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32話 闇のメダル交換所、営業開始

 昼下がりの畑にはたくさんの人が集まっていた。

 みな仕事はしていない。

 ダークエルフ十六名も、混血種の二名も、みな、なにかを持って、行儀良く木製カウンターの前で一列に並んでいた。


 粗末な手製の木製カウンターのところには二人の子供が座っている。

 背中に翼の生えた、金髪の、美しい双子だ。


 どこか超然とした雰囲気のある、どこを見ているかわからない目つきをしたほうが、双子の妹、ニヒツ。

 どこかおどおどした、笑みを浮かべようとがんばっているが、うまく笑えずに口の端がちょっと上がるだけという微妙に嘲るような顔をしてしまっているのが、双子の兄、クラール。


 そのカウンターの上には『闇のメダル交換所』という看板があった。


 並ぶ人々が抱えているのは真っ白い平べったい円形の『闇のメダル』であり、これからそのメダルと景品を交換してもらおうとしているのだ。



「フハハハハハ! レートが設定された途端に大盛況ではないか!」



『闇のメダル交換所』カウンターの背後――

 石でできたいつ崩れるかわからないような寝所の中で、闇の竜王が哄笑する。


 肉も皮もない骨のみの、巨大な竜。

 その怖ろしくおぞましき容貌の生き物は、今、己の蔵の中にある景品を受け渡すため、カウンターの後ろで待機しているのであった。



「クックック……! こうして一歩引いたところから見ていると、交換のために持ってきたメダルの分量から、一人一人の性格が見えるようだ……! ヴァイスとムートは必要分だけ持ってきている……まだ家には余ったメダルを貯蔵していよう……! 対してダークエルフどもはもう『持てるだけ持ってきた。すべて酒に替える』という意思が両腕いっぱいのメダルから伝わってくるようだ……! おそらく貯蓄など考えてもおるまい……! 愚か者どもめ……」



 育ての親としては胸中に苦いものが広がっていくような心地である。

 貯金しろ。



「……しかしここは、あえてなにも言うまい! フハハハハハ! この闇の竜王、子らに失敗を避けさせ安全な道を行かせるだけの者ではない……! 失敗から学べることもある。というか連中は一度本格的に痛い目を見なければ貯蓄の重要さがわからんだろう……! ここは沈黙……! そういう方針で、行く……!」



 ちなみに闇の竜王はよく響く低い声でハッキリ独り言を言う。

 だから両腕にメダルを抱えてウキウキ顔で並んでいたダークエルフたちの顔に、微妙な色が広がった。

 聞こえてるのだ。



「闇の竜王さま」



 闇の竜王が笑っていると――

『闇のメダル交換所』受付けカウンターにいたニヒツから、声がかかる。



「どうしたニヒツよ」

「ムートが、しなものを、えらんだ。けいひんを……」

「フハハハハ! そうであったな! ではムートが求めるものを渡そう……代償とするのは、貴様のおこなった努力の成果! すなわち俺の骨でできたメダルである! 努力の成果として実用品や嗜好品を得る……! これぞ健全なる労働よ! それで、ムートはなにを欲した?」

「メダル五つと、ひきかえに……『よくわからないおもちゃ』を」

「……」



 闇の竜王の本来の寝所――

 この集落より遠く離れたその場所には、闇の竜王が永き時をかけて集めた様々な品物がある。


 そして、闇の竜王が司る属性は、闇。それは世界の始まりを示す混沌。

 であれば当然、闇の竜王の蔵もまた、混沌としている。


 つまりどういうことかと言うと――

 闇の竜王は、ものを捨てるのが苦手で、彼の蔵には有用なものも不要そうなものも、一緒くたに納められ、混沌としているのだ……!


 そして『よくわからないおもちゃ』は、闇の竜王も、ぶっちゃけ『捨てたほうがいい』と思っていた品物である。

 いちおう、蔵にあるものはくまなくレートを設定させているが、まさか欲する者が出るとは思わなかった代物なのであった。



「……本当にそれでいいのか?」



 闇の竜王は思わず問いかけた。

 カウンターの向こうで、小さな白い毛並みの少女が、力強くうなずく。



「むうーと!」



 彼女は己の名を力強く叫んだ。

 おそらく『それでいい』とかそんな意味だろう。



「……まあ、よかろう。……フハハハハ! この俺が司りし属性は闇! 先の見えぬ深淵たる闇とはすなわち、可能性の象徴でもある……! 俺にとって不要に思われるモノも、俺でない誰かにとって有用ということもあろう! しばし待て!」



 闇の竜王は肋骨の中に腕をつっこんだ。

 そこには、なにもなかったが――闇の竜王が手をつっこむと同時、肋骨内部に闇の球体が出現する。


 闇の竜王の腕はするすると闇の中に吸い込まれ、そして――


 スポンッ!


 そんな音を立て抜き出されると、骨だけの手の中には、『よくわからないおもちゃ』がつかまれていた。



「フハハハハ! では俺の蔵より直送されたこの『よくわからないおもちゃ』をムートに進呈しよう! さあ、メダルをよこすのだ……! 引き替えにこの、なんだ、馬のような、亀のような、置物のような、武器のような、名状しがたき謎のコレを渡そう! 背中のでっぱりを押すと奇妙な声で鳴く! 受けとれぇい!」



 闇の竜王は勢いよく叫びながら、壊れないようにそっと『よくわからないおもちゃ』をニヒツに渡した。

 ニヒツが受け取ったそれの代わりにメダルを闇の竜王に渡し、それから『よくわからないおもちゃ』をムートへと受け渡す。


 ムートはさっそく木製とも石製とも思える、四足歩行のような六足歩行のような謎の生き物を模したおもちゃの背中、甲羅のような鍋のようなその部分に不自然に配置されたでっぱりを押した。



 んぬぇぇぇぇぇぇぇねっぷぃぃぃぃぃぃぃ……



 奇妙な残響を残しながら、意外に大きな音でその『よくわからないおもちゃ』が、鳴き声のような悲鳴のような断末魔のような音を出した。

 ムートは目を輝かせる。



「むうーと!」

「……気に入ったのか、それを」



 闇の竜王は思わず問いかけた。

 ムートは力強くうなずき、横にいる姉とか、後ろにいるダークエルフどもにおもちゃを自慢するように見せびらかし始めた。

 見せびらかされたほうは一様に困惑した笑みを浮かべていた。



「次の者!」



 闇の竜王がよくわからない空気を変えるべく、力強く言った。

 次なる客はムートの姉、ヴァイスである。


 純白の体毛を持つ、肌の白いケモミミ少女。

 この集落で闇の竜王が来る前から生活をしていた彼女が、メダルと引き替えに求めるものとは――



「ニヒツさん、闇の竜王さん、この、『よくある子供向け童話』をください」

「ほう、貴様は本を求めるか」

「はい。本って読んだことがなくって……」

「文字の読み書きは可能なのか?」

「『できる』って言えるほどじゃないですけど、なんとなくは……これを機会に、もっと文字を覚えたいっていう気持ちもありまして」

「……ククククク! まあ、よかろう。話のあらすじやわからない文字ぐらいはこの俺が教えてやる……!」

「あ、ありがとうございます……」

「フハハハハハハ! 貴様が文字を覚えることで、集落により新しき可能性が生まれる……すなわち貴様に文字を教えることは、俺のためでもあるのだ」

「でも、ありがとうございます」

「……うむ。……クハハハハハ! では受け取れぇい!」



 肋骨の中の闇より取り出された一冊の書物が闇の竜王の手からニヒツの手を渡り、ヴァイスへと手渡される。

 その意外と大きい、表紙の硬い本を受け取り、ヴァイスは礼を述べた。



 かくして闇のメダル交換所は営業初日を無事に終える。

 ダークエルフは酒しか求めなかったので割愛だ。

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