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40話 闇の竜王、コミュニケーションを説く

「闇の竜王さんにこんなことを聞くのは、違うのかもしれませんが……」



 昼時。

 真っ白い毛並みのケモミミ混血少女――ヴァイスが、闇の竜王の寝所前にいた。


 彼女の後ろではすさまじい速度で作物が実り続け……

 巨大イモの実ったツタが天高くまで伸び……

 そして大きな石材をダークエルフたちがどこかへ運搬している最中であった。



「実は困ったことがあって、お力……というかアイディアをいただきたいのです」

「……」



 闇の竜王は肉も皮もない長い首を動かし、ヴァイスをじっと見た。

 その暗い闇のみを宿した眼窩がどのような感情を表しているのかは、誰にもわからない。



「……まあ、よかろう。……フハハハハ! 俺の力を借りたいという申し出であればにべもなく断ったところだが、アイディアならばギリギリ貸せる範囲であろう! この俺は闇……闇とはすなわちアイディアよ! 世間で革新的な発想を出す者はみな闇属性なのだ」

「あ、は、はい。そうかもしれません」

「追従はいらぬ! ……それで、なにに対してのアイディアを求めているのだ?」

「あの、私の後ろで、ダークエルフのみなさんが石材を運搬してくださっているじゃないですか」

「うむ」

「実は、『かまど』を作ろうとしているんです」

「ほう……」



 かまど。

 闇の竜王はあいまいなイメージしか持たぬが、なんか色々と利用価値がありそうだなと思った。



「……クククク! スローライフ的設備よな!」

「はあ。そうみたいです。えっと、時間に余裕があったら作りたかったと、十二が……あの、闇の竜王さんがいらっしゃる前までここにいた、私の妹分が言っていたのを思い出して」

「うむ」

「作り方はおおまかにしかわからないので、試行錯誤を繰り返すことになるかと思います。なので多めに石材を運搬していただいているわけなんです」

「……して、俺のアイディアはいつ必要となるのだ?」

「はい……その『石材の運搬』のために、なにか便利な道具というか、機材みたいなものがあったらいいなと思うんですが……」

「人力ではいかんのか」

「ダークエルフさんたちが大変ですし、運搬中、ダークエルフのみなさんが他作業をこなせなくなってしまうので……人手は多くありませんし……なにか、私ぐらいの腕力でも運べるような、そういうものがあったらいいと思うのです」

「なるほど。……しかしヴァイスよ。貴様、俺にアイディアを求めると言いつつ、すでに己の中で答えを出しているのではないか?」

「……」

「目的は明確! 用途も明確! 要求スペックも明確! であれば必要なのはワンアイディアだけだが……そのワンアイディアさえ、貴様の中にはすでにあると見た」

「ど、どうしてそう思われるのでしょう……?」

「話している最中の貴様の手振りが、すでに完成品のかたちを描いているからよ!」



 そう、ヴァイスは闇の竜王に話しつつ、すでに手振りで『なんかこういうかたち』を描いていたのだ。

 それは四角く、ヴァイスの腰ほどの高さがあり、石材を積み込める箱のようなものであることは明白だった。



「……フハハハハハ! ヴァイスよ、本音を言うがよい! 貴様がほしいのは本当にアイディアなのか!? 違うのであろう?」

「い、いえ、アイディアで間違いない……はずなんですが……」

「しかし貴様はすでに完成品を描いている……であれば、貴様が俺に欲していた意見は、『貴様の描いたアイディアと同じアイディア』――すなわち、『同意』ではないのか!」

「……たしかに、そうなのかもしれません」

「クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ! ――自信がないのか、ヴァイスよ」

「……自信、ですか?」

「そう! 思えば貴様の行動は不自然よな! 『頼りになる妹分がやらないよう言っていたから狩りをしない』『ムートを守りたいとは思うが街に出ようとはしない』……貴様はいつでも『言いつけを守る』ことはしていても、『新しく自分で始める』ということはしない」

「……」

「『かまど』は『十二が言っていた』から新しく始めることができたのであろう。今、俺が使っている寝所造りも、この俺の命であるからしたのであろう。しかし、己で考え、己で産み出すことを貴様はしていないのだ」

「……そうかもしれません」

「フハハハハ! ……文明圏で暮らしているならば、それもよかろう。俺の観察した『ヒト』や『魔』の多くは、たしかに創造性があるとは言いがたい者どもであったし――文明圏は、住人に創造性を強くは求めぬ。為政者がそう造っているゆえにな」

「……」

「だが、この場はスローライフよ! なにが起こるかわからぬ非文明にして未開の地! であれば起こる状況には自らのアイディアと――責任を持って創造的に臨まねばならぬ」

「……はい」

「責任を恐れたか、ヴァイスよ」

「……そう、ですね。恐いのだと思います。私の一存で多くのみなさんを動かすのは、失敗したらどうしようかって思ってしまって……」

「失敗を嗤う者、失敗を責める者、そんな者どもは俺の配下にはおらん」

「……」

「言ったはずだがな。脆弱なる生命よ、挑戦をするのだ。失敗してもいい。責任はとれ。とれる範囲でな。とれない範囲の責任は、現場監督竜王であるところの、この俺がとる」

「……責任は、どうやってとったらいいのでしょう?」

「知らん。失敗の種類にもよるであろう」

「た、たしかに」

「まあだが、気楽にやるがよい。失敗する前から失敗したあとの責任の取り方を考える……ククククク! いかにも貴様らしい気の弱い考え方よ! そんなものはあとで考えればよいのだ!」

「そ、そうですか……? そんなことないんじゃないかなって……」

「『責任の取り方』まで想像できるほど詳細に計画できるならば、失敗などありえなかろう」

「……」

「失敗は『失敗の要因を描ききれず起こる』か『失敗の可能性を描いてはいたがフォローしきれずに起こる』かだ! つまり、想像力、あるいは実力または運の不足によるものよ!」

「なるほど……」

「そうして起こった失敗の責任を、失敗前からどのように『想像』する!? そうして、失敗に対し『実力』は及ぶのか? 運は! ……フハハハ! わけがわからなかろう! 考えるだけ無駄というものよ!」

「……はい」

「失敗して初めて気付くこともある。特に、ここでのスローライフは先人が体系化しテキスト化したものではない。マニュアルなどない。なにが起こるかわからぬ『びっくり箱』! 飛び出す失敗を恐れるより、楽しむ心構えをせよ」

「……楽しむ……」

「そうだ。そして――失敗を楽しむために重要なのは、『自分のせいで失敗を味わわせてしまう相手との信頼関係』よ。関係が険悪ならささいな失敗でこじれもしようが、良好であればささいな失敗など笑い飛ばせるであろう」

「……そうかもしれません」

「そうだ。貴様がすべきは『強者の同意を得ること』ではなかったのだ。『同輩との信頼関係を築き上げること』だったのよ」

「……」

「特にこの俺にそういったケアなど不要。むしろ、俺のご機嫌をうかがい、俺の威をかろうとする者を、俺は好まぬ……」

「……ごめんなさい」

「よい! そのようなつもりではなかったのであろう! ……フハハハ! 貴様は計算高さから俺に同意を求めたわけではなく、弱さから、俺の後押しを欲したのだ! ならば許そう! この闇の竜王、竜王以外の生物が脆弱であることなどとっくに知っている!」

「ありがとうございます」

「そもそも、貴様がいきなりダークエルフどもの指揮をとらねばならなくなったのは、俺が連中をここに連れ込んだがゆえよ。であれば俺は貴様の『責任』に対する悩みについて、寛容であるべきだ」

「……えっと」

「ここだけの話だ。耳を寄せろ」

「は、はい」



 ヴァイスが頭上の獣っぽい耳をピクピクさせつつ、闇の竜王に体を寄せる。

 闇の竜王は節くれ立った首骨を動かし、その巨大な顔面をヴァイスに覆い被せるようにして――



「貴様に酒をやろう」

「……ええと」

「ダークエルフどもは酒好きだ。その酒を、貴様にやろうというのだ」

「……あ、はい。なるほど」

「ククク……貴様の察しのよさはさすがよな……ダンケルハイトなど『酒をやる』と言えば『ありがとうございます』と言って一人で飲み干す……貴様はそのようなことはすまいな」

「みなさんに振る舞います」

「そうだ。……最初は嗜好品で釣ってもいい。そうして一歩一歩信頼関係を築くのだ。……とはいえ、貴様とダークエルフどもの関係は、すでに良好に見えるがな」

「で、でも、ダンケルハイトさんはあんまりしゃべってくれません」

「あやつはまあ、なんだ……色々めんどうくさい子なのだ……」

「……はあ」

「失礼を働くやもしれんが、アレとの付き合いは気長にやってほしい」

「わ、わかりました」

「うむ。……フハハハ! ブツはあとで竜骨兵にとどけさせよう! では今晩はそういうことでよろしくお願いします。これぞご近所付き合いよ!」

「は、はい」

「仕事に戻れぃ!」

「は、はい!」



 ヴァイスが一礼して去って行く。

 闇の竜王はその後ろ姿を見つめ――



「うーむ……しっかりしている……あのぐらいの年齢のころ、ダンケルハイトといえば……うむ」



 去って行くその白い背中に、在りし日のダンケルハイトを重ねて――

 少しだけ、悲しくなった。

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