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38話 水の竜王の戦い

「闇の竜王よ……提案があります。水車小屋を作るのです」



 涼やかな女性の声に、闇の竜王はじゃっかんうんざりしながら長い首を起こした。

 昼時である。


 陽光の下できらめく、半透明な青い髪を体に巻き付けた女性――

 しかしてその実態は不定形の体を持つ、体格自由自在の竜王、水の竜王である。


 彼女の後ろでは子供たちが畑から作物を抜くなどの仕事をしているが……

 見向きもせず、水の竜王は言葉を続ける。



「さいわい、このあたりにはなかなかの清流があります。あそこに木製の車輪をつけて、回す……いい景色になると思いませんか?」

「貴様が問題にしたいのは景観なのか」

「水車は実際的に生活の役にも立つはずです」

「どのように?」

「闇の……わたくしは、このように可憐でか弱い容姿をしてはいるものの、竜王です」

「フハハハハ!」

「……なにがおかしいので?」

「いや、なに。貴様があまりに自分の容姿を褒めるものでな。もう笑うしかないというわけよ。俺の反応は『笑う』か『聞こえないふりをする』しかないのだ」

「より失礼でない方の反応を選んでくださったというわけですね」

「ククククク……! 貴様のそういうところには、素直に尊敬の念を覚えるぞ」

「ああ、承認欲求が満たされていく……」

「……それで、話の続きはもういいのか?」

「そうでした。……水車がどのように役立つか? それはもちろん、役立つのでしょう。ヒトの住処そばには決まっていくつかの水車があります。そして、ヒトは『景観のため』というだけの理由で施設は作らぬもの……必ず実利を産み出そうとするわかりやすい生き物なのです。きっと水車にも意味のあることでしょう」

「早くその『意味』について語らぬか。俺は話を引き延ばされるのは好きではない」

「わたくしは水車の役割を知りません」

「……なんだと?」

「わたくしは竜王なのです。ヒトの営みの細かい部分など知るものですか。あなたもそうでしょう?」

「……フハハハ! たしかにそうよな! 我ら竜王はヒトや魔の暮らしを外からながめるモノよ! ふんわりと知ってはいるものの、詳しくは知らん!」

「そこでわたくしが本日提案させていただくのはこちらです」



 と言いながら、水の竜王は背中側からなにかを取り出した。

 それはヒトの胴体ほどの大きさの、平べったい一枚の板である。


 板の表面にはイラストと文字があった。

 そこでは水車の絵と、それを指さす妙にニコニコした家族の絵があった。


 文字はこのようなものだ。

『人類の居住空間から見る、水車の三つのやくわり』



「……なんだそれは」

「……? プレゼンのためのパネルですが?」

「なぜ『わかっていて当然では?』みたいな顔をする」

「……そうでしたね。闇の……あなたは、あまりヒトの社会とかかわらずに生きてきた……ならば知らないでしょう」

「なにをだ」

「企画の通しかたを、です」

「……」

「よろしいですか、闇の。『ヒトに神殿を作らせようと思ったらどうすればいいか?』わたくしはその問題に長く、そしてうまく付き合って参りました。時になだめ、時にすかし、時に脅し……そうしてわかりやすく、『これさえやってくれればあなたたちの願望は満たされます』と、そのようにプレゼンをし、己の財産を一銭も使用せず、己の労力の一切を使用せず、多くの神殿を建てさせてきたのです」

「つまりなんだ」

「ヒトは弱い。竜王は強い。……しかし、ヒトと竜王、ともに力の差異なく持つものがあります。それは想像力であり――企画力なのです」

「……」

「この『ヒトも竜王も変わらぬ力を持つフィールド』で、わたくしは長く戦ってまいりました。そしてこのパネルは、そうした戦乱を勝ち抜く中で身につけた、わたくしの最高の技術であり――言わば、武器なのです」

「……ククククク! なるほど、なるほど! 世にはそういった戦場もある! フハハハハ! 貴様の話で初めて面白いと思えたぞ!」

「それは重畳。……よろしいですか? 企画を提出する時、相手はたいてい『どう断ろうか』を考えています。『この企画を受けないための条件』を探して、こちらの話を聞いているのです。なのでこうしてわかりやすく、面白そうに、手短にまとめる必要があるのですよ」

「ふむ」

「水車小屋も、おそらくそうです」

「……ふむ?」

「『水車小屋がなんの役に立つのか?』……我々はまず、そういった頑迷な考えから抜け出さねばなりません。ヒトは不要な物をお金をかけてまで作らない――けれど、それは『お金を出す立場のヒトが不要に思うもの』を出さないのであり、『真実、不要なものを出さない』わけではないのです」

「……ヒトの社会での戦いかたの名残かもしれんが、貴様の話は回りくどい。俺相手にヒトと同じ戦いができると思わぬほうがいいぞ」

「では結論を。『水車小屋はおそらく役に立ちません』」

「……」

「水流で回る車輪のついた家――わたくしはその内部に立ち入ったことはありませんが、中はおそらくがらんどうなのでしょう」

「ではなんのためにあるのだ?」

「あれは芸術なのです」

「ほう」

「ヒトは不要なことはしません。ヒトの行動には実利が伴います。正しくは、『行動する者は必ず実利を見込みます』と言うべきでしょうが……それでも一部、実利を一切気にせず行動する人種も存在するのです。それは、芸術家たちです」

「芸術家とて絵を売るではないか」

「それはあまりにもヒトをわかっていない意見ですね」

「フハハハハ! 面白い! 貴様の意見を聞こう!」

「ヒトは稼がねば生きていけません。……が、芸術家たちは、絵であり、音楽であり、そういったものをただ創作できればいいという人種なのです。さらに言えば、創作以外の活動一切は苦痛だと、彼らは思っています」

「ふむ」

「なので、彼らの行き着く思考はこうです。『この趣味で生活できないかなあ』」

「……」

「よろしいですか、もし、国が、あるいは別の機関が、無尽蔵に芸術家たちの生活その他を支援したとしましょう。そうすれば画家は絵を売ることをやめるでしょうし、音楽家はコンサートに自分の楽曲を卸すことをしなくなるでしょう。劇作家は大衆を意識した娯楽を地に捨てて自己満足を追及し、文筆家は独走し世の中にはテンプレートな作品が消え去ります。彼らが『理解』を求め、作品を売るのはなぜか? それは、生活のためなのです」

「なるほど。ヒトとは……否、芸術家とは面白い連中よな」



 この集落にも一人ぐらいほしいな、と闇の竜王は思った。



「このように芸術家とは基本的に生きていくのが下手なのです。……ところがもっと生きていくのがうまい芸術家も存在します。それこそが己の思う芸術を『企画』というかたちにし、さも実利があるように偽装し、出資者に認めさせ、自分の財産や労力を一切使用せずに、他者に己の創作をさせてしまう――」

「……」

「――つまり、わたくしのようなタイプの芸術家です」

「貴様、芸術家だったのか」

「わたくしを奉る神殿に、『わたくしの承認欲求を満たす』以外の実利があるとでも?」

「……ないな」

「よろしいですか。実利を伴わぬものを産み出す者は、おしなべて芸術家なのです。たとえ作品が世で『芸術』たり得ぬと酷評されようとも、その魂には芸術の神が降りているのです」

「芸術の神などいるのか」

「ヒトは『なんだかわからないけど努力ではどうにもならない思考、発想、技術などの天稟を持った者』に対し『神がかっている』という表現を用いるのです。すなわちヒトの世で語られる『神』とは、『目に見えぬ、原因のわからぬ、偉大なもの』ということです」

「なるほど」

「さて、ここで水車小屋の話に戻りますが……あれは、芸術です。まず『車輪を壁につけた家』というあたりに、とてつもない前衛的なセンスを感じるではありませんか。そして、実際にカラカラと車輪が回り、内部でなんらかの『カタン、カタン』という音が断続的に響くさまは、目にも耳にも美しい。あれを作らせた者には、わたくし同様のにおいを感じます」

「貴様のにおいとはなんだ?」

「『自分の手は汚さすうまくヒトを動かす者』のにおいです」

「ずいぶんどぶ臭いな」

「いえ、汚れていないのでどぶ臭くはないでしょう。わたくしはその気になればフローラルな香りも出せます。フローラルは『土の』の領分なのであまりやりませんが」

「……いや、いい。失言だった。忘れよ」

「そういうわけで、わたくしは芸術として、水車小屋の設置を提言いたします」

「ところで、そのパネルにある『三つのやくわり』とはなんなのだ?」

「闇の、あなたはまだわかっていないようですね」

「なにをだ」

「『三つのやくわり』という題名だからといって、三つ、役割があるとは限りません」

「……」

「ヒト相手のプレゼンであれば、それっぽいダミーを二つ、そして真にわかってほしい本命の役割を一つ、という感じであげつらっていくのです。どうせ企画などすべてこちらの言う通りに通るものではありません。であれば、最初に犠牲にして痛くない部分を用意しておくのが、コツなのですよ」

「ふむ」

「まあ、時には『削られてもいいダミーで用意したのに先方がやたら食いついてすごい困る』ということも起こり得ますが……そういった時に対応するのが、企画者としての腕の見せどころです」

「今日の貴様との会話は初めて俺にとって有用であった」

「終わらないでください。水車小屋企画の裁可を」

「勝手に作ればよいではないか」

「……闇の。ほんとにもう、あなたは……そうではなく、わたくしが制作をしたくないから、あなたに企画を通して、ダークエルフたちにでも実際の制作を任せようというわたくしの魂胆が、ここまで言ってもわからないのですか?」

「メダルがほしければ働け」

「知的労働も技術労働も労働です。あなたは肉体労働ばかりを優先する。それはよろしくないと思いますよ」

「フハハハハハ! もっともよな! しかし水の、そこは俺にも考えがないではないぞ」

「どのような?」

「まず、今の集落に無駄なものを作る余裕がないのだ」

「……」

「芸術、結構! 否定はせぬ! むしろそういったものへの関心は、この闇の竜王、なみなみならぬものさえある! ……だがな水の。ヒトも魔も混血も――食べねば生きていけぬ生物はみな、衣食足りて芸術をたしなむ余裕が出るのだ。その衣食が今は足りぬ」

「『土の』の加護のもと、野菜が実り続けているではありませんか!」

「その加護はいずれ消え去る約定よ。……ああ、土のと俺との約定ではない。俺と、ヴァイスたちとの約定だ。そして――光のに対する、この俺の誓いのようなものよ」

「……」

「連中はいずれ、俺たちの手を離れるのだ。それまでに自分で生きる環境を整えねばならん。……フハハハハ! 俺という存在は連中にとって奇跡も同然よ。奇跡に頼り、奇跡だけをよすがに生きるなどしてはならぬと、俺は思う」

「つまり、必要性のないものを作る余裕はないと」

「……その前に貴様も、みなの働きを見ていてわからぬのか? 連中のどこに『必要性のないものを作る』余裕がある? ……おそらく、加護なき土の畑の様子が安定するまで、連中は毎日試行錯誤を繰り返すであろうよ。そこにいきなりタスクを一つ増やすなど、あまりに現場をわかっていなさすぎるのだ」

「……なるほど。現場ですか。たしかに、わたくしにはそこに対する考慮が抜けていたかもしれません。ない労働力は、出せない――ヒトは弱く、そして限界がある生き物でしたね。失念しておりました」

「クククク……物わかりがいいではないか」

「わたくしは、竜王の中でも物わかりはとびきりいいほうです」

「フハハハハハハ!」



 闇の竜王の哄笑が響き渡る。

 冗談にしか聞こえないので、普通に面白かったのだ。


 こうして水車小屋作り企画は白紙に戻ったが――


 彼らはいずれ、知ることになる。

 水車小屋は別に芸術ではなく、普通に生活の役に立つ施設であると……


 だが、それはまだ、遠い先のお話。

 いや、遠いか遠くないかは、わからない――竜王の時間感覚は、ヒトとは違うのだから……

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