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28話 新しいご近所さんと仲良くなる

「――闇の」



 暗くなったあたりに、落ち着いた女性の声が響く。

 闇の竜王は寝所で皮も肉もない首だけを持ち上げ、声の方向を見た。


 視線の先で、局所的な雨が降る。

 雨は寄り集まり、ヒトガタを成した。


 豊満で母性を感じるプロポーションを頭から生えた水色のパーツだけで覆った、女性。

 ヒトではない。

 水の竜王だ。



「……どうした『水の』。貴様の出番はまだないぞ」

「いえ。わたくしの出番は、すでにあったのです……我が水により、てきとうな岩を切り出し、子らにあたえました……石材加工はまず岩の切り出しが難点……そこでわたくしのウォーターカッターの出番というわけです」

「……貴様のやりようにいちいち口を出すのもどうかと思うがな。あまり手は出すな。創意工夫と失敗から、連中は成功方法を学んでいくのだ。我らが手を出せば、連中の進歩にはならなかろう」

「進歩ですか」



 水の竜王はかすかに笑う。

 闇の竜王はその巨体で、ぬうっと寝所から抜け出した。



「なにを笑う、水の」

「いえ。あなたはいつでも、ヒトや魔を進歩させようとしていらっしゃると思いまして」

「……さて、どうだったかな」

「あなたの行動は、六大竜王の中でも、特にヒトや魔に影響を与えすぎる。あなたが志すのは、いつでも進歩である……わたくしは、それを心配しているのです」

「俺が『いつも進歩を志している』かはともかく……意味がわからんな。進歩のなにが悪い?」

「ヒトや魔は、本当に進歩すべきでしょうか?」

「……」

「わたくしは、進歩すべきとは思っておりませぬ。……今、ヒトも魔も混血も、みな、『自然の一部』です。けれど、彼らは進歩により――川の氾濫を堤防で防ぐように――大自然を御する術を覚えました」

「然り。そうして連中は安全を確保し、人口を増やした」

「そうです。そして……このままではいずれ、彼らは『大自然の一部』ではなくなるのではないかと、わたくしは憂えているのです。進歩が彼らにもたらすのは、『彼らと彼ら以外のすべてを巻きこんだ破滅』でしかないのではと、心配しているのですよ」

「フハハハハハ! 意味がわからん!」



 闇の竜王は哄笑する。

 水の竜王は、青い瞳を細めた。



「あなたならば、わからないことはないでしょう」

「クククク! いやなに、貴様の心配自体を理解できんという意味ではない。貴様は連中が自然を掌握し、操り、世界のなにもかもを己らの都合のいいように操作し、そうしておごり高ぶって破滅する! ……その未来を描き、怖れているのだろう?」

「そうです」

「わからんのは二点よ。まず一点は、その遠き未来を真剣に憂えている貴様の心情だ」

「……」

「連中はまだまだ『自然を御する』のも精一杯! 大嵐が来れば家に閉じこもり、川の氾濫が起これば堤を積み上げ水が来ないよう守る。それだけだ! 大嵐自体を、あるいは川の流れ自体を制御するところまですら、とてもいっていない!」

「今は、そうですが」

「将来的には! ……将来的には、川の流れを制御し、天候さえ操るようになるかもしれぬ。だが、それはまだまだ時間がかかろう。そのような未来予想図を本気で心配する貴様の心情には、俺はおろか、知識に優れた『光の』さえ共感できんだろうよ」

「……」

「そして、もう一点。――その話を俺に切り出した意図がわからん」

「あなたは、人類の進歩と生存、繁栄のために動いているように、わたくしからは、見えます」

「クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ!」

「違うとおっしゃられますか?」

「馬鹿者め! この闇の竜王、客観的視点からの指摘に耳を貸さぬほど頑迷ではない! 俺個人がどういう意図で動いていようとも、貴様からは『進歩を促しているように見える』のであろう?」

「はい」

「なるほど、それも、もっとも! 俺の行動は、客観的に見てそういう側面も見られるかもしれぬ。実際に、この集落に限って言えば、俺は連中の進歩と自立を目指しているのは事実よ」

「……」

「そこで、俺からの質問だ。……貴様はつまり、俺になにをさせたい?」

「なにも」

「……なにも、とは?」

「なにも、させたくはないのです」

「クハハハハハハ!」



 闇の竜王が哄笑する。

 暗闇に包まれた真夜中の世界――


 虫や獣が、妙な『ざわめき』に目を覚ます。

 闇はその濃さを増し、空気にはおぞましさと気味悪さがまじり始めた。



「水の。貴様は――俺の自由を侵害するか?」

「可能であればそうしたいところですが、無理でしょう」

「……ふ。かまわんぞ。『炎の』ほどではないが、俺とて『力尽く』は嫌いではないのだ」

「あなたに戦いを仕掛けるのであれば、少なくとも夜にやろうとは思いません。……それに、わたくしは『戦い』に疲れているのです。見るのはもちろん、やるのなど、もってのほか。そういう労働は、わたくし向きではないのです。楽しくありませんので」

「……六大竜王は、みな戦い嫌いよな。『炎の』を除き」

「もっとも戦いを嫌うあなたが、なにをおっしゃいますか」

「……」

「『炎の』を除いた我ら五大竜王は、みな争いを好みませぬ。争いなど、疲れるし、楽しくない。それゆえに、『土の』も『光の』も『風の』も、わたくしも、戦いはめんどうで、手間で、やりたくないのです」

「……まあ、全員がそうとは限らんが、そうとも言えるか」

「しかし、あなたは異端。あなたは、戦いを嫌っている。『やりたくない』ではなく、『やめさせたい』『やらせたくない』と思っている。それゆえに戦う――そのように、わたくしは思います」

「なぜ、そう思う?」

「自覚があるかどうかはわかりませんが、あなたはヒトや魔や混血たちを、愛しすぎている」

「……」

「あなたの行動の根底には、『生命の保全』がある。脆弱ゆえに、あるいはヒトや魔などが『弱者を差別する生き物』であるがゆえに、世界からふるい落とされそうな命に、ことさら入れ込む傾向がある」

「俺自身がなにを思っているかはともかく――客観的にそう見えるのは、事実なのであろうな。ダークエルフどもを我が私兵とし、今は混血どもに手を貸している。それは事実だ」

「あなたが命を過剰に尊ぶのは、あなた自身が死体であることとなにか関係が?」

「……」

「おっと、怒らせるつもりはなかったのです。竜王ジョーク。小粋なアレです」

「……貴様ののらりくらりとした態度は、本当に度しがたいものがあるな」

「わたくしの美しさに免じて許してください」

「……それで、貴様はけっきょく、俺になにを言いたい? 『なにもさせたくないけど、無理だから、なにもさせないことはできない』と言いに来ただけか? ……フハハハハ! それではただの愚痴ではないか!」

「まあ、ただの愚痴を言うこともあるでしょう。竜王とて」

「ククククク! それも然り!」

「……とまあ、このように、水の竜王たるわたくしは、とても慎み深く、主張があったとて、相手の出方次第では呑み込んでしまうような繊細な生き物なのですが……」

「言いたいことがあるならハッキリ言わぬか」

「では結論を言いましょう。――闇の。わたくしは、ここでの生活において、あなたの指示に従い行動することにしましょう」



 闇の竜王はしばし沈黙する。

 意図を測っている――というよりも、意味をうまく呑み込めなかったのだ。



「詳細に言え」

「では。夕刻ごろ、岩の切り出しを手伝ったわけですが……わたくしが下手に手を貸すと、あなたの方針とわたくしの行動のあいだで、齟齬が生まれかねないように感じたのです」

「もっともだ」

「わたくしは『進歩』などと望んでいませんゆえ、手はどんどん貸し、力も惜しみなく与え、彼らに全能感を覚えさせることを、厭いません。……『力を借りることに慣れさせ、借りた力を己のものと錯覚させること』――これ以上に優れた『知的生物の進歩を止める方法』はございませんからね」

「……貴様、手慣れているな」

「『魔』の側であるはずの竜王ながら、わたくしは人の側でいくつもの神殿が建つほど崇められています。……そう申し上げれば、わたくしの手腕と実績は明らかでしょう」

「フハハハハハ! ……貴様はどうにも、本気でたちが悪いようだな。これよりヒトや魔や混血が平和な世界を築くのならば、貴様は真っ先に討伐されるべきなのではないか?」

「進歩を止めるというかたちで、未来におとずれる破滅を引き延ばしているのですよ。つまり、それもこれも、彼らのためにおこなっていることなのです」

「……ふん。それで?」

「わたくしがわたくしの意図で動いては、迷惑でしょう?」

「そうだな」

「そこで、この集落に限っては、どのようなささいな助力であろうとも、あなたの許可を求めることとする、とお約束するのです。わたくしは『進歩を止めること』が得意で、向いております。わたくしの行動は、『そのような意図』がなくとも『そう』なってしまう可能性が高いのです。であるから自重しようと、そういうことです」

「……俺の方針に、異はありつつも従う、ということか」

「はい。これよりわたくしの身は、あなたの力。あなたの――竜骨兵だったでしょうか? それらと同然に扱っていただきたく思います」

「ククククク! 俺は竜骨兵使いが荒いぞ?」

「わたくしの力を多用するのであれば、それは、わたくしも望むところです。……進歩を止める相手は、なにも、ヒトや魔や混血だけとは限りませんゆえ。ゆめゆめ、わたくしの力を己の力と錯覚なさいませんよう」

「フハハハハハハ! ……水の、正直に言えば、俺は、貴様のことを、わけのわからぬ、芯のない竜王だと思っていたが……」

「……」

「謝罪しよう。貴様はたしかに、俺と並び立つ者だ。……改めてようこそ、俺の集落――俺の『いる』集落に」

「『治める』ではなく、『いる』ですか。……ふふふ。いい関係が築けそうですね、我らは」

「かもしれぬ」

「『ダークちゃん』と呼んでも?」

「……好きにしろ」

「冗談です。竜王ジョーク」



 水の竜王は慈母のような笑みを浮かべた。

 闇の竜王も哄笑する。


 ――ふふふ、うふふふ……

 ――ハッハッハ……ハァーハッハッハ!


 竜王二体の笑いは、真夜中の世界にいつまでもいつまでも響き渡った……

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