34話 闇の竜王の昔話
闇の竜王を取り囲んでダークエルフたちが酒宴をしている。
パチパチ爆ぜるかがり火に照らされた闇夜の中、十六名が車座をくんで酒を飲んでいた。
『巨大な骨のみの竜』である闇の竜王を取り囲んで行われる酒宴には妙な宗教的雰囲気があって、周囲で歌ったり踊ったり泣いたり大笑いしたりと様々なかたちで感情が発露されている様子がいっそう場の異様さを高めていた。
場の大部分を占める人種であるダークエルフたちはみな、褐色肌で、筋骨隆々で、美しく若々しい顔立ちをしていた。
とがった耳や基本的な容姿はエルフ由来のもの。しかし褐色肌や――『魔法が苦手』という特性は、デーモン由来のものと思われる。
混血。
己を取り囲むヘソ出し男女(男女比十五対一)を見つつ、闇の竜王は喉奧で――咽頭骨奧で笑う。
「ククククク……! それにしても、そう、それにしてもだ。……『混血』とはな」
闇の竜王の言葉の意味がわからないのだろう。
ダークエルフたちは、不思議そうな顔で闇の竜王を見た。
「いやなに。この土地に来た時だ、ヴァイスにより『自分は混血だから人里に近寄れない』という話を聞いてな。それ以来『ヒト側と魔側両方の血を受け継ぐ種族』を『混血』と呼ぶのは、たしかにそうだなと思い、世間では差別的な表現らしいが、便利ゆえ、さも昔からそのような表現を知っているぶって使っていたが……ククククク!」
酔ったような笑いだった。
闇の竜王は酒宴の中央にいるが、酒も飲んでいないし、食事もとっていない。
彼の存在に『食物の摂取』などというエネルギー補給行為は必要でないのだ。
それでも――
催される宴の酒気にあてられているのかもしれない、と闇の竜王は思う。
「貴様らを見ていると、そのような区分になんの意味があるか、疑問に思う。脳天気なるダークエルフどもめ! 貴様らのようであればいいのだ。すべての被差別種族は、さも世界の始まりからこの世に存在しているような顔をして、酒を飲みケンカをし、たまに失敗をしたりしつつ楽しく悩まず生きればいい……!」
「あたしたちだって、悩んでますよ!」
酔った声で反論するのは、ダークエルフどものリーダー格であるダンケルハイトであった。
ムチムチとした腹部に目と鼻を描き、先ほどまで宴会芸を披露していた彼女は、力強く拳を握りしめながら、酒の入った器を片手に立ち上がった。
「メダルを使い切ったせいで、明日からの酒をどうしようって、今も不安で胸が張り裂けそうです!」
「……」
「どうしよ……メダル、使い切って……それで交換したお酒も、もうすぐ全部なくなる……お酒が飲めない……明日からの、お酒……」
ダークエルフたちのあいだに悲壮な空気が漂い始めた。
闇の竜王は絶句している。
この集落に来る前であれば、こういう雰囲気を出されると、翌日こっそりダークエルフたちの枕元にいくらかの酒代を置いてしまったりという『甘やかし』をおこなっていたのだが……
闇の竜王は己に課したルールを守る者である。
彼の者の司る『闇』とは、『混沌』をあらわすモノである。それゆえにいかなる秩序にも影響されない。……が、混沌には混沌なりのルールもあるのだ。具体的に言うと『他者の決めたルールには従わないが、自分の決めたルールには従う』という感じ。
なので、己でさだめた『努力に応じメダルを渡し、自給自足できないものについてはメダルとの交換のみであたえる』というルールは守ろうという意思があった。
ルールを守ることに飽きていないあいだは……!
「……そもそも『混血』などという表現は、誰が言い出したか知らんが、傲慢よな!」
闇の竜王はダンケルハイトの言葉を聞かなかったことにした。
ダンケルハイトが酒酔いの勢いにまかせて接近してくる。
「闇の竜王様! お酒を、あたしたちに明日の活力を……!」
「竜骨兵! ご近所迷惑にならん程度に大きめの音楽を流せ!」
「いちばん! 『めろでぃらいん』をたんとうします!」
「にばん! 『べーすらいん』をたんとうします!」
「さんばん! 『めいんぼーかる』をやりゅの!」
「よんばん……『くちぶえ』をふくぜ」
「ごばん! ああ! うたうの、さんばんちゃんに、とられた!? えっと、えっと」
「『でゅえっと』するの!」
「ごばん! さんばんちゃんといっしょにうたいます!」
じんせいはーすたみな、ていしょく~
こしょう、きいてる~
ハァァァン、ハァン、ハァン、おおもり、ごはん~
しるものも~
おにくだけ、たべていきていく~
あげものも、おいしい~
にがい、おやさい、あとまわしさ~
あぶらとかで、いためてね~
おおもりごはんーウゥゥゥゥウォウウォウイェ~
ウゥゥゥゥ~マッ、ママァァァァ~
ピューピューピュー
スピュースピー
ピュルルルルルルルピュポッ(口笛ソロパート)
どこからともなく出現した竜骨兵たちが、おぞましき音曲を奏で始める。
その名状しがたい旋律は暗闇に包まれた僻地集落を飛び出し、遠く遠く、世界の果てまでとどくかのようであった。
「原初、世界にはたった一種類の人種しかいなかったという。すなわち『神』と呼ばれるモノどもだ。俺は竜王の中では若き身ゆえ、このあたりの古くさい話は『土の』のほうが詳しいが……その当時から見れば、世に生きるすべてのモノは『混血』よ。それを二つの陣営にわかれてしまったがゆえに、『敵と交わった者』のみを混血と呼ぶなどと……まったく、愚かよな」
「闇の竜王様……お酒を」
「クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ! 世間の混血どもがみな、貴様らのように悩みのない存在であれば、もっと生きやすかろうにな!」
闇の竜王はそう言いながらバサリと骨のみの翼を広げる。
そうして後ろ足二本で立つと、明かりのない夜空へと飛び立ち始めた。
「闇の竜王様!」
「ハァーハッハッハッハ!」
闇の竜王は地上から離れていく。
空へ、空へ。深遠なる闇に包まれ、視界さえままならぬ真っ黒な空の向こうへと飛んでいく。
上空へ行けば行くほど空気は冷え、薄くなっていく。
しかし彼の者に空気など必要でない。
速度を落とさぬまま、並の飛行生物ではとうていたどり着けない高みへと、闇の竜王はのぼっていった。
通常の者が到達しえぬ限界高度を超えるその偉業も、彼の者にとってはただの気まぐれ。
強いて言えば、ダークエルフがあきらめて眠るまでの暇つぶしにすぎないのだ……!




