30話 新居完成 文明レベルの上昇
「クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ!」
輝ける日差しの下に、邪悪な哄笑が響き渡る。
それは明るく澄んだ昼の世界に、どこまでもどこまでも響き渡った。
笑っているのは、骨だ。
あまりに大きな四足歩行の、骨のみの竜――闇の竜王。
そのおぞましく強大なる存在が、後ろ足二本で立ち、翼膜のない翼をはためかせながら、昼の世界で哄笑する。
もし事情を知らぬ者が見たならば、世界の終焉を告げるかのような無気味な光景を前に、怖じ、震え、身動きさえとれぬであろう。
だが――
彼の竜王の眼前に立ちながら、まったく怯えもすくみもしない存在があった。
ヴァイス。
真っ白い、大きな三角耳と、太い尻尾の生えた、痩せた少女だ。
白すぎる肌は、彼女が純粋なる獣人ではないことを見た者にわからせるだろう。
混血。
人と魔が和解したこの世においてさえ、まだまだ差別の憂き目に遭う者の多い、『人と魔のあいだにできた子供』である。
彼女は知っているのだ。
闇の竜王が、なぜ笑っているかを!
「気に入っていただけましたか……?」
彼女はか細い声で言った。
雰囲気はあいかわらずおどおどしているが――
それでも、その目には、たしかな自信が存在した。
闇の竜王は深淵なる暗黒を宿した眼窩をヴァイスに向ける。
そしておもむろに前脚を己の腹部に差し入れると――
ずるり。
そんな音を立てて、肋骨の内部から、白く輝くトロフィーを取りだした。
「見事よ……貴様の設計した、我が新しき――家!」
――闇の竜王の右側。
そこには、石材でできた建築物が存在した。
その建物は複数の直方体の石を組み上げられ、できていた。
壁はない。
そう、闇の竜王は知っている。
住居に一番必要ないものは、壁だと。
なので新しい住居もまた、非常に単純なつくりをしていた。
1、土台となる薄めの四角い石を置きます。
2、1で置いた石の四つ角に石の柱を立てます。
3、土台と似たかたちにカットした石を乗せます。
完 成 !
工事を手伝ったダークエルフたちはのちに語ったという。
――いや、あの建物、まずいですよ。地震とか来たら一瞬で崩れますって。
――ものすごいバランスで成り立ってますもん。
――いつ屋根が落ちてくるか、みんなで賭けてるんですよ。
――それはそうと屋根になる石を乗っけるのすごい重くて大変でした。
「フハハハハハハハ! なんというか、こう…………大ざっぱ!」
「い、いちおう、石と石のスキマを泥で埋めたり、簡単に倒れないように、泥でねばしたり、あとほかにも色々泥を使ってますけど……まあその、接着力は不安です」
「クククク! 謝ることではない! 泥を使うという発想、悪くはない……! そもそもこの家は『お試し』よ! この闇の竜王、たっぷりとミルクを摂取している……! 並大抵の石材では、上から降り注いだとて傷一つつかぬ! 泥の接着力がどれほどもつか、この俺自ら見てやろう……!」
そう、闇の竜王は最強存在の一角である。
普通の武器では傷さえつかないその身は、石材程度ではそこまで痛くない。
そもそも、闇の竜王は痛がらないのだ。
「して、ヴァイスよ、どうだ。石材を実際にくんでみて」
「は、はい。石材の切り出しは、いただいた工具でどうとでもなるんですけど、運搬と組み上げが大変でした……ほとんどダークエルフさんにやってもらうことになってしまって……」
「貴様が先にあげたサンプルのうち、もっとも単純な構造のものでさえ、これだけの苦労が必要なのだ。『三角屋根』や『石の塔』などでは、おそらく工事自体が不可能であったろう」
「まさか、闇の竜王さん、そこまでわかったうえで、一番構造が単純なのを……?」
「フハハハハ! 愚か者めが!」
「ご、ごめんなさい……!」
「いいかヴァイスよ、俺はそこまで深謀遠慮に長けてはおらぬ……! 俺の行動にいちいち深い考えなどないのだ! なにせ闇は暗い。先を見通すことなどかなわぬそれを、俺は司っているのだからな!」
一寸先さえ見えぬもの――
それこそ、闇なのだ。
「……だが、このデザインを選択した理由らしきものも、ないではない」
「それは……?」
「貴様の提示した他のデザインには、壁があったのだ」
「はあ」
「そして、出入り口がなかったのだ」
「……あ」
「フハハハハ! 今ごろ気付いたか愚か者め! 出入り口のない石製の建物にどうやって出入りしろというのだ! この俺は闇だが、別に暗くて狭いところにずっといたいわけではない! 俺は闇……世界を包む闇を司りし、アウトドア派の竜王よ!」
ヒキコモリは『光の』の領分である。
闇の竜王はいちいち動作が大きいので、広い場所が好きなのだ。
「……して、ヴァイスよ。どうだ、実際にやってみて、勘所はつかめたか」
「はい。石で実際に建物を作って、わかったことがあります」
「それは?」
「泥が便利だなあって」
「……ふむ」
「今まで木材を縛ったりして家を作っていたんですけど、泥での接着を利用すれば、新しい可能性が見えてきそうな感じがしました。むしろ石は抜きで泥を固めて家を作ってもいいかもしれません」
「普段の生活をしつつ、挑戦してみるがいい」
「はい。……ありがとうございます」
「フハハハハ! この闇の竜王、貴様を利用しているだけよ! 貴様の発見や研鑽のすえ身につけた技術は、俺のスローライフの役に立つ……! 我が奉仕種族扱いされて礼を述べるなどと、貴様は根っからお気楽娘のようだな……!」
「でも、ありがとうございます」
「…………うむ」
闇の竜王はあいかわらず、真っ直ぐ賞賛されることになれていないのだった。
ダークエルフたちは(なぜかはわからないが)常に闇の竜王に対し『怖れ』みたいなものがあった。
ヴァイスにはそういうのがなくって、闇の竜王はちょっと距離感に困っているのだ。
「ともかく、励むのだ。……だが、今回のことでわかったが……やはり、いちから技術を発展させるのは大変……! 技術者を呼び込む必要性を大いに感じる」
「でも、街に出るのは……」
「ククククク! 愚か者! 街で暮らしている技術者が、好きこのんでこのような僻地に来るわけがあるか! 俺がこの地に招くのは、都会暮らしからあぶれたはみ出し者のみよ……! あぶれつつはみ出しつつ技術もあり仲良くやっていけそうな相手……だから難しい!」
「深いお考えがあるんですね……」
「フハハハハハハ!」
闇の竜王の哄笑が響き渡った。
そう、闇の竜王はよく笑う。
楽しい時、嬉しい時。
なんにもない時――
そして話題に困った時や、照れている時も、笑うのだ……!




