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2話 ご近所さんにあいさつをしよう

「な、なるほど……スローライフを……?」



 しばらく色々言っていたら、ようやく会話になった。

 闇の竜王は四肢を曲げて地に伏し、長い首の先についた大きな頭蓋をうなずかせる。


 そのわずかな動きだけで、女は再びビクリと身をすくめた。

 ……無理もない。闇の竜王は、その頭蓋だけでヒト一人ぶんほどもある。

 全長ならばヒトの五倍ほどはあろうか。大きさだけで、充分に、怖ろしい存在なのだ。



「そうだ。俺は人里離れた土地でスローライフをすべく、耕せそうな土地を探していた……そうして見つけたのが、この場所なのだ。……ククククク……ハハハハハハ! ハァーッハッハッハ! 心躍る! 農業!」

「ヒッ!?」

「……おっと、怖がらせるつもりはなかった。しかし逸る心を抑えることができんのだ。これより始まるのんびりした隠居生活を思えば、この胸は高鳴り、口からはとめどなく笑いが漏れるというもの。平和、そう、平和! これこそが平和なのだ!」

「え、えっと、い、いい人……? なんですね……?」

「我は闇の竜王。いい人ではない! ……が、危害を加える気がないのは事実。……そう、俺が望むのは、円満なご近所付き合いなのだ……!」

「あ、あの、でしたら、闇の竜王さん、お、怒らないで聞いてくれますか……?」

「なんだ?」

「ここ、私の畑です……」

「…………」



 闇の竜王はピタリと動きを止めた。

 そうしていると、見た目が骨なだけあり、死体のようでさえある。



「……あの、闇の竜王さん……? お、怒りましたか……?」

「……フッ。ハッハッハ。なるほど、なるほど……」

「ご、ごめんなさい……」

「立て札を立てておくとかあっただろう!? よくも俺をぬか喜びさせたな!」

「ひぃぃぃぃ!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 殺さないで!」



 女は頭を抱えて体を丸め、ガタガタと震えた。

 闇の竜王はカタカタと尻尾を動かし――



「怒ってはおらぬ。俺は少々感情表現が過剰なようでな。他の竜王どもにも色々と言われたわ」



 ほんとに色々言われた。

 少し笑ったりすると『悪だくみしているに違いない』とか『なにか不吉なことを考えているに違いない』とか、むやみに警戒されたりしてきたのだ。


 おそらく属性がよくない。

 闇だからダメなのだ。

 光のなんて、ただボーッと黙ってるだけで、さも深い考えがあるかのように扱われている。

 属性差別だ。



「しかし困った。この世界を上空から見て回ったが、もはや立錐の余地もないほどにヒトの手が入っている。この周辺とて、様々な種族がすでに土地を拓き、家を建てていた」

「……」

「ここ以外に新たなる土地を探すのは面倒だ……いや、貴様に言っても詮無きことか。巻きこんですまなかったな。俺は新たなる土地を求める。俺の姿を見たことは、他者に言わぬがよかろう。我ら竜王は強大な力を持つゆえに、ただスローライフを求めただけでもなにかよからぬことを計画しているかのように扱われる……特に闇の竜王たる俺はな」

「……あ、あの……」



 女がおずおずと口を開く。

 闇の竜王は頸椎をひねって頭をかしげた。



「どうした小さき者よ」

「……そちらがよろしければ、この土地を、共同で使いませんか?」

「その提案は、俺におもねってのものか? 俺を恐怖し、機嫌をとろうとしているのか?」

「た、たしかに、あなたのことは、怖いですけど……でも、怖いだけで、こんなことを言ってるわけじゃ、ないんです」

「ほう?」

「……闇の竜王さん、きっと、お強いんですよね?」

「……フッ」



 つい、笑った。

 あまりにもおかしな質問だったのだ。


『闇の竜王は強いのか?』

 弱いわけがない。

 強大な力を持つからこそ、隠居生活なんぞしなければならない状況にあるのだから。



「……まあ、世界で五指には入ろうな。もちろんこれは謙遜で、本当は世界一と答えたいところを、いらぬ恐縮をされぬよう、貴様に気を遣っているだけなのだが……」

「だ、だったら、お願いします。畑を荒らす化け物を、どうにかしてほしいんです」

「……ヒトにはヒトの兵がいるではないか。俺に頼まずとも、なんだったか……『冒険者ギルド』とかいう組織に依頼すればよかろう」

「お金が、ないんです。……それに」

「……それに?」

「……」

「俺は『なにかを言いかけてやめる』というのが嫌いなのだが?」

「……は、はい。それに――私たちは、あんまり、人里に出られないんです」

「なぜだ?」

「混血だから」

「……混血とはなんだ?」

「魔と人の、混血なんです」



 頭上に生えた三角耳を力なく倒しながら、女は言った。

 ……たしかによくよく見れば、女の肌は白い。

 あまりにも――ヒトの側では見ないぐらいに、真っ白い。


 肌が異常に白かったり、あるいは青かったりというのは、魔の側の特徴だ。

 一方で獣人は『ヒト』の側に属すると言われているし、女の耳や尻尾は、獣人の特徴を備えている。


 たしかに混血。

 けれど、闇の竜王は首をかしげる。



「……混血だから、なんなのだ? 人と魔は和解し、今は平和な世になったのだろう?」

「た、たしかにそうですけど、でも……それで全部綺麗さっぱり仲良くできるほど、単純じゃなくって……差別とかは、やっぱり、残ってて……」

「…………度しがたい」

「ご、ごめんなさい」

「貴様が謝ることか? 貴様の意思一つで差別は消えるのか? 貴様がこの世に差別を作りだしている元凶か?」

「違いますけど……」

「では、謝るな。貴様の責任でないことを、貴様が謝罪する理由はなかろう。……ふん。しかし、なんというか――醒めるな。平和、平和か。『土の』が語るほど、世は綺麗に変わっておらんらしい」

「……ええと」

「まあいい。俺はスローライフをすると決めた。一度決めたことを始める前から投げ出すのは、まるで敗北したようで嫌だ。俺はスローライフをするぞ」

「は、はい」

「……そして、そのためには土地が必要だ。スローライフがなんなのか、正直わかってはいないが……それは『力ある者が、その力を必要とされなくなった平和な時代に、畑を耕したりしてのんびり過ごすこと』らしいからな。たしかに今の世、俺の力は必要なかろう。それだけは差別があろうがなかろうが、事実だ」

「えっと……」

「貴様の提案、受けよう。貴様の脅威を排除する代わり、この土地を共同で耕す権利を譲り受ける」

「あ、ありがとうございます!」

「気が早い。まだ貴様を悩ます原因がなにかも聞いていない」

「そ、そうでした!」



 女は頭上の耳をピンと立てる。

 闇の竜王は鼻を鳴らし――



「それで、貴様を悩ます化け物とは、なんなのだ?」

「魔獣で……えっと、体が大きくて、毛むくじゃらで、四肢が短くて……」

「『ボア』か。魔獣――ふん。ヒト側からすれば、強い害獣は『魔』の側だということだったか。あんなものは自然発生したただの獣だ。魔の責任でも、ヒトの責任でもないわ」

「……それで、退治をしてもらえるんでしょうか?」

「たやすい。が、俺が直接手を下すことはしない。俺はちょっとした攻撃で地形を変えてしまう。そのような大きな影響を世界に与えれば、知り合いのジジイがうるさい」

「……ええと、でしたら、どうやって……」

「ヤスリはあるか?」



 闇の竜王は問いかけた。

 女は目をパチクリさせて、



「えっと、倉庫にあると思いますけど……なにに使うんですか?」

「俺の骨を削り、その粉を畑に撒くのだ」

「……畑に撒いて、それで……?」

「兵士を栽培し、収穫する」

「……?」



 女はなにを言われているか理解していない様子だった。

 だから闇の竜王は、言う。



「竜の骨を畑に撒けば、兵士が採れる。その兵士どもに、ボア退治をさせるのだ」

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