37話 おともだちとは仲良くしよう
昼時。
色々悩みもあるようだが、ムート、ニヒツ、クラールの三名は仲良く遊んでいる様子だった。
三人で競うように野菜を抜いている姿には、微笑ましいものがある。
闇の竜王は石造りの寝所から幼い三人の姿を見て、笑う。
「クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ! 若者よ、悩め! そして遊べ! 今という時間は今しかない。後悔をせぬよう全力で生きるのだ……!」
ささやくような大声だった。
当然周囲にいる者の耳にはとどいているのだが、『あ、これは闇の竜王様、モノローグのつもりでしゃべってるな』という空気を察した者たちは、みな聞こえないフリをして各々の作業を続行する。
このようにして集落の穏やかさはたもたれている。
人付き合いの基本は、気遣い――すなわち空気を読むことなのであった。
「ハハハハハハハ……うん?」
気持ちよく笑っていた闇の竜王の視界を、見慣れぬ者が横切ろうとしていた。
それは、幼い女の子だ。
青い髪に真っ白い肌。
服は着ておらず、髪の毛で体を隠した――幼い、少女。
その少女は、今にも転びそうな走り方をしながら、
「わーい! みーちゃんもみんなとあそぶー!」
大人の女性が無理矢理出してるみたいなロリ声で叫んでいた。
闇の竜王の中で、不審者認定された。
というか一瞬で正体に気付いた。
「待て。待たぬか水の竜王」
青髪の幼女はピタリと立ち止まり、闇の竜王のほうを見る。
そして、幼い顔に、まじめな表情を浮かべ――
「ばれましたか。さすがは『闇の』……」
「おそらく誰でもわかる」
あからさますぎて、闇の竜王でさえ笑えなかった。
「……して、水の竜王よ……なんだその姿は……そして『みーちゃん』とは……」
「ふふふ……『闇の』。あなたはわたくしの目的を知っておいででしょう?」
「……いや、貴様がなにを考えているかなど、俺にはわからん」
「わたくしは――あなたの骨メダルを受け取り、それによって景品を交換することが目的なのです」
「そういえばそうだったな」
「しかしわたくしは、汗水流して働くことは、可能な限りしたくない……目的を持ったならば、効率的に、なるべく苦労をせず達成できる道筋をまずは考え、そして他者を扇動し、己の労力と成す……そうしてわたくしは、大陸中に己を奉る神殿を建てさせたのです」
「貴様はそういうヤツよな。しかし――神殿などと! フハハハハ! そのようなものがいったいなんの役に立つのか!」
「闇の。『役に立つ』『役に立たない』の話ではないのです」
「……どういうことだ?」
「神殿が建ち、多くの人がそこを参拝します。すると、どうなります?」
「…………願いが叶うとでも言うのか?」
「そんなものは知りません。そうではなく――参拝されたわたくしが、気持ちいいでしょう?」
「……」
「闇の。あなたは己の信ずるままに行動し、その結果を受け止めるだけ……言わば求道者メンタルの持ち主ゆえにわからぬやもしれませんが……通常、生き物には『承認欲求』というものがあるのです」
「……だからなんだ」
「わたくしを奉った神殿に、参拝者がきますね。そして、わたくしをかたどった像に、祈りを捧げます。『水の竜王様、どうか豊穣を』『旅の安全を』『商売繁盛を』……そういった願いを受けると、わたくしの承認欲求が満たされるのです」
「して、貴様は願いを叶えるのか?」
「みーちゃんは一人しかいません。それに対して神殿の数は膨大……だいたい、あまり人や魔に干渉すると『土の』がうるさいので、願いを叶えるなど滅多にしません」
「……」
「しかし、わたくしの神殿に行き、そして願いが勝手に叶った者は、わたくしが願いを叶えたものだと思い、また神殿に足を運びます。……よろしいですか、闇の。これは、承認欲求の永久機関なのですよ」
「……」
「承認欲求を永続的に満たしたいと願うのならば、神殿を建てさせるに限ります。つまり、神殿は役に立つのです。ただし、実益はなく、わたくしの精神的充足の、役に立つのです」
「貴様との心の距離が会話ごとに広がる」
「みーちゃんのこと嫌いにならないで」
「……それで、そのふざけた姿はなんだ」
闇の竜王の心にあるのは、『声をかけなきゃよかった』という後悔だった。
なので今、さっさと会話を切り上げるモードに入っている。
まあ、あのまま不審な水の竜王をムートたちに近付けるよりも、自分のところで止められただけよしとしよう。
「この姿はふざけているわけではありません。計算尽くの幼女ルックなのです」
「計算尽くの幼女ルックは充分にふざけていると思うが」
「先ほども申し上げました通り、わたくしはメダルがほしい。そして、メダルを得るために計算した最上の容姿こそ、幼女なのです」
「……意味がわからん」
「闇の。あなたは気付いていらっしゃらないようですが――あなたは、幼女に弱い」
「…………」
闇の竜王は記憶を漁る。
しかし、特に幼女に弱いエピソードが見つからなかった。
「水の。貴様の勘違いではないのか?」
「いえ。わたくしは各人のメダル獲得数と獲得頻度、加えて獲得するタイミングを観察し続けました。その結果……ダークエルフ男性とムートさんでは、同じことを同じぐらいしても、ムートさんのほうが、メダルを多くもらえているのです。すなわち、幼女は特権階級なのです」
なにも考えずにその場のノリでメダルを渡しているが――
たしかにダークエルフよりもムートを優先しているような気はする。
だが、それは……
「フハハハハハ! なにかと思えば! 大の男と、幼い子供! 同じ仕事をすれば、子供のほうが不利であろう! 俺がムートにメダルを多く渡す理由は、あやつが不利をものともせず、挑戦を惜しまぬからよ! 大人と同じことをしたがり、実際におこなうゆえに、あやつはメダルが多いのだ!」
「闇の。その説明では、やはり幼女有利です」
「その幼女幼女言うのをやめんか! 俺はクラールとて『子供』のカテゴリで見ている! あやつは男であろうが!」
「しかし見た目がかわいいので、実質幼女みたいなものでは?」
「貴様の判断基準がわからん」
「とにかく、かわいくか弱い容姿の方が有利だと悟ったわたくしは、かわいくか弱い容姿になったのです」
「しかし貴様、竜王ではないか」
「闇の……あなたは、もっと他者を見た目で判断しようとしたほうが、よろしいですよ」
「しかし貴様が竜王である事実は変わらんだろう」
「まあまあ。まあまあまあ。それは、おいておいて」
「おいておけぬわ」
「あなたはそうやってすぐ内面で他者を見る! 中身より見た目が大事でしょう!?」
「クククク! 貴様を見ていると『中身が大事』という俺の論説はますます揺るぎないものとなっていくがな!」
「わかりました。わーかーりーまーしーたー。闇の。わたくしは、赤ん坊になります」
「……勝手にしたらよかろう」
「赤ん坊は泣くのと食べるのと眠るのが仕事です。つまり、生きているだけで働いていることになる……そうですね?」
「本物の赤ん坊ならそうであろうが、貴様は竜王であろう」
「わたくしが竜王であるだけでなにもかも台無しにしないでください」
「貴様の相手はなぜこんなにも面倒なのだろうな」
闇の竜王は抜けるような青空を見上げた。
飛び立ちたい。今、そんな気持ちだ。
「……くっ……闇の、あなたが見た目で他者を判断しない者だということはわかりました。今回はわたくしの負けです」
「そうか」
闇の竜王の声には虚無があった。
もうどうでもいいから早く終われ、という気持ちである。
「しかし、また対策を立て、メダルをいただきにまいります。わたくしは水の竜王……水とは絶え間なく流れ続ける者。わたくしの波状攻撃を前に、あなたはいつまで、わたくしにメダルを渡さぬままでいられるか……せいぜい楽しませていただきますよ」
水の竜王が液体となり、地面にしみこむようにして去って行く。
闇の竜王は空を見上げて――
「……普通に働けば、普通にメダルをやるのだがな」
なぜ、ああまでかたくなに働かないのだろう――
その疑問は、高い青空に吸い込まれて消えていった。




