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52話 集落にうまいものなし

 闇の竜王がこの地に降り立って以来始まった(すでに先住者はいた)スローライフは、おおむね問題ない――それどころか、ありえないほどにうまくいっていたと言えるだろう。


 かの存在がここに降り立った当時に抱えていた数多の課題は次々とこなされた。


 もちろん『進歩・発展』を望むにあたってぶつかたいくらかの障害はあったけれど、それもまた、竜王というずる(チート)なしで健全に進んでいた。


 そしてついに、二年かけてヒトが成した成果がまた一つ、闇の竜王に奏された。


 ――かまど。


 石材の加工を始めた当初より開発が進められていた石窯が、完成したのであった。


『そういうものがある』と知ってはいたけれど、その構造も素材もよくわからぬ段階からスタートし、ここまでこぎつけることができた。

 途中には何度か事故が起こりかけたものの、そのあたりに竜王の守護があった程度で、工夫自体はヒトがヒトの手と知恵によりおこなったのだ。


「クククク……まさか『石なんだから火に強いだろう』という油断から始まり、石に耐火性を持たせるためにほぼ一年、適切なかたちに整えるまでに半年、そして爆発事故七回を挟み、ようやくここまでこぎつけたか……」


 闇の竜王は自分の頭蓋骨さえ入らぬであろうサイズの、小さな石窯をながめ、総身を震わせた。


 夕刻。暮れかけた日の中に、闇の柱が立ち上る。


 それは巨大な骨のみの竜から発せられているものであった。

 なんというおぞましさか! その骨の体がカタカタと震えるたび、眼窩から、あるいは肋骨の隙間から、もしくは骨と骨との継ぎ目から、止めどなく闇があふれだしているではないか!


 それは煙のように立ち上り、オレンジ色に染まる地平の中で柱となって、空を穿たんばかりに高く高くのぼっていく。


 この闇こそが――闇の竜王の『ワクワク』!


 かの存在はスローライフの結晶とも言うべき、手製の石窯を前にして、その心の昂りを抑えることができず、それが闇となって溢れ出しているのだ……!


 このままでは世界が闇に覆われるまで、あと一週間とかからぬだろう……


 なにものかがこの竜王の昂りを抑えることができなければ、世界は永遠の暗黒に閉ざされる……

 そして後の世、日の光をおがんだことのない世代には、こう語り継がれるのだ……


『世界が暗黒に閉ざされてしまったのは、闇の竜王が、石窯を見てワクワクしたからなんじゃよ……』


 ワクワクで、滅ぶ世界。


 竜王の力はすさまじく、世界は多くの者が思うよりずっと危ういバランスで成り立っているのだ……!


「クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ! 石窯責任者よ、これに」


 昂り、震える声は、その低さもあいまって比喩ではなく大地を揺らした。


 その声に応じてすっと竜王の眼前に立つ者がある。


 それは――


 額から小さな角を生やした、獣を思わせる耳としっぽを生やした、真っ白い少女。

 二年という歳月をおそらく一番その身に影響させているであろう、ムートであった。


 幼かった彼女も今や…………

 まああれから二年なので、まだまだ子供という感じではあるが……

 当時よりはぐんと背も伸び、そして、顔立ちにもどこか大人びたところがあった。


 よく言えば元気の塊、悪く言えば落ち着きのない彼女だったが、今では、闇の竜王の眼前に立って数十秒静かにしていることもできるようになったのである。


 闇の竜王は闇柱を立ち上らせたまま、前足を浮かせ、二本の後ろ足で立ち上がる。

 するとどうだろう、巨大だったその威容がますます巨大になり、立ち上る闇柱と合わせて見たものの心臓さえ止めかねないほどの迫力を備えた。


 闇の竜王は肺のない体にたっぷりと息を吸い込む……そういう雰囲気の間をもたせる。

 闇の呼吸……その壱の型とも言うべき、『相手を焦らす目的で行う長い吸気』であった。


 どこからともなく出現した竜骨兵がドラムロールを開始する。


 と、それに合わせるように全五体の竜骨兵がいつのまにかムートを取り囲み、それぞれの手にした楽器で闇の音曲を奏で始めた。


 なんという冒涜的な音色か!


 三つのメロディラインと二つのベースラインがまったく調和することなく同時に流れ始め、竜骨兵それぞれが自分以外の音に影響されて演奏をふらつかせる!

 その状態で歌い始めるものだからボーカルもふらふらし、なにより歌詞が即興のために『おういえー』と『ふふふーんふーん』が高い頻度で口ずさまれた。



 いしがまー♪

いしがまー♪


  できあがりー♪

    ねこがよこぎったー♪

ふふんーふーん♪


      Wow Wow Wow


  ニャー♪

 燃えろや燃えろー♪


ふーんふーんふーんふふふーんふふふーんふーんふーん♪


    犬のようにー♪

 愛してるぜー♪   Oh yeah♪



 異様な雰囲気の中、闇の竜王がその短い前足を肋骨の隙間に差し入れた。


 そして――なにかをずるり(・・・)と抜き取る。


 なんとおぞましきものか!

 闇の肋骨より出てきたものは、かの竜王の巨体の内部にさえおさまりきらぬほどの、巨大な巨大な、白骨でできた――トロフィー!


 人骨換算で数十人分にも匹敵しようその塊は、なんと、百パーセント闇の竜王製……!

 添加物不使用、天然素材のみをふんだんに使った、骨製のトロフィーなのであった!


「さて、ムートよ……石窯事業はもとより、貴様の姉たるヴァイスが始めたものであった。だが、そのプロジェクトは凍結された。なぜなら……ちょっとそれどころじゃなかったゆえにな!」


 闇の竜王の提言で始められた石材加工ではあったが、あまりその事業に人々が打ち込むことはなかった。


 なぜならば、土の竜王の加護なき地で、作物が病気にかかったり、妙に痩せていたり、そういった問題が発生したからだ。


 石と向き合うどころではなく、土と向き合い続けた二年であった。


 だから、その頓挫した石材事業を復活させたのは……


 まだ幼かったムートら子供たちであったのだ。


「石材加工ははっきり言って危ない。俺が貴様らの保護者であれば、まずやらせぬ……! しかし、貴様らはご近所さんにすぎぬ。俺からあまり色々禁則事項を言い渡すのもどうかと思い、それとなくダークエルフどもに見張らせつつ、好きなようにやらせてみた……」


「…………む、む、む」


「もう少しで終わるので静かにしているように……!」


「むうー……」


「ともあれ貴様らは獲得したりゅうおうメダルと交換で石窯作りの本など要求し、文字を覚え、そして得た知識を活かした。もちろん力及ばぬところも……腕力が及ばぬところも数多くあったが、姉ゆずりの図太さで周囲の協力を求め、あるいは工夫し器具を生み出し、そうして、石窯完成にこぎつけた」


「……」


「その働きを評し、この俺から特大トロフィーを進呈しよう……! フハハハハ! 少しはりきりすぎて巨大になってしまったがな!」


 闇の竜王が、ムートの目の前にトロフィーを置く。


 それは骨密度が高いのか、ずしんと見た目上の大きさよりなお重そうな音をたて、地面にめりこんだ。


 闇の竜王はカタカタと笑い、


「さて、かつてエアデミルヒを見つけ出したダークエルフどもに進呈したトロフィーは、すべて酒に替えられてしまった……! そのりゅうおうメダル数百個ぶんに相当するトロフィー、飾るもよし、交換するもよし。貴様らのあらたな活躍のため、有効に活用するがいい! なお! ダンケルハイトのことは竜骨兵に見張らせておく」


 そばにいたダンケルハイトが「なんで⁉︎」とおどろいた声を出した。

 ダンケルハイトの周囲にいたダークエルフたちが「盗むからでしょ」「酒に替えるためにとろうとするからだよ」と述べると、ダンケルハイトは「替えるでしょ、酒に!」と答えた。答えになっているのか、なっていないのか……


 闇の竜王は笑い、


「さて、ムートよ。構うことはない。――火を灯せ! この暗澹たる文明の外にある地を、文化という名の炎で焼き尽くすのだ!」


「むうーと!」


 ムートは我慢していたぶん、大きな声で叫んだ。


 すると、石窯のそばにいた、背中から真っ白い翼の生えた双子……ニヒツとクラールが、窯の中に火を放つ。


 内部の暗闇に炎がともる。


 そのチロチロ揺れる火をながめ、闇の竜王は……


「フハハハハハハ!」


 闇を噴き出しながら、笑う。


 すると、その正面にいたムートもまた、小さな体をいっぱいに揺らしながら、笑った。


 ひとしきり笑い合ってから、闇の竜王はたずねる。


「して、ムートよ。今、あれは、なにを焼いているのだ?」


 石窯といえば、パン、あるいはピザなどを調理する器具として、街でも使われている。


 あの石窯はそういった街の商店などの施設と比べてしまうとだいぶ小さなものであろうが、それでも、数度に分ければ三十人の腹を満たすなんらかの料理は作成可能だろう。


 ムートは青みがかった灰色の瞳で、まっすぐに竜王を見上げて、


「なんも焼いてない」


「……なんだと?」


「イモかおにくしか、焼くものないし。夕飯、さっき終わったし」


「人里でよく食べられるパンやらピザやら、そういったものはやらんのか」


 闇の竜王が石窯について詳しいのには、理由がある……!

 石窯を子供たちが作っているのを見た闇の竜王が、機会を見つけて光の竜王とコンタクトをとり、かの竜王の権能『光ネットワーク』により、石窯の主な用法などを調べていたからである。


 石窯はとにかくかおりがよく、おいしい焼き料理を作れるらしく、ムートたちの作り上げた石窯が集落のみなに『グルメ』という文明をもたらすものと、思っていたのだが……


 ムートは言う。


「パンとかピザとか言われても……作り方わかんないし、材料ないよ」


「……」


 闇の竜王から立ち上っていた闇柱が、ふっと消えた。


 そう、この集落は、暮らすに困らぬあらゆるものがそろった。


 しかし、チーズやらなんやらという加工食品は、まったくない……!


 また、パンを作る技術もなく、主食はイモかイモ粥かミルクイモ粥のみ……!

 野菜も茹でるか焼くか生のみ……!

 肉も同上。


 ただし、ダンケルハイトの切なる願いにより、塩はある……!


「クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ!」


 そう、闇の竜王は、皮も肉も内臓もない、骨のみの存在……

 なにより、通常の生物が生きるために不可欠としている睡眠や――食事などが必要ない、超越存在!


 かの存在は、『うまいものを食べる』という豊かさに無頓着だった……!


 もっと早く気付くべきだった。

 この集落には……『うまいもの』が足りない!

今週投稿ぶんはここまで

次回投稿 11月16日月曜日20時


闇の竜王コミック、ナナイロコミックスにて本日第2話①更新!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 闇の竜王、ちゃんと時勢に乗って鬼滅要素入れてくるの笑う。
[良い点] もはやダンケルハイトの扱いが草しか生えない が、妥当 [一言] ムートちゃん美味しいもの食べれるといいねぇ
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