27話 人に家を作ってもらおう
「クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ! この闇の竜王、自立と克己を促す者よ! そう軽々に『土の』は頼らぬ!」
闇の竜王は哄笑する。
その笑い声は、朝日がのぼりかけ白んだ世界に、どこまでもどこまでも、無気味に響いた。
「でも闇の竜王さん、いつもなら『ちょっと土の竜王のところに行ってくる。意識だけなくなるゆえ一時的にただの白骨死体となるが、竜王は死なぬので心配するな』とか言い残して気絶されますよね……?」
態度は遠慮がちだが、思ったことを素直に言うのはヴァイスの特徴であった。
この全身真っ白で、儚い印象の痩せたケモミミ混血種は、大人しそうだしビクビクしているが、意外と図太い性格をしているのである。
彼女の周囲で、畑の作物を収穫していたダークエルフたちが褐色の顔を青ざめさせる中――
闇の竜王は再び大きく笑った。
「フハハハハハ! いかにも、俺は今まで二度、土の竜王を頼った……! しかしヴァイスよ、思い出してみるがいい。一度目は『土に祝福を与えてほしい』ということで頼った。二度目は『ミルクの出る生き物を紹介してほしい』ということだったな?」
「は、はい」
「そして今回は『石材で家を作りたい』だ。……前者二つと、今回の一つ、ここには大きな違いがあるが、それがなにか、わかるか?」
「えっと……前二つは、闇の竜王さんの担当ではなくて、やり方がわからない、から? 石材なら『祝福』とかよりはどうにかなりそうっていうか……」
「ククククク! 愚か! それを言い出せば、そもそもスローライフ自体が俺の担当ではないわ!」
そう、闇とは――闇なのだ。
スローライフにはあんまり関係ない。
この世をかたちづくる六大元素――炎、水、風、土、光、闇。
その中で唯一と言えるほどスローライフに応用がきかない属性こそが、闇である。
「じゃ、じゃあ、前の二つと、今回の『石材』では、いったいなにが違うんですか……?」
「今回は――『緊急性』がないのだ!」
「……あ、なるほど」
「クククク! 気付いたようだな! 見ろ、ダークエルフどもの『ぽかん』とした顔を! あやつらはまったくピンと来ていない……! ヴァイス! この俺に代わって、連中に俺の意思を説明してやるがよい!」
「でも、間違えてるかもしれませんし……」
「フハハハハハ! 愚か! あまりにも愚かよ! ……いいかヴァイス、失敗を怖れるな。この闇の竜王、挑戦して失敗した者を嘲笑いはせぬ。俺は知っているのだ! 真に怖れるべきは『挑戦せぬこと』と! ゆえに挑戦せよ! 失敗したところでなにも失わぬ! 俺も、俺の育てたダークエルフどもも、挑戦者を蔑むことだけはない!」
「じゃ、じゃあ……えっと、野菜を育てるのは、私とムートが食べるものがなかったからで、ミルク風呂は、闇の竜王さんの体積が減り続けていたからで……どちらも『命の危険』がありました。……でも、今回、石材はなくっても、別に死なないから、人に聞いてまで急ぐほどのことはないって、そういうこと、でしょうか?」
「その通りよ!」
闇の竜王が肋骨の中から骨製のメダルを取り出した。
ヴァイスの首にかける。
「俺の寝所の拡張など、いつでもいいのだ……! 今回、俺が石材確保を言い出した要点は、俺の寝所を豪華にしたいというところにはない! 貴様らの生活のため、石材の加工の仕方を覚え、それを俺の家で実験するのだ。つまり――」
闇の竜王は言葉をためる。
そして、全員の顔を見回し――
「次なる俺の寝所は、貴様らが作るのだ!」
「……でも闇の竜王さん、いきなり石材の家っていうのは、ちょっと……壊れたりしたら、危ないですよ……技術もないですし……」
「フハハハハハ! だからこそ俺の家を作ってみて耐用性を試せと言っている! 家造りこそスローライフの基礎よ! 木を加工せぬ家を作れば、木を加工せず使う方法を習得できよう! 木を切り出し作れば、木を加工して使う方法を習得できよう! 『いつでも使い、頑丈さも必要な設備』を建てれば、勘所をつかむことができる……が、勘所をつかむのに自分の家を作り、失敗しては、命が危ない。そこで俺の家を作れと言っているのだ!」
「じ、自分の身を犠牲に私たちのために? でも、それは、悪いというか……」
「クククク! ……ヴァイスよ、貴様は勘違いしているようだな」
「な、なにがでしょう?」
「貴様らは、ひょっとして、この俺を『口調は怖いけど意外と優しい、いい骨』などと思っているのではあるまいな……?」
「お、思ってますが……」
「クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ! 愚か者めが!」
闇の竜王がその巨体を後ろ足だけで持ち上げる。
朝の世界を満たす白く明るい光が陰り、ヴァイスの上には深淵を思わせる暗闇が差しこんだ。
そのあまりの威容!
ヴァイスは尻もちをついて、悲鳴を挙げる。
「ひぃぃぃぃ!?」
「そろそろ貴様が俺に慣れたころと思っていたが、そこまで慣れきっていたとはなあ!」
「ご、ごめんなさい! で、でも、何度も助けていただいていますし!」
「俺が貴様らを助けたのは、俺のスローライフに利用するためよ! この闇の竜王、円満なご近所付き合いを望むが、いたずらに分け与えることだけを喜ぶものではない……! ご近所付き合いはご恩と奉公! 俺に恩を受けたと思うのならば、貴様は俺に奉公をするのだ!」
「で、でも、私が闇の竜王さんにあげられるものは、まだなにも……! 祝福のない土地の野菜だって、芽が出るまではだいぶかかりますし……!」
「この闇の竜王、全身これ骨よ! 野菜など育ってもいらんわ! 余るほどできたならば貴様らの保存食にでもするがよい! スローライフにおける保存食の重要性など、今さら語るまでもなかろう!」
「じゃ、じゃあ、なにをお返しすれば……!?」
「そこで、俺の寝所よ」
「つ、作ります……! 作りますけど、失敗するかもしれなくて……!」
「それよ」
「……え?」
「失敗するかもしれないのは、かまわぬ。先ほども言った通り! この闇の竜王、挑戦者を嘲笑うことはせぬ……だが、技術というのは、必死に、考えながらやらねば身につかぬもの」
「は、はい」
「であれば! 貴様は、石材をもって、まるで自分の家を作るかのような気概で、必死に、俺の家を作るのだ! 『失敗するかもしれない』はかまわんが、『失敗してもいいや』では困るのだ……! それでは、石材の技術が貴様の財産にはならん!」
「な、なるほど……」
「だが、いきなり俺が『俺の家を作れ』と言ったところで、貴様らのモチベーションも上がらなかろう。……そこで! 俺は貴様らの感謝の気持ちを盾にとり、貴様らを必死に働かせようというのだ! クククク! つまり貴様らの心を利用し、俺の寝所を作ろうという、闇の企みというわけよ……!」
「……あの」
「なんだ」
「それだと、けっきょく、私たちのために犠牲になってくれているということになりませんか? 私たちに技術を身につけさせるために、必死にやれってことですよね……? それで家が崩れたりしたら、被害に遭うのは闇の竜王さんっていうのは、変わらないわけですし」
「……フハハハハハ!」
闇の竜王は笑う。
そう、今まで恐怖の象徴、悪の権化呼ばわりされてきた彼は――
――いい骨扱いされることに慣れていないのだ!
なのでつい、悪者ぶってしまうのである。
「……まあ、なんだ。……ククククク! ダークエルフどもと違ってやりにくい! ……俺の家を作れぇい!」
「は、はい!」
闇の竜王は威嚇でのりきった。
そう、その司る属性は闇。
あまり光があたらず、評価をされなかったゆえに――
弱点は、感謝されることと褒められることなのであった……!




