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36話 クラールの心配、ニヒツの真実

「ぼ、ぼく、クラールです……」

「……」



 知ってる。


 真夜中に突如あらわれた有翼の美少年を見て、闇の竜王は眉をひそめる(骨だけなので眉はない)。


 少女と見まがう金髪碧眼の少年がこうして一人、闇の竜王のもとに来るのは珍しい。

 というか、おそらく初めてだ。


 野良暮らしの中でいくぶんボロくなったローブをまとい来た彼に、闇の竜王は慎重に語りかける。



「フハハハハ……どうしたクラールよ。その名はこの俺がつけたもの。名乗らずとも知っている――が、誇らしげに名乗るのはいいことだ」



 声量控えめなのは、クラールを恐がらせないための配慮であった。

 闇の竜王は大人しいお子様の相手が初めてなので、多少慎重になっているのだ。



「きょ、きょうは……闇の竜王さまに、相談が、あって……」

「ふむ。この俺にか。ヴァイスのほうが話しやすかろうに」

「ヴァイスおねーさんは……だめです……」

「なぜだ」

「それは……」



 クラールは口ごもった。

 闇の竜王は、『言いかけたことをなかなか言わない』という対応をされるのが嫌いだったが……

 相手によって『無理矢理言わせる』か『待つ』かを選択できる度量はあるのだ。



「まあよい。クククク……して、相談とはなんだ」

「……妹のニヒツが、さいきん、ムートちゃんとばっかり、あそんでて……」

「ふむ」

「……高いところからとびおりたり、川でおよいだり……あぶなくて、しんぱい……」

「しかし、それはニヒツ自身が選択し、決定した遊びかたなのであろう? あやつの性格で強要されてというのは考えにくい」



 クラールの双子の妹であるニヒツは、相当しっかりした性格の持ち主なのだ。

 だいぶ強い。



「でも、きげんわるそうで……」

「……ニヒツはいつでもだいたい機嫌悪そうではないか」

「そ、そうですけど、そうじゃなくって……えっと……ぼくと、ニヒツが、あそびにさそわれた時とか、とても、きげんわるそうで……」

「……ふうむ」

「あ、あれは、『ほんとはやだけど、ことわりにくいから、お兄ちゃんにことわってほしい』っていう意味なんじゃないかなって……でも、ぼくは気がよわいから、ことわったり、にがてで」

「ニヒツが……」



 お兄ちゃんに断ってほしい、とか思ってるぐらいなら、自分で断りそうな人格をしている。

 そもそもニヒツがクラールを頼るというのが闇の竜王には想像つかない。



「……フハハハハ! なるほど。では――ニヒツを呼んでくるのだ」

「そ、それは……」

「ニヒツの内心を知りたいならば、本人に聞くのが一番よかろう。ここで俺と貴様、二人で顔を突き合わせて悩むより、よほど手っ取り早い」

「そうかも、しれませんけど……」

「よいかクラールよ……わからないことは、わかっている者に聞くべきなのだ」

「……」

「こうして思い悩む時間が、貴様になにを与えてくれる? ……思考することを悪とは言わぬ。しかし、それよりも行動の方が大事よ! この闇の竜王はそう考える! ……『光の』であれば、思考の方を大事と言いそうではあるがな」

「……たぶん」

「クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ! しかしここは、この俺の領土よ! ならば俺の強権をもって、ニヒツの呼び出しを命じる! ……ああ、クラールはそこにいるがよい。夜道を往復させるのも危ないので竜骨兵に行かせよう!」





「…………」



 呼び出されたニヒツが、無言でクラールの翼を殴り続けている。

 痛くはなさそうだが、恐い。


 ニヒツはクラールの双子の妹だけあって、同じような容姿をしている。

 ただ、兄に比べてだいぶ目は死んでおり、そのせいで不穏当な顔つきに見えた。


 金髪碧眼、背中に翼の生えた、同じような白いローブをまとった双子。


 最初は個性が乏しかったこともあり、並んでも見分けがつかないぐらいだったが――

 今では一見してどちらがどちらかわかるようになってきた。



「フハハハハ! ニヒツよ! やめんか! 不機嫌なのはわかるが無言のままクラールを殴り続けるのはいかんぞ」

「……クラールがぼけだから……」

「相変わらず兄に厳しい妹よな!」



 これが『お兄ちゃん私の代わりに断って』なんていうアイコンタクトをしそうにはとても思えない。

 イヤなことを強要した相手には全力で『貴様を殺す』という視線を向けるタイプだ。



「して、ニヒツよ……ムートと遊ぶのは、いやか?」

「なんで?」

「遊びに誘われるたび、貴様がクラールをにらむらしいではないか。それは『遊びに誘われるのがイヤだけど断りにくいから私の代わりに断って』というアイコンタクトとも解釈ができるであろう?」



 ここで『そうクラールは思っているようだ』と言わないのは、闇の竜王の気遣いである。

 どういうたぐいの気遣いか――それは気遣っている闇の竜王自身にもわからぬが、なんとなくそうしたほうがいいなと判断したのである。

 闇の竜王は行動のだいたいを『なんとなく』で決めるのだ。



「闇の竜王さま……」

「なんだ」

「それは、ちがう……ニヒツはそんな、『いみふ』なアイコンタクト、してない……」

「ではアイコンタクトの真意はなんだ?」

「こいつ、むっちゃんのあそび、いやそうだから……」

「むっちゃん」

「……むっちゃん。かわいい」

「そ、そうか」



『かわいい』と言った瞬間、普段不機嫌そうなニヒツの顔に、幸せそうな色が浮かび上がった。

 なぜだろう、妙にこわい。



「クラール、いやなら、ことわればいいって……そうおもって、みてるだけ」

「ニヒツ自身は嫌々ムートに付き合っているわけではないのだな?」

「闇の竜王さま……」

「なんだ」

「ニヒツは、むっちゃんとあそぶために、うまれた……」

「……」

「いやなんて、ないよ」



 君の生まれた意味を知るスローライフ。


 ニヒツは生存理由をここの暮らしで見つけたようだった。


 それは素晴らしいことで、きっと、仙人の双子をたくした光の竜王も、そういうものを生活の中で見つけてほしいと思っていたのだろう。


 でもなんか違う気がした。

 本当にそれは、生まれた意味にしていいのか?

 闇の竜王にはわからない。



「に、ニヒツ! で、でも、ぼくは、あぶないの、よくないと思うんだ!」



 ここでクラールが急に焦った様子だった。

 闇の竜王は展開がよくわからないのでフリーズして兄妹の会話を見守ることにする。



「ニヒツがケガしたら、ぼくは、しんぱいだよ」

「うっさいぼけー。ニヒツとむっちゃんのなかいいの、じゃましたらゆるさない」

「ぼ、ぼくはニヒツのこと、しんぱいで……」

「ぼけー。ぼけー。ばかー。あほー」

「ぼ、ぼくは、ぼけじゃない! おにいちゃんだぞ……!」

「うっさーいうっさーいうっさーい」

「う、うう……」


「フハハハハ! そこまでにせんか!」



 クラールが泣きそうなので闇の竜王は止めに入った。



「まるで会話になっておらんではないか! ……よいかニヒツ。貴様はボケとかバカとかばかりではなく、相手を罵倒したいならば、『なぜ相手をボケだと思うのか』を述べよ。勢いで押し切ろうとするな」

「……はーい」

「そしてクラールよ。心配する気持ちはよかったし、大きな声で自分の意思を述べるのは貴様にしては素晴らしかった……が、『お兄ちゃんだぞ』はよくない。生まれの早さを振りかざす者は、生まれの早さを理由に苦労を押しつけられる。この集落では誰も貴様に『兄だから』という理由で義務を課さない。その代わり、貴様も『兄だから』というものを武器にするな。よいか?」

「……はい」

「うむ。……クククク……! この闇の竜王、子育てを実感中……! ダークエルフどもがいかに単純なお子様だったか深く理解している……! フハハハハ! これもまたスローライフよ! スローライフの中で子は育ち、大人になるのだ!」



 闇の竜王はまた笑った。

 今ロード中だ。



「……よし。今日のところは家に帰って眠るがいい。ケンカをするなとは言わぬが、するならするで、きちんとケンカをしろ。お互いの主張をぶつけ合い、それぞれの我を通すためにきちんと戦うのだ。暴力、よし! 討論、よし! 運試しでの決着さえ、この俺は肯定しよう! 肝要なのは『納得すること』よ。後腐れの残るケンカだけはするな」

「はーい」

「はい」

「では足もとに気を付けて帰るのだ」



 二人は返事をして、並んで家を目指していった。

 闇の竜王はその背を見送り、つい、ため息をつきながら――



「しかし……クラールはニヒツを心配し、ニヒツはムートを気に入っており、ムートはクラールと仲良くなりたい……クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ!」



 闇の竜王は哄笑する。

 そう、まさかの展開――幼い子供たちに三角関係ができている!


 その甘酸っぱさとほほえましさに、闇の竜王は大爆笑するしかなかった……

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