46話 世界平和と集落機能拡張
「……クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ!」
昼下がりの畑におぞましき笑い声が響き渡る。
そのドラゴンから肉と皮をそぎ取ったような冒涜的な見た目をした者こそ、『闇の竜王』。
世界を構成する六大元素のうち『闇』を司りし超越存在であった。
今、彼の存在は、狭苦しい石の寝所に体をみっちり詰めこんだまま、畑を見つめている。
視線の先では様々な見た目の者が入り交じり、次々実る野菜を次々収穫しているところであった。
「……ダークエルフ……リザードマン……そしてリザードマンハーフに、なんだかわからん混血に、仙人……まさに人種のるつぼ……! クククク! いつの間にか世に受け入れられぬ者どもの受け皿めいてきているようだな……!」
闇の竜王、そんな方向性にもっていくつもりは、一切なかった……!
最初にヴァイスやムートといった混血がこの農地にいたのはただの偶然……!
そして部下であったダークエルフどもを呼ぶつもりも、最初はなかった……!
まさか仙人の双子を光の竜王からたくされようなどと想像できるはずもなく……!
そしてそして、ダークエルフたちがリザードマンハーフの女を呼びつけるなどと、予想だにせぬ事態……!
だからこそ、面白い。
闇の竜王はまた笑う。
「ハァーハッハッハ! ……しかも、機能している」
知恵を出し合い、試行錯誤を繰り返し、みな、畑を耕している。
正直なところリザードマンハーフを受け入れたあたりで不穏な気配があったものの……
特になにも起こらないまま、数日が経過している。
「……」
闇の竜王は視線を下げる。
と、寝所のすぐ横では、五体の竜骨兵が、暇そうに、以前ご褒美にあげた骨をカチャカチャ組み合わせて遊んでいた。
「なにをお考えですか、闇の竜王よ」
思索にふけっている真横に、突如として超局地的な雨が降る。
その雨水は次第にヒトめいたカタチをなし――
青い髪をまとっただけの、豊満な女性の裸身を形作った。
「『水の』か。……いやなに。俺は長らく、わからぬことがあったが、それがなにか、わかりかけてきたのだ」
「……わからぬこと?」
「平和」
「……」
「どうやら『来た』というそれの正体が判然としなかったのよ。……クククク! ところがだ! ここ最近の弛緩した空気! ……いや、一人一人が腑抜けた仕事をしているというわけではないのだ。全員が懸命に己の役割をこなしつつも、どこかのんびりしている、というのか……この空気に、俺は『平和』を見出しつつあるのだ」
「平和ですか。『土の』はずいぶん『平和』にご執心である様子ですが、わたくしは、戦時も平和も違いがよくわかりませんね」
「ふむ」
「どちらの時代も、ヒトは等しくなにかを望み、なにかを手にしようと努力する。……ああ、違いと言えば『望むもののために直接殺すことの是非』ぐらいでしょうか? 間接的に他者を追い落とす手法は、戦時より平和時の方が、ずいぶん発達しているように見える……平和と戦時の違いは、その程度でしょうかね」
「フハハハハハ! 貴様は冷めているな!」
「水の温度はそう揺らがぬものです。わたくしの態度に冷めたもの感じるのであれば、周囲が熱狂しているだけでしょう」
「『周囲』も幼児体型でメダルをねだっていた貴様に言われたくはなかろうが」
「戦時中であろうが、わたくしはこのシチュエーションならば、あなたの好きな幼女体型であなたにメダルをねだりましたが」
「いらぬ誤解を引きずるな。俺が評価するのは『己の分を超えてなにかを成そうとあがく者』よ。子供であれば、大人同然の働きを望むと自然、『そう』なる。大人であろうが、『そう』することもできようが……大人はな、なぜか、無理をしなくなるのよ。ゆえに子供ばかり評価する羽目になる」
「大人が無理をしないのではなく、子供が己の分を知らぬだけです」
「ククククク……! 『分を知る』か! 俺は今まで、真に己の分を知る者に出会ったことなどないがな。俺自身を含めて」
「……」
「まあ、ともあれ――こうして貴様と与太話をするのも、『平和』ゆえよな。なるほど、この余裕こそが『平和』か。平和とはスローライフと似て非なるもののようだ」
闇の竜王は、しゃがみこんで野菜を収穫するヴァイスの尻尾を見ていた。
真っ白いふわふわの尻尾だ。
「『闇の』が女子の尻を見ている」
「……水の、貴様、発言にいちいち悪意を感じるのだが?」
「まあ、なににせよ――闇の竜王が尻を見ていた女子のせいで、どうやらわたくしの手駒は骨抜きにされてしまった様子。大人しく陰謀をあきらめ、次なる陰謀を考えましょう」
「やめんか」
「リザードマンハーフの彼女がこの集落の組織化を進めていった末に提案するはずであったことを、今、提案しますね」
こほん、とかわいらしく咳払いをする。
それから水の竜王は、
「商いをしましょう」
「……」
「この集落で育ったものを出荷し、ここを『世界の一部』にするのです」
わかるような、わからないようなことを言った。




