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42話 闇の竜王、課題を出す

「……そろそろ住民を増やすべきか」



 昼下がり――

 寝所から働く者たちを見つめていた闇の竜王は、思いつきのようにつぶやいた。


 しかし、それは『思いつきのように』ではない。

 完全無欠、正真正銘『思いつき』に他ならないのだ……!



「闇の竜王様!」



 思いつきのつぶやきに反応したのは、たまたま近場を通りがかったダンケルハイトであった。

 黒髪に褐色肌という、『エルフ』にはない特徴を持ったエルフとデーモンの混血(ハーフ)――ダークエルフの女性である。


 少し前までは酒浸りのせいで少しだけ贅肉が波打ちそうだった腹部も、健康的な生活のお陰で、今は戦時のスマートさを取り戻しつつある。


 頭の後ろで結わえた黒髪を揺らしつつ――ついでに大きな胸も揺らしつつ――ダンケルハイトは闇の竜王の眼前でひざまづいた。



「闇の竜王様! なぜそんな、住民を増やすなどと……? まさか、我らの働きが足りないのですか?」

「フハハハハ! 貴様らはよくやっている……最初、酒浸りでツケまみれのところをスカウトした時から考えれば、見違えるようだ……この俺が褒めてやろう……」



 闇の竜王は石造りの寝所から出て、陽光のもとに身をさらす。


 なんとおぞましきその姿!


 肉も皮もない、四足歩行のドラゴン。

 翼に翼膜はなく、頭から尻尾まで骨という骨が露出している。


 頭蓋骨にある、普通の生物であれば眼球が入っている箇所には、深遠なる暗き眼窩があるのみ。

 だというのに――瞳なきその穴を向けられた者は、たしかに『視線』を感じるのだ。


 闇の竜王はその巨体でのしのしと、ひざまづくダンケルハイトに近寄ると――

 左前脚で、彼女の頭を撫でた……!


 ダンケルハイトは頭を垂れたまま、動かぬよう体をかたくする。

 そう、闇の竜王の『なでなで』は、なでられる方が命懸け……!

 強大すぎる存在ゆえに力加減が苦手なので、彼がうっかりすると、なでられた者の首がとれる可能性があるのだ……!



「……フッ……ハッ……ハァ。ハッハッハッハ! いつやっても脆弱なる生命をなでるのは緊張するものよ……。この俺が! 強大なる闇の力を司りし、六大竜王が一角、闇の竜王が! 他者の頭をなでるだけで、全身から緊張で汗が噴き出すような心地よ!」



 ちなみに皮膚がないので汗腺はない。

 あくまで心地……そういう感じの気分だというだけの話である。



「ありがとうございます、闇の竜王様!」

「ククククク……! 頭をなでられただけで『ありがとうございます』とは! ずいぶん歳を食ったものよな、貴様も」

「は、はあ……」

「……ともあれだ。俺が住民を増やしたいと思ったのは、貴様らの働きが足りぬということではない。そう、なんだ、なんというか……特に理由もなく『増やしたいなあ』と思っただけのことよ。なぜならばこの俺は闇の竜王。闇とはすなわち思いつきなのだ」



 少し前まではもうちょっとそれっぽい理屈をこねていた闇の竜王ではあるが――

 今はそういう気分ではなかったので、闇と己の言動との関連づけが雑だ。



「それにだ。ダンケルハイトよ、考えてみるがいい」

「そういうのは苦手です!」

「いいから考えろ。……住民が増えれば、貴様らのしている仕事の分量が減るのだ」

「………………ど、どういう意味ですか?」

「今、ダークエルフ、貴様を含め十六名と、ヴァイス、ムート、ニヒツ、クラールの合計二十名で作業をしているな?」

「………………」



 ダンケルハイトは両手の指で数を数えていた。

 しかし、カウントが『十』を超えたあたりで面倒くさそうな顔をしてから、



「はい! おっしゃる通りです!」

「貴様、そういうところだぞ。というか二桁の足し算ぐらいできたはずだが……」

「……ただ数を数えるっていうのは、なんていうか……やる気が、起きません」

「……」

「そこに闘争がないと」

「……闘争とはなんだ」

「『飲み比べで空けた酒瓶の数』とか『戦争で倒した敵の数』とか……ただ『二十人いるな』と言われましても、二十人いるからなんなんだ、全員倒したらいいのか、という感じで」



 二十という数の中にはダンケルハイトもふくまれている。

 己を倒す気なのだろうか。

 哲学的すぎて闇の竜王よくわかんない。



「ククククク……! 貴様、本当に……! 二の句が継げんほどダメな子……!」

「あ、あたしはきちんと働いてますよ!? 酒の量も減りました!」

「もらったメダルを次々費やし酒と交換しおって! 貯蓄を覚えろ! そんなんだから貴様は……!」

「そ、それで!? 二十名いるからなんなんですか!? どこに攻め入れと!?」

「攻め入る話などしておらんわ! ……まあ、貴様には説教など無意味……というか、説教されて『はい、わかりました』と心から納得する者などおらん。ヒトになにかを改めさせようと思えば、本人が自分の力で『気付き』を得るしかない……クククク! わかっているのに言いたくなる……! この闇の竜王の悪癖と言えよう!」

「そうですねえ」

「この話題について、貴様に同意されると苛立つ」

「す、すみません……」

「……ともあれ、二十人でおこなっている仕事を、四十人でおこなうことになればどうなるか……さすがに貴様でもわかろう」

「取り分が減るんですね!」

「……」



 闇の竜王はさすがにショックを受けて、すごすごと住居の中に帰っていった。



「ああっ!? 闇の竜王様!? そんな、話好きなあなた様が、なぜ話の途中で帰ってしまわれるんですか!?」

「フハハハハ! この闇の竜王、涙を流せぬこの身をこれほど悔いたこと、かつても、そしておそらく未来永劫もないわ!」

「今、なにか涙したいようなことが?」

「馬鹿者め! ……いいかダンケルハイトよ……二十人でおこなっていた作業を、明日から四十人でおこなえると…………一人あたりの労力が半分になるのだ!」

「…………!?」

「つまり、人数を増やすことは、貴様らの負担を減らすことにつながる! わかったか!」

「そ、その発想はなかった……」



 ダンケルハイトは戦争特化型である。

 そして戦時中は言うなれば『歩合制』――手柄の取り合い、資源の奪い合い、陣地の奪取の繰り返しだった。


 味方は決して『味方』ではない。

 むしろ独立遊軍の色合いが強かったダークエルフたち『暗闇の刃』隊からすれば、味方というのは『殺してはいけない敵』だったとも言える。


 このように、あまり深くは突っ込めない事情があったりもするのだが……

 結構長くスローライフをしていて、まだ頭が戦争しているのは、さすがにちょっと、なんとかしてほしい。

 ヒトに期待をしすぎなのだろうか――闇の竜王は期待度のさじ加減がわからない。



「そういうわけで、そろそろ新しい住民がいてもよかろう。……それにだ。貴様らに『後輩』ができることで、『先輩』としての振る舞いを期待したいのだ、この俺は」

「先輩!」



 ダンケルハイトがわかりそうな単語にだけ食いついた。

 目を輝かせる。



「先輩はいい響きですね。つまり――あたしに忠実な手足が増えるということですね?」

「その発言は、貴様の先輩にあたるヴァイスやムートが、貴様らをどう扱っているかを考えてから、今一度してみるがいい」

「…………先輩はいい響きですね。つまり――あたしに忠実な手足が増えるということですね?」

「考えろ」

「で、でも、『今一度してみるがいい』って……」

「貴様、そんなにアホだったか?」

「すいません、最近、考えてなくて……考えるって一日休むと三日分は後退するんですよ」

「なぜ考えていないのだ」

「全部ヴァイスが指示してますから。あたしらは力を貸してやるだけです。だってあいつら、なまっちょろいですからね」

「…………」



 ヴァイスの利発さが悪い方向へ作用しているようだった。

 このままではいけない――村落としては機能的にいい方向に作用しているのかもしれないが、それ以上を、ダンケルハイトの社会性や自立心、思考能力などをはぐくむことまでを望むならば、非常にまずい。



「……ダンケルハイトよ、貴様に命じる」

「は? は、ははあ! なんなりと!」

「ダークエルフどもを数名連れて、新たな村の仲間をスカウトしてこい」

「わかりました! 闇の竜王様のご命令とあらば、何人でも拉致してまいります!」

「ただし」

「……」

「暴力を禁ずる。恫喝を禁ずる。詐欺を禁ずる。威圧的交渉を禁ずる」

「じゃあ、息をするように暴力をして、言葉となれば恫喝になって、その場のノリで詐欺を働き、立っているだけで威圧的になるあたしに、なにをしろと!?」

「そこからまずは、考えよ」

「……そのご命令は、あたしの能力を十全に発揮できません」

「ならば貴様の『十全』では足らぬのだ。十全以上を身につけよ。これはそういう命令だ」

「そんなあ」

「フハハハハ! 俺もこういう本気のような感じで命令を出すことだけはしたくなかったのだが……もはや貴様の更正、ただ笑っているだけでは叶わんと見た!」

「いずれきっと、うまくやりますよ!」

「その『うまくやる』未来を具体的に示せぬから、俺がこんな、柄にもないことをせねばならんかったのだ!」

「……ぐう……!」

「わかったならば、支度をして行け」

「しかし農作業は」

「貴様らの穴は竜骨兵が埋める! いいから行け! 『行かないでいい理由探し』をするな! この俺が『行け』と言っている!」

「は、ははあ! ご命令、承りました!」

「貴様らの様子は『光の』の協力を得て見ているからな」

「えー?」

「…………」

「わ、わかりました、冗談です、冗談ですから、闇の竜王様……拗ねないでください……真面目にやりますから……」



 闇の竜王は骨のみの尻尾を左右に振り、地面にこすりつける動作をやめない。

 そう、これこそ、闇の竜王の感情を余の者が知る唯一の情報源……


 闇の竜王の尻尾は、機嫌に合わせて動く……

 なお、尻尾の動かし方は、猫とだいたい同じなのだ……!

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