうですね……
少なくとも、わたくしが『料理』という表現を用いた場合、『煮ただけ』『焼いただけ』『茹でただけ』といったものを想像はしませんね。
それら作業は『生では危険なものに火を通しておく』というものでしかないでしょう?
料理というよりも護身術ですよね。
……はあ。
『闇の』、あなたはそんなんだから危険竜王扱いされるのですよ。
ヒトの心どころか生態さえ満足に理解していないのに、勢いで突っ走るから、大事なものをボロボロ取りこぼすのです。
あなたの懐刀のダークエルフたちが、人生を駆け抜けるうちに耳の穴から知性をこぼし続けていたことにも、最近気付いたぐらいなのでしょう?
あなたはヒトのそばにいたがりますが、ヒトの近くにいるのに向いていません。
よろしければ、ヴァイスさんはわたくしが引き取りましょうか?
あなたよりもヒトらしい生活をさせてあげられるとは思いますよ。
まあ、なぜか、わたくしはヴァイスさんに警戒されているようなのですが……」
またまた別な時刻、別な場所……
ヴァイスが、語る。
「料理ですか……
ええ、まあ、ここで暮らすようになる前には、私も文明圏にいましたから。
食べたことぐらいはありますよ、料理。
あ、でも、おイモを茹でたりお粥にしたりも、立派な料理だとは思っています。
少なくとも闇の竜王さんが来る以前より、かなり『明日も生きていけそう感』が強まっていますよ。
それに……
闇の竜王さんのお力添えがなかったら、私たちは飢えて死んでいたでしょうし。
今だって、私たちの生活を支えているのは、土の竜王さんの加護がある畑からとれる野菜です。
生きていける。
それ以上を望めるような段階には、まだ、なっていないと思うんです。
それに、『ふかしイモ』『イモ粥』『焼きイモ』『イモミルク粥』で立派にローテーションできてるじゃないですか。
お野菜だって、スープにしたり、茹でたり、焼いたり……
お肉なんか二回に一回は塩がつきますし。
贅沢な暮らしなんじゃないでしょうか?」
またまたまた別な時刻、別な場所……
ダンケルハイトが、語る。
「酒と肉。
塩気に歯応え、ガーリック。
幸せのために、必要なもの」
竜骨兵を操り、時にみずからたずねて回った結果、闇の竜王は課題をはっきりと認識した。
――ヒトらしい食事は、必要だ。
そして……
自分には、『ヒトらしい食事』というものが、よくわかっていない。
頭で理解していないというか、感覚で、わかっていない。
味、という概念。
満腹感とはまた違った、満足感という概念。
それは、空腹というくびきから解き放たれた超越存在である闇の竜王にとって、難しいものだった。
だが……
闇の竜王は、闇を司る。
そこには未詳なるものが数多存在した。
いかに闇を司るとて、闇のすべてを理解できているわけではない――
――否。
すべてを理解できてしまっては、それは、もはや闇とは言えないのだ。
すなわち、闇とは、『理解できぬもの』。
未詳であり不詳。
ならば、味や満足感とて、どうにかなるだろう。
「クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ!」
うまいものが一つもない集落に、闇の竜王の哄笑が響き渡る。
「よかろう……これもまた、スローライフよ。
俺は――うまいものを用意するぞ!」
それがなにかはわからない。
すなわち闇。
ならば、闇の竜王の領分である。
なんだかわからない『うまいもの』のため、闇の竜王は行動を開始する……
その具体的な方針は、明日かあさってぐらいに思いつく予定だ……!




