44話 ルージュたちのスローライフが始まる
「……ひどい。この地には『規律』がない」
たどり着いたルージュ以下元『炎の竜王』に仕えし精鋭たちは、集落の様子を見てしばし唖然とした。
森の中に偶然畝が存在している。
そこでは妙に巨大なイモが次から次と実り続けており、『たまたまそばを通りがかった誰か』が実ったイモを回収している。
視線を移せば畝はもう一箇所存在し、そこではダークエルフたちが農作業を行っていた。
……が、こちらも場当たり的というかなんというか、問題が散発的に持ち上がるたびに、ランダムに『そのタイミングで手が空いていた者』が対応に当たっている。
「……指揮系統はどうなっているのだ。組織の効率化がまったくなされていないではないか」
「わたくしが説明しましょう」
――突如、涼やかな女性の声が響いた。
ルージュと彼女に率いられたリザードマン部隊がキョロキョロと周囲を見回す中――
ざぶん。
彼女たちの前に、地面から水柱が噴き上がる。
それはルージュの目の前で、幼い少女のカタチとなった。
青く長い髪を全身に巻き付けた、露出度の多い、幼く美しい少女――
ルージュがその姿を見たのは初めてであったが、その存在がなんであるかは本能が理解した。
「あっ、あなたは……もしや、水の竜王か!?」
「ご明察……ふふ……さすが、権力を握る者ですね。権力者は恐れを知るもの……自分より強い存在には敏感なのです。ダンケルハイトのようにアホ丸出しではなさそうですね」
「いかにも、ダンケルハイトのようにアホ丸出しでは将軍職はつとまりません。しかし……我らが主と並ぶ六大竜王の一角が、このような僻地に、なぜ?」
「それを語れば長くなります。それより――リザードマンハーフの女よ。わたくしは、さるお方からあなたがたへこの集落を紹介するよう仰せつかっているのです」
「……『さるお方』?」
ルージュはさすがにおどろきを隠せなかった。
なにせ――水の竜王は、六大竜王の一角なのである。
竜王という名は『最強』の代名詞だ。
魔どころか人にさえ崇められる、畏怖の象徴だ。
この世に並ぶ者などなく、彼の存在らの上に立つものなどありえない……
だというのに、水の竜王は誰かの命令で動いているという。
いったい何者なのか?
先日ダンケルハイトはしっかり『闇の竜王様と水の竜王もいる』と説明したのだが、その説明をトリップしていて聞いてなかったルージュには、なにがなんだかわからない。
「……まあ、それはおいおい。この地での我が上司風に言うならば、『フハハハハ! サプライズよ!』という感じでしょうか」
「まさか闇の竜王か!」
「……まあ、その、はい。しかしそこはわたくしが紹介するまでわからないふりをするのが礼儀というものでは?」
「……申し訳ない。しかし、あなたと並び立つ存在で、そんな笑い方をするのは闇の竜王の他に思い浮かばず……彼の竜王の笑い声は戦場に立つ者のあいだではたいそう有名だったので」
「まあ、あの方はうるさいですからね」
「……しかし、闇の竜王主導で、水の竜王の協力があって、こんな僻地でスローライフ……?」
きな臭くなってきた。
そういえば――ダンケルハイトの平時のアホさで忘れがちだが――やつの率いる『暗闇の刃』隊も、ルージュの率いる炎の竜王旗下『火炎刃』隊も、『単体で大軍に対抗しうる精鋭部隊』だ。
複数の竜王が集い、二つの精鋭部隊がいる。
よもや、これは――
「……水の竜王よ、あなたたちはまさか……」
「先に言っておきますが、大それたことはなにも考えておりません。闇の竜王はよく野望やら企てやらをしていると勘違いされますし、むしろ考えていてくれた方がありがたいぐらいなのですが、彼の竜王はなにも考えていないのです」
「……なにも」
「考えていないのです」
「……では、なぜ竜王が二体もこの地に?」
「楽しそうだったから」
「……」
「あと、土の竜王と光の竜王も噛んでいます」
「六大竜王のうち四体が!? やはりなにかあるのでは――」
「ありません」
「いえ、しかし……」
「常識的な者よ……あなたはこの集落では珍しいキャラクター性ゆえ、わたくしもいい加減説明が面倒なのですが……ここでは本当に、スローライフしか行われていないのです。野望も企てもありません。ただ生きているだけなのです」
「……四大竜王が噛んでおいて?」
「竜王の力の無駄遣いだと言われれば否定のしようもありません」
「……」
「むしろ、気まぐれな『風の』がまったくかかわろうとしてこないあたり、わたくしは彼の側こそ『なにか企んでいるんじゃないか?』と疑っているぐらいですが」
「炎の竜王様も……」
「アレは寝てるだけです」
「……」
「あなたたちはマンパワーとして呼ばれました。なぜ、あなたたちが呼ばれたか? 戦力として? 精鋭だから? ――いいえ。ダンケルハイトに他の友達がいなかったからです」
「……」
「疑問は解消されましたか? あなたたちが行うのはスローライフであり、それ以上でもそれ以下でもありません。わたくしが説明に飽きる前にうなずいていただけるとありがたいのですが。ちなみに今、結構ギリギリです」
「……わかりました」
一応、筋は通っている気がしないでもない。
だが――完全に納得したわけではない。
それでもスローライフ『も』行っていることは事実なのだ。
あとでどうなるにせよ、今は田舎で癒しを楽しもう――ルージュはそのように考え直した。
「……では、水の竜王よ。我らはなにをすれば? スローライフというのは初めてなのです。どのような役割が割り当てられるのですか?」
「役割はありません。みな、なんとなくスローライフをしています」
「……」
「たぶん畑とか耕したらいいんじゃないですか?」
「あり得ないほど投げやり!?」
「わたくし、肉体労働はやらないので、みながなにをしているか、いまいち知らないのです。しかしこの集落で働くと闇の竜王より『様々な景品と交換できるメダル』がもたらされるので、仕方なくこうして知的労働を引き受けましたが……説明もなにも、わたくしの方こそ説明がほしいぐらい、この集落はみな『なんとなく』動いています」
「……」
「好きに仕事を見つけてください」
「……好きに、と言われても」
そのような自由――困る。
ルージュは愕然とした。
この手には、あまりにも大きな自由がある!
なにをしてもいい!
好きにしていい!
それは組織や慣習の中でがんじがらめにされていた自分が、切に望んでいたもののはずだった。
けれど、いざあふれんばかりの自由を与えられてみて――
――ただ、おたおたと情けなく戸惑うばかりの自分たちがいた。
「……で、では、その、『してはいけないこと』などは……?」
「殺人と窃盗はいけないのではないでしょうか?」
「そんなことはしません!」
「あと意味のない暴力?」
「そんなこともするはずありません! ダンケルハイトならともかく!」
「そうですね。けれど、明文化された禁止事項もありません。まあ、仕事がほしいならば、ヴァイスちゃんにでも話を聞くべきでしょう」
「そのヴァイスというのがここでの指揮官なのですか?」
「いえ、先住者です。この集落に『上下』はどうにも存在しないようなのです。……強いて言えば闇の竜王がトップなのでしょうが、彼の竜王は権利を行使しません」
「……しかし、トップが命令をせず、先住者らしいヴァイスとやらも細かな役職を任命せず、みながだらだらと散発的に物事にあたり……これでは作業効率が……」
「なにか問題でも?」
「問題だらけではありませんか!」
「具体的には?」
「効率が悪いと、今、申し上げたでしょう!?」
「なるほど。あなたは『効率が悪い』ことを問題と言うのですね」
「問題でしょう!?」
「……ふふふ」
水の竜王は意味深な笑みを浮かべる。
なぜだろう――幼い容姿をしている彼女の笑みに、ルージュは思わず半歩後ずさる。
「な、なにがおかしいのです」
「いえ。……よろしいでしょう。わたくしは流動、変化を望む者……そしてこの場において、魔や人の『こうしたい』という想いをいさめる役割は持たぬ者」
「……?」
「あなたが『効率を上げたい』と望み、行動することは、誰も止めないということです。よかったですね、役割が見つかって」
「……役割?」
「効率が悪いと感じたのでしょう? ならば、あなたが改善すればいいのです」
「しかし、私はスローライフの経験もなく……」
「けれど組織を構築し操った経験はあるでしょう?」
「それは、まあ」
「あなたたちの後ろには、この水の竜王が立ちましょう。あなたたちは、あなたたちの好きにやればいい。わたくしはそれを見守り、時に助言し、時に闇の竜王とあなたたちの意見が対立すれば、彼の竜王を説得しましょう――できるかは不明ですが」
「……なにが目的です?」
「メダル」
「……メダルとは……ああ、先ほどおっしゃっていた、闇の竜王が配っているという?」
「はい。あれは集めれば様々な景品と交換してもらえるのです……わたくしがあなたたちの後ろ盾になるので、あなたたちは、もらったメダルをわたくしに上納しなさい。五割……いえ、三割で我慢しましょう」
「しかし我らの主は炎の竜王様です」
「炎の竜王以外の上司をいただいた経験がないわけではないでしょう? ルージュ将軍――六大将軍のナンバー六であり、魔の王に仕える者よ」
「……」
「なに、ただの雇用関係です。わたくしもそろそろ手足がほしかったところ。そもそも黒幕タイプなので、私兵の一人もいない状況はやりにくかったのです」
「我々は、あなたの私兵では……」
「言葉が不満であれば『部下』でも『お手伝い』でも好きな呼ばれ方を選んでください。……ふふふ。闇の竜王が本気で怒らない程度に遊ぶとしましょうか。本気で怒られそうになったら、わたくしはあなたたちの後ろ盾をやめますからね」
「闇の竜王は苛烈なる気性の持ち主と聞きますが……」
「噂よりは温厚ですよ。……それで、条件は飲みますか?」
「……メダルの上納レートは保留していただければ。価値のわからぬ通貨らしきものの三割を召し上げられると言われて、軽々にはうなずけませぬ」
「よろしい。アホではないあたり、わたくし好みです。己の正しさを疑わぬところもふくめ」
「……」
「わたくしは、ある程度の社会的地位があり、己の正しさを疑わず、賢しさを持つ者を好みます。そういった人々が、わたくしを称える神殿を建ててくれましたからね。ですから、あなたもきっと、わたくしを称えてくださることでしょう」
「……なににせよ、よい関係が築ければと思います」
「ええ、本当に」
水の竜王は笑う。
かくしてルージュたちのスローライフは始まる――
が、その前に。
「ではまず、あなたたちの寝床を建築しましょう」
「……は?」
本気でなんにもねえスローライフの洗礼が、ルージュたち『火炎刃』隊十六名を襲うのだった……!




