24話 エアデミルヒ(イモ)
とりあえずイモを育てることにした。
そして育ったイモがこちらになります。
「クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ! いつ見てもデカイ!」
闇の竜王の哄笑が、お日様さんさんの昼空に響き渡る。
彼の声に招かれたように、あたりでは小鳥が遊び、小動物たちが畑を囲む木々の枝から顔をのぞかせていた。
その『祝福された土』により爆速で育ったイモは、本当に大きい。
ヒトの頭ほどもある、紫色の皮に包まれた、まるまる育ったイモなのであった。
その大きさを前には、闇の竜王でなくとも笑顔になろうというものだ。
実際、イモを囲んだ全員――ヴァイス、ムート、ダンケルハイト、クラール、ニヒツと十五名のダークエルフ(♂)たち――も、笑っている。
ハハ……ハハハ……というような笑いだ。
笑うしかないから笑っているという感じだった。
「……改めて見ると化け物ですね、そのイモ」
布の少ないファッションの、肉感的な褐色とがり耳の女性――ダンケルハイトが言う。
闇の竜王は笑った。
「クックック……これぞ過去、貴様を育てた『大地の乳』! その名も『エアデミルヒ』という品種よ……!」
命名・闇の竜王。
だが、戦時中に大陸を飛び回ってようやく見つけた種である。
もともと別な名前があった可能性も高い。
しかし闇の竜王を前にそんな事実は無力であった。
そう、闇とは世界の始まりの混沌を司る属性。
すなわち万物万象が名付けられる以前の世界からあったものであり、それはようするに、すべてのもののネーミングライツを持っているも同然なのである……!
「さしあたってはこれを主食とすればよかろう! ……フハハハハ! 種を捜してきた者、前へ出よ!」
「はい!」
と、三人のダークエルフ(♂)が前に出た。
闇の竜王はその巨体で立ち上がり(後ろ足だけで立った、の意味)、皮も膜もない翼を大きく広げる。
するとどうだろう、地表に降り注ぐ日差しは陰り、あたりは深淵なる暗闇に包まれる。
翼が生えた金髪の美少年クラールの「なに!? なんですかぁ!?」という泣きそうな声が響き渡り、その姿を純白のケモミミ少女ヴァイスが優しくながめている中――
闇の竜王は、骨のみの首を曲げ、正面に立つダークエルフたちに顔を近付ける。
そして、
「ハァーハッハッハ! 貴様らはとんでもないことをしでかしてくれたものよ! だというのに、そのぽかんとした間抜け面……! どうやらこれから己を待ち受ける運命には気付かぬらしいなあ!」
「オレたち、がんばりましたよ!?」
「三日ぐらい走り回ったんですよ!?」
「闇の竜王様! 褒めて!」
「ククククク! ……竜骨兵!」
「いちばん、『だがっき』やります!」
「にばん、『げんがっき』やります!」
「さんばん、『きんかんがっき』やるの!」
「よんばん……『もっかんがっき』たんとう、だぜ」
「ごばん! 『てびょうし』します!」
「フハハハハ! ハァーハッハッハ!」
竜骨兵たちが暗黒に包まれた世界の中でおぞましき音楽を奏でる。
ドルルルルルルル……
ぱうーぱうー
ぱぱぱぱぱーん
ぴょろー
パチパチパチパチ!
その音楽が鳴り響く中、闇の竜王は前脚を己の肋骨の中に入れた。
そして――ある物を取り出す。
「貴様らに『ごほうびメダル』の授与など生ぬるい……! クククク! 主食を発見してきた貴様ら三名には、『ごほうびトロフィー』をくれてやるわ!」
取り出されたのは、闇の竜王が己の身を削り作りだしたトロフィーであった。
その巨大さたるやメダルの比ではない。
闇の竜王でさえ両手で持たねばバランスがとれぬほどの重量感。
巨大な筋肉を全身に搭載しているとはいえ、ダークエルフどもでは、三人がかりでも受け取った瞬間にふらつくほどであった。
「ハハハハ! サプライズよ! 闇とはすべてを覆い隠すもの! つまるところ、闇を司る俺はサプライズ精神をも司っているのだ……! どうだ、ダークエルフども!」
「ありがとうございます!」
「一生の宝物にします!」
「……でも、正直、肋骨の中に隠してたから丸見え――」
余計なことを言いかけたダークエルフが、左右の二人の肘打ちを喰らって悶絶した。
闇の竜王は笑う。
「ここまで巨大なトロフィーを作製できたのも、すなわちミルク風呂の効能よ……! 主食が手に入り、野菜の安定供給が叶い、ミルクにより俺がいくら身を削ろうともある程度の回復が叶うようになった……! だんだんと懸案事項が減っていく! これぞまさにスローライフの醍醐味……!」
闇の竜王は笑う。
そう、彼はスローライフを満喫しているのだ。
だが、その表情は陰る。
彼の顔面が百パーセント骨でなかったならば、さぞや表情豊かであろう。
「……しかし、主食の問題が完全に解決したとは言いがたい。……なぜだかわかるか? ……ヴァイス!」
「わ、私ですか? え、えっと……すいません、わかりません……」
「クククク! そうよなあ! こればかりは、『エアデミルヒ』を見ただけではわかるまい! この、たっぷり実の詰まった、まるまる太った大きなエアデミルヒ……栄養の少ない土でも充分に育ち、食いでもある、一見して主食として弱点がなさそうなこの作物をもってしても、解決できぬ問題とは? それは……」
「それは……?」
「――エアデミルヒは、『まずい』のだ……」
「……味ですか?」
「そう。味が悪いのだ」
ダークエルフたちのひきつった笑いの理由が、それであった。
彼らは知っている――たしかに腹はふくれる。エアデミルヒは戦時中、彼らの食欲を満たしてはくれた。
だが、まずい……!
薄いというか、えぐいというか、とにかく、食べないですむなら食べたくない味なのだ。
だからこそ、そんな便利な作物が今の今まで大陸の片隅で放置されていたと言えよう。
ちなみに闇の竜王は食べたことがない(食事ができない体である)ので味はわからない。
まずいというのは、ダークエルフたちの様子を見て察したことであった。
「解決法が思いつかず、保留になっている『肉の安定供給』とともに、引き続き主食捜索はせねばならん。……だが! まずはエアデミルヒの長所をまだ食べたことのない貴様らに知ってもらうべく、今日のお昼はエアデミルヒ粥とする! 考えるのはあとでよかろう!」
そう、闇の竜王は悩まない。
彼は知っているのだ――情報が少ない状況で悩むことの愚を!
それに、なんとかなる。
根拠はないが、いつだってなんらかのアイディアが降ってくることを経験から知っている闇の竜王は、未来の自分に期待をしているのであった……!




