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23話 お風呂(骨)

「いちばん! 『おゆ』のごみをとります!」

「にばん! 『おゆ』をあつめます!」

「さんばん。『おゆ』をわかしなおすの」

「よんばん……わかしなおした『おゆ』をまた『ゆぶね』にいれなおす……ぜ!」

「ごばん、『うた』をうたいます!」



 ハァァァァ~ひとりぶろぉぉぉぉ~♪

 いいゆだなぁぁん~アハハン♪


 五番竜骨兵の歌が響き渡る浴槽に、闇の竜王は一人つかっていた。

 一番から五番の竜骨兵も湯船にはいるので『一人風呂』と言うのは余人からすれば違うように思えるだろう。


 しかし竜骨兵は闇の竜王の体の一部。

 余人にはわからぬだろうが、闇の竜王的には竜骨兵まで含めて『自分の体』なのだ。



「ククククク! しかし五番、四番に続き三番までかすかな個性の萌芽が見える……! やはりこの環境にはなにかある……! それとも、竜骨兵どもが溶けかけるたびに骨粉を追加していることが原因か……なにせこのあいだ、初めてやったからな……これよりどのような影響が出るか、この俺にもわからぬ!」



 ムートにごあいさつをした時だ。

 あの時、竜骨兵が耐用時間を超えて溶けかけたため、このままではお子様にトラウマを残すと危惧した闇の竜王は、咄嗟に竜骨兵に骨粉をかけたのである。


 結果、竜骨兵は土に還ることなくその生命を維持したが……

 骨粉をかけて竜骨兵を維持できるというのは、闇の竜王、初めての発見であった……!


 そう、闇とは混沌を表す属性。

 世界の始まりの時、この世は混沌に包まれていたという。


 そこから様々な初めての試みが『神』により行われ、世界は今のかたちとなったのだ。

 すなわち闇とは『初めて』を司るも同然!

 闇の竜王は人類史上類を見ない挑戦を、これからも思いつきと『なんとなく』で繰り返していくのだ……!



「クックックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ!」



 深夜の森の中に闇の竜王の哄笑が響き渡る。

 それは月さえ陰る暗澹たる闇に、どこまでもどこまでも残響した。


 さみしくなんかないもんね~♪

 ひろい、ひろい、おっふろ、おっふろ~♪

 あさごはん、なにかなぁぁぁぁ♪



「五番、そろそろ歌をやめよ。ご近所迷惑だ」

「あい!」



 五番竜骨兵が黙った。

 あたりがシンと静まりかえり、なにも見えぬほどの暗闇の中、しばし一切の生命が活動を停止したような、寂しげな空気が漂った。



「ふむ……体が徐々にだが回復しているように感じる……やはりミルクの白は骨の白であったようだな…………む? そこにいるのは……」



 闇の竜王が独り言を述べていると――

 あまりに静かに、風呂場近くに誰かが接近してきた。


 深遠なる闇を宿せし眼窩をそちらに向ければ――

 ふらふらと、暗闇のせいだろう、足下もおぼつかないありさまで歩いてくる、背に翼を生やした、金髪の子供の姿が見えた。


 あの身体的特徴に該当する人物は二人いる。

 闇の竜王は一瞬迷ったが――



「貴様、ニヒツか?」



 翼の生えた『仙人』双子の、妹の方だと判断した。

 妹の方は、兄に比べて表情が死んでいるのが特徴だ。


 予想は当たったらしい。

 ニヒツはこくりと無表情のままうなずくと、ふらふらと闇の竜王の方へ歩いてこようとする。



「竜骨兵五番、かがり火を灯すのだ!」

「ハァァァン♪ ……あ、ちがう! かがりびともします!」



 自分の仕事を自分で探すことに定評のある竜骨兵は、具体的な命令をされることに慣れていないのだった。

 なので一瞬迷ったようだったが、竜骨兵五番は素早く湯船から出るとかがり火を灯すことに成功する。


 少しだけ光を取り戻した深夜の暗闇の中、ぼんやりとニヒツの姿が浮かび上がる。

 金髪に碧眼、背中に鳥のような翼を生やした、まだ幼い女の子。

『白い』というよりも『色素が薄い』という色の真っ白い肌をした、どちらが前だか後ろだかわからぬ幼い体つきの少女は――

 全裸だった。


 闇の竜王は一瞬考える。

 自分は全裸だ。

 竜骨兵も全裸だ。

 ならば、ニヒツが全裸なのは、いいのだろうか?

 考えて、すぐに結論した。



「愚か者め! 脆弱なる生き物である貴様らが服も身につけず外を出歩くなどと……! そういうのは土や草で傷つかぬ体表と、寒さで低下せぬ強靱な免疫を獲得してからにするがよい! とりあえず風呂で暖まれ!」

「……」



 ニヒツはわかってるんだかわかってないんだかよくわからない顔でうなずく。

 それから、おもむろに風呂のへりに手をかけて、湯船につかろうとした。

 しかし闇の竜王、それを止める。



「何度俺に愚かと言わせればいい……! 足の裏が土まみれではないか! 湯船につかるならば、流してからにせよ! ……竜骨兵!」

「いちばん! 『おゆ』をかけます!」

「にばん! からだをごしごしします!」

「さんばん、もちあげます!」

「よんばん……おれに、しごとが、ねえ……だと……?」

「ごばん! うたいます!」



 あったか~い♪

 あったか~い♪

 アハハン♪


 五番竜骨兵の歌声が響く暗闇の中、己の体の半分ほどしかない竜骨兵どもに好き放題体をいじられながらも、ニヒツは無表情のままされるがままとなっていた。

 彼女の体が好き放題磨かれ、泥や草を払い落とされると、ようやく湯船に投げ入れられる。

 ドボーン! と水柱が立って、しばしニヒツは沈んだまま浮いてこなかった。

 だが、それも十数秒のこと。ニヒツは顔を出すと、口からピューと白い液体を吹いた。



「クックック……! どうだニヒツよ……風呂はよかろう! 冷たい体が温まり、血行が促進されていく……! その快感、血管のない生き物にはわからぬだろうなあ!」



 だから闇の竜王にはわからぬ。

 彼は肉も皮もなく、血管もない巨大な骨のドラゴンなのだから……!



「ところでニヒツよ、どうしたのだ。今は夜……! お子様はもう眠る時間……! だがこの闇の竜王、貴様の事情を聞きもせず『子供だから夜は眠れ』と追い返すようなまねはせぬ! 子供には子供の道理があるものよ! まずは貴様の陳情を聞こうではないか……! 全裸の理由もふくめてなあ!」

「…………クラールが」

「貴様の兄がどうした」

「だきついてきて、うざかった……あつくて、ねむれない……しかも、ふく、つかんでて、ぬけだせない……」

「……」

「だから、ふく、ぬいで、ぬけた」

「……ククククク!」



 闇の竜王は思い出していた。

 そう、あれははるか昔、まだヒトと魔の戦争が激化の一途をたどっていたころだ……


 拾ったダークエルフの男ども。

 当時まだまだ幼子だった彼らが、寒い夜、団子状になって眠っていた光景!

 新種のモンスターかと思うようなシルエットに、闇の竜王、不覚にもぎょっとしたものであった……!



「人種に差はあれど、子供の行動などにたりよったりというわけか……! しかも貴様らは有翼人種! 抱きつき方によっては羽毛の保温効果により必要以上に暑かろう……」

「……そう、それ」

「しかしクラールも貴様も、今日がここに来て初日よ。貴様は兄に比べ肝がすわっている様子だが、しばらくは支えてやるがよい」

「……それ」

「どれだ」

「……クラールは、いえに、かえしたほうが、いい」

「…………ふむ。貴様はなぜ、そう考える」

「よわっちいから。ニヒツは、だいじょうぶ……ニヒツなら、ここでも、いい。でも、クラールは、むり。クラール、よわい」

「ククククク! 双子というのに、ずいぶんな言い様ではないか!」

「でてくのは、ひとりでも、いいって、最上君主さまが、いってた。ニヒツは、ちゃんと、きいてた。クラールはだめ。びくびくしてて、なんも、きいてない。最上君主さまの、『じんせん』ミス。でていくの、ひとりだけでいいなら、ニヒツだけで、よかった」

「フハハハ! 天上の浮島に住む仙人! その正体は『考える』という概念を奪われた哀れなる被支配民ども! ……そう聞いていたが、ずいぶんしっかり考えるではないか。余計なことまでな!」

「よけい、じゃない」

「ならば、考えが浅い、と言われる方が、貴様は好きか?」

「……」

「ならば言おう! 貴様は考えが浅い、と! クラールよりずいぶん現状を認識できている様子だが……まだ、認識が浅いのだ」

「……ニヒツは、まちがってないとおもう」

「ククククク! 『間違い』か『間違いでない』か、などという次元では論じておらぬわ! そもそも貴様の提案は『クラールの人生』にまつわること! クラールの前には『ここに残る』と『故郷に帰る』の二つの道がある!」

「そう」

「そして貴様は『兄は故郷に帰るべき』と提案をした! ……よいか、ニヒツよ。どちらが正しいかを論じるということは、どちらかが間違いであると断じるということだ」

「まちがいでは、ない?」

「間違いではない。ただ、違った二つの道があるというだけで、どちらが正しいということではないのだ」

「……でも、クラールは、よわっちい。ここのくらしは、きっと、むりくさい。だから、かえるのが、ただしい」

「それも一つの意見よ。ただ、それでも貴様が浅い理由は二つある。一つは、貴様が勝手に決めていることだ。当事者であるクラールの意見も聞かずにな」

「クラールには、きめられない」

「決められないか、決められるか、それを断じられる段階にない。決められないのだと予想できても、当人にたずねず勝手に決める理由にはならん」

「……」

「たずねてみて、当人が決めかねる様子であれば、その時こそ貴様の考えを、俺にではなく! 当人に! ぶつけるべきなのだ! ……それを、夜中に俺のもとに来て告げるというのは、あまり公平ではないな」

「……ひきょう?」

「いや、貴様を卑怯とは言うまいよ。おそらくこれは、貴様の優しさなのであろう」

「……」

「そして、貴様のその優しさこそ、貴様を浅いと言う二つ目の理由よ」

「……やさしいのは、いけないこと?」

「貴様らが俺にあずけられた理由を思い出せ」

「……しまが、いっぱいになるから……」

「もう少し根本の理由だ。俺と『光の』の話を――心と心での、余人には聞こえぬはずの話を聞いていたのであれば、わかるはず。……よいぞ。許す。のぼせぬ程度に、己で考え、思い出してみよ」



 しばし、沈黙が流れた。

 パチパチとかがり火が爆ぜる音だけが、深夜のミルク風呂に響く。



「……かんがえることを、うばった……から」

「そうだ。貴様の優しさは、最上君主――『光の竜王』と同じ優しさよ。相手のことを『己より劣った生命』と無意識に決めつけ、自分の行いがすべて相手のためになると思いこんで、一から十まで手取り足取り相手の行動を制御する、管理者としての優しさだ。……もっとも俺は、その優しさも間違いとは思わぬがな」

「……まちがってない、なら、わからない。ニヒツは、なぜ、あさい?」

「貴様は優しいが、優しさは一つではない」

「……」

「たった一つの考えに拘泥し、それしかないと信じ、他の可能性を検討せぬのは、浅いと言われても仕方がなかろう。『もっと他に相手のためになるようなやりかたはないか?』。それを想定せず、自分の『優しい』と思う一つの考えを押しつけるのは、優しさではなく自己満足だ。それとも貴様には、ほかの『クラールを思いやった考え』があるか?」

「……ない。でも、それだと、最上君主さまも、じこまんぞく?」

「その聞き方をされても、俺にはわからぬ。やつがどれほど考えた末に『管理する』というかたちで思いやる決定をしたのか、俺にはわからぬからな。『管理する』という選択にいたるまで、やつが捨て去った選択肢の多さは、俺には語れぬ」

「……んー……」

「難しいか」

「…………」

「だが、貴様はどうやら、利発なようだ。ならば考えよ。……フハハハハ! この闇の竜王! できぬことを『やれ』とは言わぬ! 考えて考えて考え尽くせ! 一つのことを思いついたならば、別なことはないかを考えてみるのだ! 想定の先の未来を描け! 一つではない! たくさんの未来を描き、その中でもっとも優れた未来を実現すべく行動するのだ!」

「闇の竜王さまも、そうしている?」

「愚か者めが! 俺は考えなどせぬわ!」

「………………ないわー」

「フハハハ! ……俺は未来を描かぬ。こればかりは『土の』の言う通りだが、我ら六大竜王の持つ力はあまりに強大よ。我らは己の考えるもっとも素晴らしい未来を実現する力を持ってしまっている。それが本当に素晴らしい未来かどうかなど、我らにさえわからぬのに」

「……?」

「いや、こればかりは超越存在たる我らでなければわからぬ感覚よな。……であるがゆえに、どこぞのジジイは他の竜王どもに強く『隠居』をすすめたのであろう。その程度、俺もわかってはいるが――」

「……」

「――まあ、いい。この闇の竜王、『楽しい今』を求める享楽主義者よ! 先のことを考え、未来を選択するのは、貴様らヒトや魔や、混血の仕事! 俺は僻地で人様のご迷惑にならぬようスローライフをし、時おり楽しそうなところだけつまみ食いをする……! そういう存在なのだ」

「なんか、ずるい」

「ククククク! はっきりものを言うお子様よ! ……ともあれ、クラールと話し合うのだ、ニヒツよ。どの生き物も、他者に未来を強制されるいわれはない。貴様は双子の妹だが、兄の未来を奪う権利はないのだ」

「……それは、わかった」

「クックック……ハッハッハ……ハァーハッハッハ! 賢い! 貴様ぐらいの年齢だったころ、ダークエルフどもはもっとアホ丸出しであったぞ! 偉いな! なでてやろう!」

「……」



 闇の竜王の尻尾が少女の頭をなでる。

 うっかり力加減を間違うと首が落ちる精密作業なので、闇の竜王は息を殺し慎重に尻尾の先を動かした。



「……ふう。フフフハハハハハ! 脆弱なる生命の頭をなでるのは、いつになっても緊張するものよ……!」

「……」

「貴様ともう少し語り合うのも、無聊を慰める手段として悪くはなかろう。……だが、そろそろお湯も冷めてきた。よく体を拭き、湯冷めせぬよう寝床に戻るのだ」

「わかった」

「竜骨兵!」

「いちばん! 『ふく』をもってきました!」

「にばん! からだをふきます!」

「さんばん! ふくをきせるの!」

「よんばん……『たいまつ』をもって、ねどこにおくるぜ」

「ごばん! おうちで『もうふ』をかけます!」

「クククク! 貴様の寝床はヴァイスやムートの家……! 暗闇の中で樹上にある家に帰るのはなかなか大変であろう! 足など滑らせぬよう充分に注意するのだ……!」

「……闇の竜王さま、これ、なに?」

「……そういえば貴様らに竜骨兵を紹介していなかったな。クックック! しかし、詳しい説明は明日……! 今は眠ることに意識をかたむけるがよい!」

「…………ひとつ、もってかえってもいい?」

「フハハハハ! 安心しろ! 貴様が眠ったあと毛布をかけるため、五番が同行する! 途中までであれば四番も一緒だ!」



 そう、闇の竜王はお子様の健康に気遣う生き物。

 眠ったあと毛布を蹴っ飛ばしがちな子供にはつきっきりの『毛布かけ役』が必要であることなど、過日のダークエルフ育成にてすでに学んでいるのだ……!

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