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43話 新たなる村人を求めて

 新住民捜しを始めて七日が経過したころ、ダンケルハイトは結論した。



「……今までは相手が悪かった……そうだ、あたしが軽々しく暴力で解決しようと思えないぐらい強くて、普通にしゃべっても恫喝にならなくて、その場のノリで詐欺を働いても騙されないぐらいしたたかで、黙ってにらみつけても威圧にならない相手を捜そう」



 とある街の酒場である。

 久々の外界なので昼から酒など接種しつつ――そばに浮かんだ光の球から絶えず『ブブー!』『ブブー!』という『やったらいけないことをやっていると報せる警告音』が鳴り響いているが気にせず――ダンケルハイトはそのように新方針を発表する。


 同じく、木製の丸テーブルを囲む相手――

 供として連れて来た二人のダークエルフ(♂)は、木のジョッキでエールなどあおりつつ、



「しかし、姐御を恐がらない相手っていないッスよね」

「姉さんが暴力で解決しようと思えないぐらい強い相手って、世界の中でもごく一部じゃない?」

「そして、そういう人らは、戦争が終わったあとみんな結構いい立場になってるっていうね」

「戦争で活躍したら普通そうなるよなあ」

「世渡りが人並みにできたらそうなるよねえ」

「なんで僕らはならないんだろうなあ」



 ダークエルフたちは、もの言いたげにダンケルハイトをじっとりと見た。



「わかってるよ! あたしが悪いんだよ!」

「あ、姐御が……!?」

「自分のミスを認めた……!?」

「あたしだってさすがにもう、認めるよ! ……世渡りが下手だった。組織に組み込まれない自分を格好いいと思っていた……」

「……」

「……姉さん」

「その場のノリで魔族の将軍の地位を蹴ったのは、お前たちにもすまないことをしたと思っている……」

「なんスかその話!?」

「初めて聞いたんだけど!?」

「いやなんか、あたしをエロい目で見るおっさんがさあ……尻をなでながら『戦争が終わったら私の次に権力ある者、六大魔将軍の次席にしてやろう』とか言うからさあ……半殺しにしてやったんだ。まあ、誰とは言わないけど」

「ほぼ言ってるッスよ!」

「今の魔族の軍部のトップだよねそのヒト!」

「……まあとにかく、あたしは甘かった。半殺しにしたなら、その勢いのままそいつの率いてる部隊を全殺しにして、そいつの地位に自分がおさまるぐらいすればよかったんだ……世渡りが下手だった。あたしに足りなかったのは……加速だ。誰もついて来ることができないほどの、世渡りの加速」

「意味がわからないッス」

「むしろ姉さんに足りないのはブレーキだよね」

「あたしは進むことしかできない。止まることと、減速することは、無理だ。ならば、加速を続ける。すべての失敗は加速不足によるものであって、最初からできない『停止』だの『加減』だのを求めるのは間違っている」

「そういうトコ!」

「それが闇の竜王様に注意されたトコだよ!」

「まあ、そのうち覚える……けれど、今はできない。早々に成果を出し、闇の竜王様の信頼を取り戻すためには、やはり加速だ。そういうわけで、もうすぐ来る。昨日、手紙で呼びだしたんだ」

「誰がッスか?」

「……まさか」

「お前は察したか。そう――あたしが簡単に暴力で解決しようと思わず、あたしがどんな調子でしゃべっても恐喝と思わず、その場のノリで詐欺を働いても騙されないしたたかさを持ち、黙ってにらみつけても威圧されない相手で……なおかつ、あたしの呼び出しに応じる者だ」



 ダンケルハイトが語り終えた、ちょうどそのタイミングで――

 酒場の扉が開かれ、来客を報せるベルの音が鳴り響く。


 その瞬間、場末の酒場にどよめきが起こった。


 昼の酒場だ。客数は少ない

 そして誰もが、赤ら顔で、どこか人生に疲れたような、あるいはあきらめたような顔をしている。


 そんな退廃した空気を引き裂くように、カツカツという規則正しい足音が鳴り響いた。

 現れた人物は、どよめきを切り裂いて、まっすぐにダンケルハイトのもとへと来る。



「ダンケルハイトよ、久しいな」



 若い声に似合わぬ、固い口調だった。

 ダンケルハイトは声の主を見る。


 そいつは、こめかみからねじくれた角の生えた、背の高い女だった。


 すらりとしたスレンダーな体つき。

 まとった赤い鎧に、ひと目で数打ちものではないことがわかる直剣(ロングソード)を帯びている。


 長い髪は燐光をまとうような輝ける赤い色合い。

 瞳も、赤。

 ただし――その瞳孔は、角を除けば種族・人間に見える彼女には似合わず、縦長の切れ目のようなものだった。


 爬虫類を思わせる。

 ……よくよく観察すれば、その女の腰あたりから、太く長い、それこそ爬虫類のようなウロコに包まれた尻尾が生えていることにも気付けるだろう。


 人間とリザードマンの、混血。


『種族的相性が悪い』とされる二者の子は、若くして身体に不調をきたし、亡くなることも少なくないが……

 奇跡的に、竜種の末裔と言われるリザードマンの屈強さと、ヒトらしい美しさを併せ持つ者が誕生することもある。


 それが、彼女。

 名前は――



「ルージュ、久しいな。……まあ、座れ」



 ダンケルハイトは着いている丸テーブルの、真横の椅子を叩いた。

 ルージュと呼ばれた女性はそこに座ると、



「店主! 私にも酒をもらおう。エールを樽で!」

「あたしにもエールを樽で!」



 ルージュとダンケルハイトがともに叫ぶ。

 ダンケルハイトの横では光の球体が『ブブー! ブブー!』と『それはアカン』という意味合いの音を鳴らし続けているのだが、誰も気にしなかった。



「……それで、ダンケルハイトよ。私は忙しい……今では六魔将軍の一席……つまり、貴様と違って無職(プー)ではないのだ。用件は酒樽が一つ空になるまでに済ませてもらおう」

「それなら五分は話せるな。……まあ、なんだ。あたしは闇の竜王様に仕え、お前は炎の竜王に仕え、ともに戦った……」

「そして私は将軍、貴様は無職……」

「ケンカ売ってるな?」

「事実を述べているだけだ。……ああ、いや、すまない。ケンカは多少売ってしまったかもしれない。将軍職は大変なのだ……特に戦後処理。おまけに私は混血なので、周囲の目も冷たい……繰り返される残業、上司からのパワハラ&セクハラ……それだけ大変な思いをしているというのに、私財をなげうたねば『搾取だ』『豪遊だ』などと民衆からは言われ……ストレスに耐えかね、かつての仲間はバラバラになり……ううっ……懐かしい……貴様とともに駆けた戦場……戻らぬ日々……」

「泣くな、泣くな。そんなことじゃないかと思ったんだ。まあ、飲もう。あたしがおごるよ」

「無職なのに無理をするな」

「今のあたしは無職じゃない」

「なんだと? 貴様が就けるような職が、今の世に?」

「実は今、あたしはな――」



 ダンケルハイトは、スローライフについて語りはじめた。


 闇の竜王と暮らす、集落でのアレコレ。

 不便さ。

 本当に『なにもない』ということ。

 大変で、毎日毎日、クタクタになるということ。


 それから――達成感。

 作物が実った。

 文明が、一つ進んだ。

 なにもないからこそ、なにかを自分で産み出していく生活――スローライフ。


 もちろん『ここはおごる』と言った手前、収入がない(正確にはゼロではなく闇の竜王のメダルという独自通貨で支払われている)ことはそれとなくぼかした。


 ……最初、ルージュの表情には不審そうな色があった。

 けれどダンケルハイトの話が進むにつれ、次第に興味深そうな色合いが見えはじめ、だんだんと前のめりになって話に耳をかたむけ始める。


 酒樽を一つ空けても、ルージュは席を立たず――

 次第に彼女の縦長の瞳孔が入った瞳には、夢見るような、希望を見つけたような、そんな感情が宿り始めていた。



「ダンケルハイトよ、貴様の語った……スローライフか。ストレスから解放され、立場もなく、己の身ひとつ、頭ひとつで生活を便利にしていく……」

「そうだ」

「……いいなあ」

「偉そうな椅子に座って一日中書類仕事をしているよりも、ずいぶんあたしら向きだと思うんだがな」

「…………ふむ」



 ルージュは考えこむように顎に指を当てる。

 そして、



「……わかった。私も加わろう。その話であれば、ちりぢりになった私の部下も乗るかもしれない」

「そうか。でも、まあ誘ったあたしが言うのもなんだが……いいのかい? その、将軍職の方は」

「私は軽んじられていてな。……混血なうえ、後ろ盾であった炎の竜王様が眠りに就かれてしまったゆえ、仕方ないのだろうが……どれほど働こうと、私の仕事は『楽なもの』と決めつけられ、成果をあげようが『女のくせに』とやっかまれるだけだ」

「……想像するだけでイヤになる」

「そうだ。ならば――もう知らん。私がいなくなることで、私がどれだけ身を粉にして働き、私がいないことでどれだけ国政が回らなくなるか、思い知るがいい! これが私の復讐だ!」

「復讐? なら、去り際にムカつくやつ全員半殺しにしていこう!」

「それはダメだ」

「……なんで? 半殺しがダメなら全殺し?」

「暴力では晴れない。私の憎悪、私の憤怒、私の不満……それらを晴らすには、暴力ではいけないのだ。暴力で解決しては、世間や暴力をふるわれた側は『知恵のない脳筋女がやっぱり腕力に訴えた』と私を嘲笑するだけだろう。それでは、いけない。思い知らせなければ。私のした仕事を『楽だ』と言った連中に、本当に楽かどうかを! 私のことを混血だからと侮った連中に、私の能力が本当に貴様ら以下かを! 私を女だというだけで軽く扱ったやつらに! 性別と能力にはなんら関係がないということを! 思い知らせて……思い知らせて、思い知らせて、思い知らせて、思い知らせて、思い知らせて! 骨の髄までわからせてやらねばならん」

「……」



 この時点でダンケルハイトは正直ドン引きだった。

 社会に出るのは恐い――戦時中ですら見ることのなかった、醸成された憎悪のにじんだルージュの表情を見て、察する。


 ともあれ、好敵手はだいぶお疲れのようだった。

 最初は『うまく言葉で転がして引き入れよう』と思っていた(詐欺までいかないギリギリのラインを攻めるつもりだった)のだが……

 こうまで煮詰まった憎悪やストレスを見せつけられると、善意をもって接したくなってくる。



「……まあ、とにかく、あたしは先に戻るよ。部下にも声をかけるんだろう? 地図は渡すから、準備ができたら来るといい」

「……ああ。好敵手、ダンケルハイトよ……スローライフ、楽しみにしているぞ。貴様の話だと、明るいうちは農作業に従事しつつ子供の面倒を見たり、とった作物で毎日健康的な食事をしたり、新しい設備を自分の手で作ったりするのだろう?」

「ああ」

「……ふふ……楽しみだ。癒やされそうな予感がする。そう、そうだ。素晴らしい概念ではないか、スローライフ。子供か。……ふふ。いいな、私は子供好きなのだ。孤児院などを訪問することもあるのだが、どうにも、将軍職でそういうことをすると政治色が出てしまってな。土まみれで泥遊びをするというわけにもいかん。……ああ、そうだ。そうだ。輝かしいな、スローライフ」

「言い忘れたんだけど、闇の竜王様と、水の竜王も集落にいるから」

「ふふ……スローライフ……」



 ルージュは聞いているのかいないのか、わからない様子だった。

 夢見る瞳で遠くをながめたまま、どこか知らない世界に行ってしまっている。


 ダンケルハイトは肩をすくめ、部下たちを一瞥する。

 彼らも苦笑し、肩をすくめた。


 以上のアイコンタクトで『そっとしておこう』という方針を共有した三名は立ち上がり、会計を済ますために酒場の店主の方へ近寄る。

 そして、ヒゲ面で小太りの店主を見ると、



「オヤジ、ツケで」



 ――次の瞬間、酒場が暗闇に包まれ、闇の竜王の声が響き渡り……

 ここでの支払いはまた闇の竜王が立て替えることになるのだが、それはまた別のお話。

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